死にたがりのその後


「あの時どうなったの?」

鍋をかき混ぜるルーシーが、隣で経過を書き込んでいるスネイプに問いかけた。今までは隣で口を出す事しか出来なかったスネイプだが、今は自ら動くことが出来る。目を覚まして良かったと思わなくもない。

「あの時? ――あぁ、一番大きな爆発を起こした時か」
「自分が目を覚ました時だって言って」

いつまでも引きずってんなよ。鼻を鳴らしながら呟いたルーシーが鍋の火を止めた。出来上がった薬の様子を確認して手元の羊皮紙に「まあまあの反応」と書き込んで空の瓶を移動させた。あとは冷めた薬を瓶に詰めておしまいだ。
一通りの作業を終えて片付けをしながら、スネイプは当時の事を思い返す。

「出血が酷かったからな。嫌でも忘れられない」
「そんなに酷かったの? よく助かったね」

生命の危機だったというのに暢気な女だ。呆れの視線を向けてスネイプは溜息を落とす。

「助かったのは奇跡だ」
「ぶふっ、スネイプが奇跡とか」

噴き出すルーシーの頭にクリップボードを振り下ろしてスネイプは鼻を鳴らした。
奇跡以外の何と言えというのか。他に説明がつかないのだ。

「信じるかね?」
「何が」

痛む頭を押さえるルーシーにはもうあの日の傷跡は残っていない。
咄嗟に庇った両腕には重度の火傷を負い、庇いきれず頬はぱっくり裂け、壁に叩き付けられた衝撃で吐血までしていたのだ。内蔵も傷ついていた事だろう。確実に死んでいたはずだ。

「ポッターがどんなに急いだ所で、病院に運ぶまでには間に合わなかったはずだ」
「……そんなに?」

マジで? え、嘘、ホントに言ってんの?
不安を露わに袖を引くルーシーに「嘘を言ってどうする」と背を向ける。次の実験の準備をしなければ。

「じゃあどうして助かったの? 誰か来てくれたの?」
「まさか。消音呪文のおかげで誰も気付かなかった」
「意味分かんない! だって、私生きてるじゃん!」

生きてるよ! 触れるよ! ほら!
そう言って何度もローブを引っ張ってくるルーシー。止めろと手を払って準備を進めていれば、その間も感じる視線。溜息を落として振り返れば、何とも不細工な顔がこちらを睨みつけていた。

「あの場で我輩以外に処置を出来る人間はいなかった。となれば、答えは一つだろうが」
「無理じゃん! だってゴーストだったじゃん!」

馬鹿にしてんのか! 叫ぶルーシーに、けれどスネイプは他に言う言葉を持ち合わせていない。

「だから言っただろう。奇跡だと」
「…………触れたの?」
「何故かは分からんがな」
「え、触れたの? ホントにスネイプが助けてくれたの?」
「そう言っている」

スネイプ自身、理解は出来ていない。
今までにない規模の爆発が起こり、部屋が真っ白に光って。咄嗟に目を瞑ったスネイプの身体は何かに引っ張られるようにして床に倒れた。次に目を開けた時、スネイプは部屋のあまりの惨状に言葉を失い、視界の端に入ったルーシーの姿に息を呑んだ。

危険な状態である事は一目で分かった。何度呼びかけてもルーシーの意識が戻ることはなく、血溜まりが大きくなっていく――酷く狼狽したのを覚えている。
助けを呼ぼうにも、ルーシーから一定以上離れる事の出来ないスネイプにはそこを動く事も出来ない。例え動けたとしてもルーシー以外の誰にもスネイプの姿は見えないのだから、助けを呼ぶことは不可能だ。消音呪文の所為で誰も異変に気付かない。

生命の灯火が消えていくのをただ見つめる事しか出来ないのだと気付いて。けれど、だからと言って何もせずにはいられなかった。あっさり見殺しに出来るほど共に過ごした時間は短くなかった。あまり認めたくはないけれど、取るに足らない存在だと目を背けられるほど些細な存在でもなかった。
このままでは死んでしまう――言いようもない恐怖がスネイプを襲った。気が付けば薬品棚の前にいた。吹き飛ばされたおかげでスネイプにも届く距離にある。一か八か、スネイプは棚に手を伸ばして――けれど、やはり棚を開ける事は出来なかった。

”くそっ!”

何度試してもスネイプの手は棚をすり抜けてしまう。こんなことをしている場合ではないというのに!
焦燥感に駆られたスネイプは、無駄と知りながら何度も何度も繰り返した。

”何故だ!! これがあれば助かるんだ! 何故触れない!!”

何度も試して、何度もすり抜けて。
スネイプはルーシーを振り返った。焼け爛れた腕に顔を歪め、大きく裂けた頬から流れ出る血に拳を握りしめる。色を失くしていく姿を見ていられず、スネイプは再びルーシーに背を向けた。

この数年間が走馬灯のように蘇るのは、ルーシーが死んでしまう事をスネイプ自身が理解していたからだろうか。
口が悪くて、態度も悪くて、やる気がなくて。苛々させられてばかりだった。けれど、それだけではなかった事をスネイプは知っている。

駄目だ。どうか。頼むから――神に祈るような思いでスネイプは棚へと手を伸ばした。そして気付く。触れる。触れている。手のひらに伝わる感触に驚いたのは一瞬で、スネイプは慌てて棚から薬瓶を取り出した。両腕に薬を振りかけて、大きく裂けた頬に薬を塗り込んで。ぐったりして動かない身体を抱き上げて薬を飲ませようとしたけれど、上手く出来なくて。咄嗟に口に含んで口移しで強引に飲ませ終えた所でスネイプの意識が途切れた。

そしてスネイプは目を覚ました。
ゴーストとしてではなく、本物のセブルス・スネイプとして。





死にたがりの生きたがり





「ふぅん、よく分かんないけど……」

ルーシーの呟きでスネイプは我に返った。どうやらすっかり考え込んでいたらしい。

「じゃあさ、じゃあさ、その為だったのかもね」
「?」

何が。首を傾げるスネイプにルーシーが笑って言う。

「先生がゴーストもどきになって私の傍にいた理由。私を助ける為だったんじゃない?」
「………我輩が君の傍にいなければ、そもそも君は魔法薬学の道に進むことはなかったのではないか?」

あ、そっか。ぽんと手を叩くルーシーに溜息。これを刻めと材料を押し付ければ、ナイフを手にしたルーシーがうーんうーんと唸っている。

「どうせ推測でしかない。さっさと次の調合を――」
「じゃあ、リリーさんが助けてくれたのかもね」

遮って放たれたそれに言葉を失って。スネイプはルーシーを見た。

「きっとさ、生きたいと思った先生を助けてくれたんだよ」

何故そうなる。ルーシーを死なせる事に抵抗があっただけで、決して自分が生きたいと願ったわけではない――そう言ってやろうと思ったスネイプだが、どうせルーシーは「私と生きたいって思ったんでしょ」なんて笑うのだろう。悔しい事に、否定の言葉を並べた所で意味を成さない事をスネイプは知っている。

「…………勿論、そう思うのは君の自由だ――それが正しいか否かは別の話だが」

しっかりと釘を刺してやったものの、ニヤニヤ笑うルーシーには全てお見通しなのだろう。嫌な奴だ。悔し紛れに舌打ちをしたスネイプは、手の止まっているルーシーに「さっさとやれ」と吐き捨ててそっぽを向いた。


17.元死にたがりの恥ずかしがり