死にたがりのはなし


スネイプの所為だ。
寝覚めが悪かったのも、寝癖がついていたのも、食欲が湧かなかったのも、全てスネイプの所為。

「…………」
「…………」

背中に感じる視線に気付かないフリをしながら材料を刻む。
あんな風に突き放したくせに。心の内で吐き捨てて鍋に火をかけた。

もう知らない。スネイプなんか知らない。
勝手に怯えていればいい。勝手にすればいい、ルーシーには何の関係もないのだから。
勝手にリリーに恋し続けていればいいのだ。変わらなくたって、ルーシーには痛くも痒くもない。スネイプがどうなろうと、恋人でも贔屓の生徒でもないルーシーには何の関係もない。

何か言えば良いのに。
こんな視線を向けてくるのなら、弁解の一つでもすればいい。それがルーシーの神経を逆撫でするようなものでなければ、まぁ、口を利くことだけは許してやってもいい――そんな事を考えながらルーシーは唇を噛んだ。スネイプが何も言わないことくらい、嫌というほど分かっている。

向けられる視線に気付かないフリをして。
何かを言おうとしては口を噤む気配に心の内で舌打ちをする。
あんなにもみっともなく泣き叫んだというのに、この男は変わらない。変われない。変わろうとしてくれない。
その事実に何故か酷く傷ついている自分がいることに気付き、また苛々する。

嫌いだ。
スネイプなんか、大嫌いだ。

考え事をしながらの作業は利口ではない――それはこの数年間で嫌というほど思い知ったというのに。

「っ、」

ハッとした時にはもう遅い。
目の前でぐつぐつ煮立つ鍋の様子が変わった事に気付けたのは、これまで何度も爆発させてきた経験があるからだろうか。ぐつぐつぐつぐつ。ぐつぐつぐつぐつ。変わらず煮立つ鍋が危険を孕んでいるように見えたのは気の所為なんかじゃない。やばい。呟き慌てて一歩後退ったその瞬間、部屋が真っ白に光った。

「カトレット……!!」

遠くに聞こえたスネイプの焦った声。
何だ、そんな声も出せるんじゃん――そんな事を思いながらルーシーの意識は黒く塗り潰された。





死にたがりの助けたがり





目が覚めたらベッドに寝かされていた。
身体のあちこちが痛い。頬や頭に感じる包帯やガーゼの感触に、手当てされた後なのだと知った。
ここは何処だろうか。ルーシーの部屋ではない。所内に設けられた医務室のベッドだろうか――そんなことを考えながら無意識に視線を彷徨わせ、違和感に気付く。

「…………、んせ……?」

掠れた声で呼びかける。返事はない。今までなら寝転がっているだけで視界に入っていた黒がどこにも見えない。
どうして。何で。不安が全身を駆け巡った。

まさか。
まさか、そんな。

襲い来る恐怖に強く目を瞑ったその時、戸が開いて誰かが入ってくる音がした。足音が近づいてきて、ベッドを隠すカーテンが開く。ハリーがそこにいた。

「ハリー……?」
「良かった、目が覚めたんだ」

安堵の息を吐いたハリーがくしゃりと笑う。

「わたし、どうなったの?」
「吃驚したよ。スネイプに言われて来てみたら、大怪我して倒れてたんだ。だから慌てて病院に――」
「ちょっとまっ……!」

思わず声を上げて、全身を襲う激痛に息が詰まる。
声を出せないまま痛みに悶絶していると、再び戸が開いて癒者が入ってきた。用意された薬を飲まされて、傷が癒えるまで安静にするようにと告げられる。癒者が去るとルーシーは縋るようにハリーを見た。

「どうして? だって、どうやって」
「僕が聞きたいよ。たまたまキングズリーさんと一緒にいた時に、病院からスネイプが目を覚ましたって連絡が来て……慌てて面会に行ったんだ」

ハリーが言った。
ずっと眠っていた所為か、目を覚ましたばかりのスネイプは上手く声を発する事が出来なくて、けれど必死に何かを伝えようとしていて。咳き込むスネイプに水を差し出したけれど撥ね退けられて。キングズリーがスネイプへの聴取をしたいのだと告げてもそんな事はどうでも良いとばかりに手を振り払って。
そこまでして何を訴えたいのだろうかと、ハリーとキングズリーは口を挟むことを止めてスネイプを注視した。唇の動きと途切れ途切れに聞こえる声に、漸くルーシーの名前を紡いでいる事を理解して。何で、どうしてと尋ねる事すら許されないまま、ハリーは今すぐ行けとばかりに戸を指すスネイプに促されるまま病室を飛び出した。ルーシーを呼んで来いという事なのだろうと思ったのに、向かった先でハリーが見たのはあちこち黒焦げた室内で傷だらけで倒れるルーシーの姿だった。

「君を病院に運んで、ついさっきもう一度スネイプのところに行ってきたんだ。でも、また眠っちゃったみたいで……キングズリーさんが言うには、僕が病室を飛び出してすぐにまた寝ちゃったんだって。それからまだ起きてないよ」

スネイプは知ってたのかな? ハリーが首を傾げながら独りごちる。
ただルーシーを呼んでこいと言おうとしたのか、それともルーシーを助けに行けと言おうとしたのか――確認しようにも、再び眠りに落ちてしまったスネイプに問い詰める術はない。わけが分からない。呟いて溜息を落とすハリーにルーシーはただ「そっか」と返した。

「……良かった」

呟いて目を閉じる。薬を飲んだ所為か酷く眠い。
ルーシー? 呼びかけるハリーに返事も出来ぬまま、ルーシーは再び眠りに落ちていった。


14.不可解な彼女