Who are you ?


クリスマス休暇が始まり、ルーシーはホグワーツ特急に乗り込んだ。
双子の兄はたくさん友人が出来たから残るのだろうと思っていたが、そんな事はなかった。一番の友人シリウス・ブラックも家に帰って来いと手紙が届いたらしいから、彼が帰るなら自分もと考えたのだろう。
帰省初日、誰よりも早く列車に乗り込んだルーシーは空いているコンパートメントに腰を落ち着かせた。混み始めた頃に席を探すなんて独りぼっちの自分には耐えられないと考えたからだ。
混み始めた頃にリリーがスネイプを伴ってやって来た。

「他に空いてなくて……一緒に座っても良い?」

ぎこちなく笑いかけるリリーの後ろに立つスネイプは、ルーシーが断ってくれないかとでも考えていたのかもしれない。けれど、どうせ彼女達を断ってもまた誰かが来るに決まっているのだ。

「どうぞ」

嬉しそうに顔を綻ばせたリリーの後ろのスネイプが、何て事をしてくれたのだという顔をするのは少しだけ面白かった。
リリー・エヴァンズはやたらと話しかけてきた。独りぼっちのルーシーを気遣ってくれているのだという事はすぐに分かったけれど、彼女の隣に座るスネイプがそのたびに睨みつけてくるのは頂けない。

取り出した分厚い本を開くと、リリーはもう話しかけてこなかった。邪魔をしてはいけないと考えたのかもしれないし、もしかしたらルーシーが話をしたくないと勘違いしたのかもしれない。出来れば前者であって欲しかったけれど、それを伝える事などスネイプの前で出来るはずもなかった。

彼女と友達になれたらどんなに楽しいだろう。彼女の目はハリーと同じで、性格も似ているのだと聞いた事がある。彼女と共にいれば、友人達と会えないこの寂しさを紛らわせる事が出来るかもしれない――そんな勝手な願いを抱く自分に幻滅したけれど、それでも願うことは止められなかった。
けれど実際にそれを出来るかというのは別の話だ。リリーはグリフィンドールで、ルーシーはスリザリンだ。寮など関係ないと言って彼女に近付いたら、ルシウスや他のスリザリン生から裏切り者と攻撃されるのだろう。グリフィンドールからもリリーに近付くなと言われるかもしれない。

ジェームズはどう思うだろうか。
寮など関係ない、グリフィンドールとも仲良くしたいと言ったら、彼はまた笑いかけてくれるだろうか――答えはすぐに出た。無理に決まっている。彼はスリザリンが大嫌いだ。

キングズ・クロス駅に着いた。
ゲートへ向かう生徒達の波に流されながらカートを進めていると、前方にくしゃくしゃの黒髪を見つけたけれど声をかける事は出来なかった。冷たい視線を向けられるのも嫌だったし、無視されてしまうのも嫌だったからだ。

ゲートを出て少し進んだ先で両親を見つけた。先にゲートを潜ったジェームズは既に彼らと一緒にいて、学校での事を一生懸命話している。自分もあそこに行って良いのだろうか? ジェームズの話を嬉しそうに聞いている両親を眺めながら、ルーシーはその場から動けなくなってしまった。
もし、スリザリンに入れられた事を怒っていたら? 入学直後に送られてきた手紙には”ルーシーの好きなようにしなさい”と書いてあったし、送られてきたお菓子もジェームズに届いたものと同じだったはずだ。でも、もしかしたら。

「お帰り、ルーシー」
「あぁ、来たんだね。おいで、ルーシー。家に帰ろう」

不安に襲われて立ち尽くしていたルーシーに向けられた両親の声はとても温かかった。ぱっと顔を上げると、ホグワーツに行く前と変わらない優しい笑顔がある。違うのはジェームズの表情だけだ。
変わらない両親に安堵して、変わってしまったジェームズに悲しくなって。ルーシーは泣きたいのを必死に堪えて三人に近付いた。

「た、ただいま……」
「お帰り」

頭を撫でてくれた父の手は、とても大きくて温かかった。

クリスマス休暇の間、ジェームズは学校での事を両親にたくさん話していた。ブラック家の長男がグリフィンドールに組み分けられた事、友人になった事、飛行術の訓練で上手く飛べた事――両親はジェームズが話すたびに嬉しそうに相槌を打っていた。
もし自分もグリフィンドールに組み分けられていたら、あの輪の中に入って一緒に笑い合っていたのだろうか――そんな事を考えていたのが伝わったのか、不意にこちらを見た父が優しい声で言った。

「ルーシーは? 学校生活はどうだい?」
「お友達は出来た?」
「うん、出来たよ」

両親からの問いかけにルーシーは咄嗟に嘘をついた。ジェームズの責めるような視線を感じながら、ルーシーは必死に笑顔を貼り付けた。

「嘘つき」

部屋に戻るなりジェームズがやって来て吐き捨てる。

「友達なんかいないじゃないか」
「……いるって言った方が喜ぶでしょ」
「そうやってすぐに嘘つくの止めろよ。スリザリンみたいだ」

ムッとしてジェームズを見れば、ジェームズもこちらを睨んでいた。
まるでハリーに睨まれているみたいだ。止めてよ。ルーシーは心の中で呟いた。ハリーは私を睨んだりしなかった。ハリーは大事な友達で、いつだって一緒にいたのに。
ハリーじゃない。分かってる。ハリーじゃない。ハリーはいない。どこにもいない。目の前にいるのはハリーの父親になる人で、ルーシーの双子の兄だ。分かってる――分かりたくなんかないのに。

「…………私は、スリザリンだよ」
「馴染めてないくせに」
「それでも、寮はそこだよ。今更変えられない……」
「全然合ってない。分かってないみたいだから言うけど、ルーシー、君ずっと変だよ。入学してからずっと」

ジェームズが一歩前に出て訴えてくる。

「授業ではいつも一番だし、この間のレポートだって完璧だってスラグホーンが言ってた。マクゴナガルも、フリットウィックも君をべた褒めだ」
「別に……変な事なんかないわ。出来る事をしてるだけ――」
「それが変だよ! 勉強なんかしてなかったのに! どうして僕にも知らない魔法を知ってるんだ? ずっと一緒にいたから僕は知ってる。君は何も知らなかった。知る機会なんてなかった。それなのに……!」

言葉を切って、息を切らして。ジェームズがルーシーを見た。
正体を探ろうとしているような、まるで得体の知れないものを見るような目だと思った。

「……君、誰なの?」

真っ直ぐに見据える榛。ハリーと同じ顔で、ハリーとは違う目で、ジェームズが訴えてくる。
誰なのかと。本当に自分の妹なのかと。そんなの、ルーシーが聞きたいくらいだというのに。

「…………私は、ルーシーだよ」

ポッターじゃない。私はポッターじゃない。ルーシー・リブオールだ。そう言えたらどんなに良いだろうか。
誰か気付いてと願わずにはいられない。スネイプでもいい。ダンブルドアでも、マクゴナガルでも、だれだっていい。ルシウス・マルフォイだって構わない。

誰だっていい。誰かに呼んで欲しい。名前を、ルーシーの本当の名前を呼んで欲しい。
旧姓だって構わない。どちらだっていい。ルーシー・カトレットでも、ルーシー・リブオールでも、どちらでもいい。

「私は、ルーシーなんだよ」

どうか、お願い。

「分かんないよ」

吐き捨てて去って行くジェームズの背中は、今にも泣いてしまいそうだと思った。

05.魔法薬学教室