ある日、唐突に思い出した。
自分がどこの誰で、どんな人生を送ったのか。
丸みを帯びた小さな手をじっと見下ろしながら、ルーシー・ポッターはただただ瞬きを繰り返していた。
親友と呼べる大切な友人達がいた。
目を閉じると浮かぶ彼らの顔は、幼さを残した顔からすっかり成長した顔、年老いた顔まではっきり覚えている。鏡越しに見た己の顔すら鮮明に思い出せるのだ。
自分がどこの誰で、誰と、どんな人生を送ったのか。
七歳になったばかりのこの日、ルーシー・ポッターは唐突に思い出した。
時が経つのは早い。
毎日、時間が過ぎるのが遅いと感じていたのに、いざこの日を迎えるとあっという間だったように思える。
キングズ・クロス駅から真紅の列車に乗り込んだルーシーは、双子の兄と共に座っていた。向かいには友人の名付け親の面影を残した少年が座っている。
あぁ、こんな事になるなんて。
思わず漏れ出た溜息にすら嫌気が差して、ルーシーはそっと目を閉じた。
友人達がいた。大切な、生命を懸けて共に戦った友人達がいた。
長く辛く危険な戦いを終えて、漸く平和を取り戻して。幸せになったはずだった。
愛しいと思える人と出会い、結ばれ、子宝にも恵まれて、孫の顔まで拝ませてもらった自分は、何て幸せなのだろうと思いながら息を引き取ったはずだ。
何故こんな事になっているのだろう。
まさか百年近くも遡って生まれ変わってしまうなんて。
友人の姓である”ポッター”を自分が名乗る事になるなんて。
「ルーシー、蛙チョコは?」
蛙チョコの箱を差し出してくるのは、双子の兄だ。
記憶の中に鮮明に残る親友と瓜二つな彼は、けれどその目の色だけは違う。話に聞いただけの存在だった。ルーシーが名前を聞いた時には、既にこの世の人ではなくなっていた。
ジェームズ・ポッター。
親友の父であり、恩師の天敵であり、闇の帝王に抗った勇気ある人物。
「ううん、いらない」
「そう? じゃあ僕が食べようっと」
飛び出た蛙チョコを捕まえ、出てきたカードに肩を落とす兄をじっと見つめる。
何度だって言う。まさか、こんな事になってしまうなんて。
組分けの儀式は苦手だ。
大勢に注目されるのは好きではない。学生だった頃、常に好奇の視線に晒されていたハリーには心の底から同情していた。
「ルーシー・ポッター!」
記憶の中よりも遥かに若いマクゴナガルに名を呼ばれて前に進み出る。あぁ、嫌だなと思いながら、ルーシーは今しがたグリフィンドールに分けられた兄をちらりと見た。またあの寮に組み分けられて、今度はハリーではなくその父ジェームズと七年間を過ごす事になるのだろうか。
列車の中で出会ったかつての恩師の前を通りすぎた先にあるスツールに腰をかけ、帽子を被る。相変わらずくたびれた帽子だ。
「ふぅむ……これは、何とも珍しい。前の記憶があるのかね?」
「忘れる方法は無いのですか?」
「私は組み分け帽子。組み分ける事しか出来んよ。……そうだ、それがいい。よし、それならば――」
帽子の声が一旦途切れた。
グリフィンドール――そう呼ばれると思っていた。前がそうだったからだ。
「スリザリン!!」
驚きはルーシーだけのものではなかった。
ポッター家からスリザリン生が出たという事実に驚く者は多かった。マクゴナガルに促されて向かったスリザリンのテーブルではあちこちで囁き声が聞こえてきたし、運が悪い事にルーシーの隣の席には見覚えのある上級生の姿。
「――ようこそ、スリザリンへ」
ルシウス・マルフォイが、酷薄な笑みを浮かべて言い放った。
信じられなかった。組み分け帽子が狂ってしまったのではないかと思った。けれどルーシーがスリザリンに組み分けられたのは変え難い事実で、次に組み分けられたスネイプがルーシーの向かいに座ったのも事実だ。
肩まで伸びた真っ黒な髪は表情を薄暗くさせていたし、特徴的な鉤鼻の上の黒い目が気味悪い。細すぎる身体がより一層不気味さを強調している。
余りにもじっと見ていたからだろうか、じろりとこちらを見たスネイプは、ルーシーを見て目を眇めた。列車の中で同じ顔のジェームズに馬鹿にされた事を根に持っているのだろう。すぐに目を逸らしたスネイプにホッと安堵の息を漏らすルーシーの隣で、ルシウスは何が愉しいのかくつくつと笑っていた。
「いやいや、何とも驚きだ。まさか、ポッター家から我が寮に組み分けられる者が出るとは」
宴を終えてスリザリンの談話室に入ると、ルーシーの前にやって来たルシウスが言った。談話室中に聞かせようとしているのか、やけに芝居がかったそれにルーシーは僅かに顔を歪める。酷薄な笑みを浮かべてこちらを見下ろすルシウスの目が言っているのだ。”お前はこの寮に相応しくない”と。
昔から嫌いだった。ジニーにあんな危険な日記を押し付けて、ダンブルドアを辞職させようとして。
魔法省に忍び込んだ際には、あんなにも堂々と死喰い人として目の前に現れた。マグル生まれをクズだと考える、最低な人種。マグル生まれだったルーシーからすれば、逆立ちしたって好きになる事など出来やしない相手だ。
過去を思い出しながら見上げたからだろうか。無意識に険を帯びた目に片眉を上げたルシウスがくつりと笑う。
「その目は悪くない。帽子がトチ狂ったというわけではないようだ」
「……帽子なんて、その人の資質を見つけるだけだわ。どう活かすかはその人次第よ」
私は貴方達のようにはならない。純血主義なんて知るものか。自分が大切だと思えるものを大切にする――言いたい事はたくさんあったけれど、そのどれもが声となる事はなかった。
「ポッター家では、目上の人間への言葉遣いも教えてくれないのかね?」
顎を捉えた手に力が篭められる。口元は笑っているのに目だけが笑っていない。青く冷たい目に見据えられて、ルーシーは声を絞り出した。
「……失礼しました、マルフォイ先輩」
「結構」
あっさり解放したルシウスは、咳き込むルーシーを嘲笑い去っていった。
性格の悪さは昔かららしい。気持ち悪くて、苦しくて。突き刺さる視線に苛々した。
これからどうすれば良いのだろうか。
不安に押し潰されそうになりながら、ルーシーの二度目のホグワーツ生活が始まった。