死にたがりのその後


「ハッピーバースデー!!」

暖炉から出てきたスネイプを迎えたのは、嫌に明るい祝いの声とクラッカーの音だった。クラッカーから飛び出た色とりどりの紙のシャワーがスネイプの頭に落ちる。暖炉から一歩踏み出した状態で止まったスネイプはそれを指で摘み顔を顰めた。

「……何の真似だ」
「今日が誕生日だってハリーから聞いたから」
「余計なことを」

吐き捨てながら色とりどりの紙を床に放り身体を起こす。目の前に立つ歳の離れた同居人がにっこり笑っている。視線をずらせば壁一面に折り紙で作られた輪っかが飾られているのが見えてまた顰め面。一番近くにあったそれを手にとってみれば、驚いた事に折り紙の接着部分が綺麗に揃っていた。これは誰がやったのかと尋ねれば私だと返ってくる。思わず二度見してしまうのも仕方のない事だ。

「頑張った。超頑張った」
「その頑張りを別の所で発揮して欲しいものだ」

例えば字を綺麗に書いたり。例えば朝早く起きたり――言い出せばキリがないが、けれどもう諦めている。脱いだ外套をソファに掛け、洗面所へと向かうスネイプの背中にルーシーの声がかかった。

「ご飯すぐだから早くね」

立ち止まり振り返れば、キッチンに消えていくルーシーの後ろ姿が見えた。よく分からないが、やたら上機嫌だ。もう一度部屋の中を見回して、また顰め面。スネイプは無言のまま洗面所へと向かった。

丹念に手を洗ってリビングに戻れば、テーブルには豪勢な料理が並んでいた。一体何人で食べるのかと尋ねても良いだろうか。

「まさか、作ったのか? お前が?」
「超頑張ったって言ったじゃん」
「……大丈夫なんだろうな」
「味見はしたよ」

さっさと座れ。顎で指示されてスネイプは渋々と席に着いた。エプロンを外して向かいに座ったルーシーがワインの栓を開ける。咄嗟にグラスを差し出しながらスネイプはちらりとルーシーを見た。やはりいつもより上機嫌で、おかしな事に化粧をしている。よく分からん。心の中で呟いてまた室内を見渡す。テーブルの上の料理へ視線をずらして、最後にルーシーを見る。ワインの入ったグラスをずいと突き出したルーシーにつられてスネイプもグラスを掲げた。

「それじゃ、セブルス・スネイプの誕生日を祝って」
「……」
「かんぱーい!」

傾けたグラスがスネイプの持つグラスに触れる。チンと小気味良い音がした。ワインを飲み上機嫌なルーシーを見ながら、スネイプもグラスに口をつける。一口舐めただけでグラスを置くと、スネイプは改めてじっとルーシーを見た。

「……何を考えてる」

けれど返事はない。主役であるスネイプのことなどお構いなしに料理へ手を伸ばして食べ始めるのを眺めていると、さっさと食べろと叱られた。解せない。疑問は沢山あったけれど、お腹が空いているのも事実で。シェパーズパイを皿に取り分けて口へと運ぶ。ルーシーの視線を感じて顔を上げれば、味はどうかと尋ねられた。

「……まぁまぁだな」
「そりゃ良かった。頑張った甲斐があった」

満足気に笑うルーシーに溜息を一つ。スネイプも食事に専念した。

食後に出されたケーキも平らげ、スネイプは食べ過ぎてしまった自分を呪いながら風呂へ向かう。適当な所で止めておけば良かったのに、いつになく上機嫌のルーシーを見たら残す事が出来なかったのだ。
湯船に浸かりながら、自身の過去を思い返してみる。誕生日祝いというものをしてもらったのはいつぶりだっただろうか。プレゼントを贈られた事はあるが、ご馳走を用意して部屋を飾り付けるほどの事はなかった。もしかしたら物心がつく前に両親がそうしてくれたのかもしれないが、スネイプの記憶の中には存在していない。

「……祝う歳でもないだろうに」

日頃、面倒臭いと言って適当な食事しか作らないくせに、どうして今日に限って。まさか本当にスネイプの誕生日を祝おうと思ってくれていたのだろうか。それとも、やはり何か裏があるのか――分からない。
ケーキの前に贈られたプレゼントは実用性を重視したのか、買い足そうと思っていたインク、新しい羽根ペン、新調しようと考えていた鍋だった。下手なものをもらうよりはずっと良いと思い礼を口にしたが、その時ルーシーはどんな顔をしていただろうか。鍋やペンを見ていたから分からなかった。

ばしゃん。顔を洗って顰め面。スネイプは風呂を出た。鏡の中の自分を見て、ぐっと眉を寄せる。
片付けるから先に寝て良いよと言われたので、お言葉に甘えて先に休むことにした。

翌朝、置きてリビングに下りてみればルーシーは既に起きていた。眠そうに目を擦り、大きな口を開けて欠伸をしながらも朝食の支度をしている。流しに昨夜の食器がそのまま置いてある事に顔を顰めれば、眠くて寝てしまったとルーシーが欠伸をしながら言った。

