ハリーとジニーが結婚した。
その三ヶ月後にはロンとハーマイオニーが後を追うように式を上げた。もう半年前の事である。
「やばい! 先生どうしよう! 私だけ独り身だ!!」
「我輩は痛くも痒くもない。次はこれだ」
突然叫び出すルーシーなどお構いなしにスネイプが次の材料を指す。ぶーぶーと唇を尖らせながら鍋に放り入れたら「丁寧に扱え」と杖で刺された。いい加減、この暴力教師を訴えても良いのではないかと思う次第だ。
「痛いんだって、それ。すっごい冷たいの。痛い。ばか」
「刺されるような事をするからだ愚か者。さっさと混ぜろ、焦がさないように」
舌打ちをして鍋をかき混ぜながら、ルーシーはどうしたものかと思い悩む。
「もし先生がずっと目を覚まさないでこのままだったら、私ずっと独身じゃね? やだよ、スネイプの前でラブシーンなんて」
「こちらとて願い下げだ。次はそっちの胆汁を」
一通り思いつく材料で試行して、けれど結果はどれも散々なものだった。
荒れた研究室を片付けて部屋に戻ってきたルーシーは一目散にベッドへ飛び込む。聞こえてくる溜息には呻き声を返した。
一週間後、久しぶりに休みを合わせてハリー達と再会した。
新婚の二つのカップルは傍目にも仲睦まじい。幸せなオーラが痛い。呟いて隣を見ればスネイプも嫌そうに顔を背けていた。
「幸せそうで何より」
「ルーシーは? いい人いないの?」
ジニーの問いかけに「残念ながら」と肩を竦めると、ジニーの隣のハリーが思いつめたような顔を俯かせた。そう言えば勘違いさせたままだったという事を思い出してちらりとスネイプを見れば、スネイプも今思い出したという顔をしてるのが見えた。
「研究所にかっこいい人いないの?」
「研究バカと女誑しの勘違い野郎しかいないね」
「究極の選択ね」
真剣な顔で呟くジニーに声を上げて笑う。どっちもやだよ。言えばスネイプが「お前が言うな」と呆れ顔をした。
紅茶を淹れ直すと言ってジニーとハーマイオニーがキッチンに消え、ロンがトイレへと席を立った頃、ハリーがそっと囁いた。こちらをじっと見つめる目はあの時と同じだ。綺麗な翡翠が悲しげな色を湛えている。
「まだスネイプのこと……?」
「困ったよね」
思うところは沢山ある。一言に全てを詰め込んで答えれば、ハリーの顔が辛そうに歪んだ。
「……まだ、目を覚ましてない」
「知ってるよ」
何せ隣にいるのだ。目を覚ましていればここにいるスネイプは何だという事になる。半年に一度くらいの間隔で病院にも足を運んでいるが、結果は最初からずっと変わらない。本体は眠ったまま、スネイプの手はいつだって本体をすり抜けてしまう。
「…………待ってるの? ずっと?」
目を覚ますかも分からないのに。受け入れてくれるかも分からないのに。
悲しげに顔を歪めるハリーの肩をぽんぽんと叩いてやれば、ハリーの手がルーシーの手を掴む。昔は自分と大して変わらなかったのに、いつの間にかこんなに男臭い手になっている。それだけの時間が経っているのだと実感してルーシーは微笑んだ。
笑われるだろうか。怒られるだろうか。
思いがけず一緒にいる事になって、スネイプは変わった。このまま変わっていけば良いと思う。
進めば良いと思っているのだ。スネイプの時間が進めば良いと、進んで欲しいと、そう願っている。
死にたがりの孤独癖
「いやぁ、凄かった。ロンとハーマイオニーの喧嘩」
ほんの些細なことで喧嘩をするのは二人のコミュニケーションの一種なのだと分かっているが、出来れば周りは巻き込まないでもらいたい。すっかり疲れ果てて帰ってきたルーシーは着替えながらスネイプに話しかけた。けれど返事はない。あれ? と思って振り返れば、スネイプはこちらに背を向けたまま動かない。
「どうしたの?」
「………」
「ちょっと。返事くらいしてよ、感じ悪い」
けれどスネイプの返事はない。苛立って正面へ回り込めば、ひらりと身を翻したスネイプが再び背を向ける。
「…………何なの? 私が何かした?」
何度尋ねても返事がない。苛々する。一体何だと言うのだ。
舌打ちを零して風呂場へ向かうと、視界の端でスネイプが転んだのが見えた。それすら無視して脱衣所へ行き、服を脱ぐ。風呂に入る間も、食事の間も、寝る時も――スネイプは一切こちらを見ようとはしなかった。
「――あのねぇ!! いい加減にしてよ! 何なんだよ!!」
枕を殴りながら怒鳴りつけてやれば、漸くスネイプがこちらを見た。目を眇めてこちらを見下ろす姿は『スネイプ教授』そのもので、思わず怯んだルーシーに追い打ちをかけるかのようにスネイプが口を開く。
「君にはもううんざりだ。二度と話しかけるな」
吐き捨てられたそれに息を呑んで。向けられる視線に言葉が詰まる。
何だ、ちっとも変わってないじゃんか。頭の片隅でもう一人の自分が泣きそうな声で呟いた。
→ 12.不可解な”???”