死にたがりのはなし


新年度からホグワーツでスラグホーンの助手に――ハリーに勧められ、スラグホーンもマクゴナガルも了承してくれたからこそ、今日こうして契約内容について話に来たというのに。
突然やって来たスネイプに散々駄目出しされた挙句、この話は無かった事になんて勝手に断られて連れ去られて。連れられて来たのは数年間暮らしていた研究所の宿舎だった。ルーシー・カトレットと書いてあったプレートはセブルス・スネイプに変わっていたし、部屋の内装も変わっている。唯一変わっていないのはルーシーが残していった研究資料だけだ。

相変わらず腕を掴んだままだったスネイプが、振り返り漸く手を解放する。痛かった。刺々しい声で吐き捨ててやったけれどそれについての謝罪はなかった。クソが。心の内で吐き捨てるルーシーを見下ろすスネイプは何も言わない。

「せっかくハリーが推薦してくれたのに。――まぁいいや、別に働きたかったわけじゃないし」

いつの間にか職をスネイプに譲る手続きを終えていたルーシーに、ハリーは勿論ロンもハーマイオニーも驚いていた。これからどうするのかと尋ねられて馬鹿正直に「ニートになる」と答えてしまったのが失敗だった。ハーマイオニーに散々説教された挙句、ハリーの口利きでホグワーツで助手をする事が決まって。正直な話、うわぁ面倒としか思っていなかったのだ。それを阻止してくれた事を考えれば、多少の――そう呼ぶにはボロクソに言われ過ぎていたけれど――暴言には目を瞑ろうではないか。

いつまで経っても勧めてくれないので、勝手にソファに座り紅茶を呼び寄せる。無言のまま向かいに座るスネイプの分も呼び寄せてやれば、カップを口に運んだスネイプが何とも嫌そうな顔で呟く。

「不味い」
「文句言うなら自分で淹れろ」

飲めれば何だっていい。そう言って紅茶を飲むルーシーに溜息を落としたスネイプが新たに紅茶の用意を始める。面倒臭い奴。手間をかけて淹れるのを眺めながら呟けば、お前が雑過ぎるのだと返された。

「ティーバッグで良いじゃんか、簡単だし」
「味の違いも分からないとはな。何とも嘆かわしい」
「何か用があったから連れて来たんじゃないの? さっさと用件言えよ」

どうせ口を開いても嫌味しか出てこないのだから。用件だけ聞いてさっさと帰ってしまおう――そう思っていたルーシーの前に新たなカップを差し出したスネイプが飲めと顎で指す。まだ半分以上残っているカップをソーサーに戻し、ルーシーは渋々とスネイプの淹れた紅茶を手に取った。ふわりと漂う香りに「あれ?」と首を傾げ、口内に広がる味にぱちぱちと目を瞬く。じっと見つめたカップの向こうでスネイプが満足気に口端を上げた。

「すごい」

同じ茶葉とは思えない。手間をかけるだけでこんなにも変わるのかと感心していれば、カップを置いたスネイプが呼び寄せた一枚の羊皮紙をテーブルに置いた。契約書のようだ。

「何これ」
「一度始めたものを途中で投げ出すことは、我輩が許さん」

最後まで全うしたまえ――続く言葉を聞きながら、ルーシーはテーブルに広げられた契約書を読んでいく。
給料は勿論、衣食住まで世話をしてくれるのだと書いてある。破格過ぎる契約内容に逆に不安を覚えるほどだ。

「え、こわい」

思った事を素直に口にすれば、小さな包みを投げつけられた。額に当たって膝に落ちたそれは何やら硬い。痛いと訴えながら包みを開ければ、出てきたのは見慣れた鍵と見慣れない鍵の二つ。一つは研究室とこの部屋の二箇所を開ける事の出来る鍵だが、もう一つは分からない。

「何の鍵?」
「勿論、家の鍵だ」
「誰の?」
「我々の」

言われてルーシーはまじまじと鍵を見た。ふぅん。呟いてまたスネイプを見る。何でもない様子で紅茶を飲むスネイプだけれど、少しばかり顔が赤いように見えるのは気の所為だろうか。





幸せを掴んだ死にたがり





「…………何だ」

ニヤニヤ笑うルーシーに耐え切れなくなったのだろう。心なしか血色の良くなった顔を誤魔化すかのように作った険しい表情でスネイプがこちらを見た。どこか照れたようなその様子に声を上げて笑って。ルーシーはそっぽを向いたスネイプに言った。

「生きてて良かったね」

沈黙。
沈黙、沈黙、沈黙。

「――どうしようもない愚か者がいると知ってしまった以上、逝った所で心残りがありすぎて成仏も出来ん」
「悪党が成仏出来ると思ってんのか陰険教師」
「そっくりそのまま返してやる。いい加減その性格の悪さを自覚しろ」

貶し合って、睨み合って。

「休みは週に四日」
「残りの七十二時間を全て仕事に充てると言うのであれば考えてやっても良い」
「食事睡眠休憩一切取らせない気かよ」
「それが嫌なら観念して働くことだ。週に一度は休みをくれてやる」

ほんっと嫌な奴だなアンタ!
貴様に言われたくはない!

怒鳴り合って、また睨み合って。

ひねくれ者の二人は、ほんの少しだけ笑った。


16.死にたがりの生きたがり