「サボるな」
「一度サボったくらいで文句を言わないでよ、小さい男だな。ちゃんと後で洗うよ」
「胸に手を当てて考えてみろ。本当に一度か?」
「記憶にない」

とぼけるルーシーに溜息を落とし、ついと壁へ視線を向ける。

「あれはいつまで飾っておくつもりだ?」

壁を飾る輪っかを指して尋ねれば、後で片付けておくと答えたルーシーがまた目を擦る。

「今日は魔法省だっけ?」
「あぁ、キングズリーに呼ばれている。帰りは遅くなるから先に夕食を食べておけ」

トーストとサラダを食べ終えて立ち上がると、食器は洗っておくからそのままでいいと欠伸をしながら言われた。

「ちゃんと寝なかったのか?」
「んん……だいじょぶ」

答えになっていないが、これ以上構っている時間もない。支度をしてスネイプは魔法省へと向かった。

「いってらっしゃい」

暖炉に消える際聞こえた声は、眠さの所為か上手く発音出来ていなかった。

魔法省に着き、スネイプはキングズリーの元へ向かう。エレベーターに乗り込むと次に止まった階でハーマイオニーが乗り込んできた。こちらに気付いたハーマイオニーが「おはようございます」と挨拶をする。エレベーターはすぐに動き出した。

「あの……」

躊躇いがちに振り返ったハーマイオニーにスネイプは片眉を上げた。ものすごい速さで動くエレベーターは、吊り革を掴んでいても身体が前後左右へ揺れる。吊り革にしがみつきながらハーマイオニーが視線を泳がせた。

「その、ルーシー……どうですか?」
「いつもと変わりない」

朝に弱く、だらしがない。何度言っても口を大きく開けて欠伸をするし、食べた後の食器を片付けない。部屋の片付けも満足に出来ないあれは、本当に女だろうかとさえ思ってしまうほどだ。考えれば考えるほど、何故あんなのと一緒に暮らしているのか。一度死にかけた事で自分は頭がおかしくなってしまったのだと思っているくらいだ。

「それなら良いんです、すみません」

ホッと安堵の息を漏らすハーマイオニーにスネイプは眉根を寄せた。まるでルーシーに何かあったかのような言い草だ。

「奴が何だと?」
「あ、いえ……」

詰問すればハーマイオニーが目に見えて狼狽えた。エレベーターがまた止まり、中年の魔法使いが二人乗り込んでくる。スネイプとハーマイオニーとの間に立った魔法使い達のおかげで続きを聞くことが出来なくなってしまった。あのような反応では気になって仕方がないではないか。小さく舌打ちを零すと、聞こえたらしい魔法使いがぎくりと肩を揺らして僅かに横に逸れた。そんなつもりはなかったが、おかげでハーマイオニーが入り込むスペースが出来た。慌ただしく動くエレベーターにぐらぐらと身体を揺さぶられながらハーマイオニーが一つ分移動してこちらにやって来る。

「あの、実はずっと寝てなくて……」

すぐそこにいる魔法使い達を気にしてか、ハーマイオニーが声を落として言った。

「先週ハリーから誕生日の事を聞いたんですけど、それからモリーの所で料理を習ってたみたいで……貴方に気付かれないように夜中こっそり準備をしてるって言ってたから――」

そこまで言ってハーマイオニーがびくりと身体を震わせた。スネイプが顔を顰めたからだろう。困ったように眉を下げて、まるで言い訳のように口を開く。

「本人は嫌がらせだって言ってたんです。貴方はきっと誕生日を祝われても嬉しくないだろうから、だから嫌がらせだって。でも……」

続きはもうスネイプの耳には入ってこなかった。

習っていた? 料理を?
寝てない? 準備で?

昨夜、ルーシーは珍しく化粧をしていた。まさか隈を隠す為だったのだろうか。今朝スネイプよりも早く起きていたのは、まさか見送る為に寝ずにいたから――?

「…………馬鹿が」

吐き捨てたスネイプは次の階でエレベーターを下りた。運良くやって来た下りのエレベーターに乗り込み元の階へと戻っていく。

「……何だ、あの人ちゃんとルーシーのこと好きなのね」

ハーマイオニーがそう呟いた事をスネイプは知らない。

家に戻るとソファで爆睡するルーシーの姿があった。テーブルには食器がそのまま残っていたし、壁の飾り付けもそのままだ。キッチンへ向かえば相変わらず昨夜の食器がそのまま置いてあった。使ったフライパンや鍋まで洗わずに置いてある。
スネイプを見送りそのまま眠ってしまったらしいルーシーの元へ戻り、顔にかかる髪をそっとずらすとくーくーと寝息を立てるルーシーの間抜けな寝顔がそこにある。目の下には朝には気付かなかった隈が濃く出来ていた。頻りに目を擦っていたのは隈を隠す為だったのだろうか。

「…………馬鹿が」

魔法省で呟いたそれを繰り返してそっと頬に触れる。ぐっすり眠っているルーシーは身動ぎもしなかった。ふと悪戯心が芽生えて鼻をぎゅっと摘んでやれば、さすがに気付いたのかルーシーが難しい顔で顔を振る。ぱっと手を放すとすぐにまた寝息を立てて動かなくなった。微かに口を開けて爆睡するルーシーの間抜け面にふと笑みを零したスネイプは、脱いだ外套をそっと掛けてやった。





不可解なひねくれ者





ルーシーが目を覚ましたのは夕方だった。
既に壁の装飾は外し、食器洗いも全て終えている。出来上がったばかりの夕食を手にキッチンから出て行くと、目を瞬かせてこちらを見つめてくる。

「やっと起きたのか」
「……あれ、今日遅いって言ってなかった?」

ぼんやり首を傾げるルーシーに呆れた視線を送り、テーブルに料理を並べる。その間も感じる視線に肩を竦めてスネイプは言った。

「キャンセルした」
「、は?」
「今日の予定は全てキャンセルだ」

繰り返してやれば首を傾げていたルーシーの表情が徐々に難しいものへと変わる。漸く頭が働いてきたようだ。完全に覚醒したルーシーが驚いたようにスネイプを見つめる。

「キングズリーさんに呼ばれてたんじゃないの?」
「一度サボったくらいで文句を言うような小さい男に、大臣など務まらん」
「あ、それどっかで聞いた」
「朝も昼も食事を抜かすような駄目な奴がいるのでね。致し方ない」

おまけに睡眠すらまともに取らない愚か者だ。さらりと続けたスネイプにルーシーが目を見開く。どうして知ってるのかという顔をしたルーシーは、やがて頬を赤く染めてスネイプから顔を背けた。

「ハーマイオニーのバカ」
「おかげで、今日は一日中家事に追われる破目になった。よく考えられた”嫌がらせ”だ」
「うっさいバカ」

照れ臭いのか、ソファに倒れ込んだルーシーがマントを頭から被る。

「どーせ誕生日なんて祝ってもらった事ないんでしょ? 可哀想なオッサンに同情してやったんだから感謝しやがれ」

マントの中から聞こえる声。スネイプが返事をせずにいると、不安を覚えたのかもぞもぞと動き僅かに顔を出した。そんなルーシーの視線から逃げるように背を向けて、スネイプも口を開く。

「――そうだな。人生初の誕生日パーティにしては悪くなかった」
「…………」

きっとまた間抜けな顔をしているのだろう。そんなルーシーの顔を想像してくつりと笑みを漏らせば、どこか慌てたような声が耳に届いた。

「そ、そりゃ、よかった」
「何日も前から料理を習ったり準備をしたり。超頑張ってくれたようだしな」
「、っさい! ハーマイオニーの奴、余計な事ばっか……!」

ばさりと音がした。きっとまたマントの中に隠れたのだろう。振り返れば予想通りソファの上に真っ黒な山が出来ていた。そっと歩み寄りマントを剥ぎ取ると、真っ赤に染まった顔に驚きの色を加えたルーシーが慌てて顔を背けようとする。さっと手を伸ばして逃げ場を奪い、頬に指を滑らせると恨めしげな視線が向けられた。それに構う事なく軽く唇を触れ合わせて。

更に真っ赤になり狼狽えるルーシーにスネイプは微かに笑んだ。

「――ありがとう、ルーシー」
「、」

何かを言おうと開きかけた唇にもう一度自身の唇を触れさせて、スネイプはさっと身体を起こした。剥ぎ取ったマントを顔に押し付けて立ち上がる。顔が熱い。

「我輩はこれからキングズリーの所へ行く。夕食は一人で取れ。今度はちゃんと洗うように」

早口で言うと返事を待たず暖炉へ向かい、フルーパウダーを一掴み。

「スネイプ!」

呼び止める声に振り返れば、マントの中からにゅっと手だけが出てくる。ひらひら。左右に揺れる手を見ていれば小さな小さなおめでとうの声。咄嗟に口を覆ってスネイプは咳払いを一つ。

「――お前の言うことも、たまには当たるらしい」
「何が」

相変わらずマントに隠れたままルーシーが素っ気ない返事をする。

「……無いとばかり思っていたが………どうやら、そうではないらしい」
「何の話?」

顔の上半分だけをマントから出したルーシーがこちらを見る。ぱちり。目が合うと照れ臭そうに視線を泳がせるルーシーにスネイプは口を覆っていた手を下ろして深く息を吸い込んだ。あぁ、くそ。心臓が煩い。

「――前に進むのも、悪くない」

ハッと息を呑む音を聞きながらスネイプは暖炉の中に潜り込んだ。ルーシーが起き上がる前にと急いで叫ぶ。

「魔法省!」

次の瞬間にはスネイプは再び魔法省にやって来た。
顔は相変わらず熱くて、手が汗ばんでいる。壁際に移動して大きな大きな溜息を吐き出した。早く行かなければならないというのに、顔の熱が冷めてくれない。少し無理をしすぎた。柄ではない事はするべきではない。手のひらで顔を覆ってもう一度溜息。

けれど、あの捻くれ者が柄にもなく頑張ってくれたから。スネイプの為に、たくさん無理をしてくれたから。
応えてやりたいと、そう思ってしまったのだ。


19.ひねくれ者達の本音