スネイプの本体は未だ目覚めない。
「今まで休めなかった分、一気に休んでるんじゃないの?」
暢気に笑うルーシーに呆れて物も言えない。
休むというのなら、もういっそ死んでしまえば良いというのに。口に出せばルーシーが煩くなるだろうから心の中で吐き捨ててスネイプはおどろおどろしい色の鍋を見た。どうやら今回も失敗のようだ。
最初の一年は早く消えろと喚いていたルーシーも、今はもう諦めているのかスネイプを隣に立たせて研究に没頭している。本体が目を覚まさない事に対しても割と寛容な発言までする始末だ。
「中身は全然休めていないがな」
どれだけ肉体を休めようとも、精神体であるスネイプがルーシーの傍らで昼夜を問わず活動しているのだ。十分に休息が取れているとは到底言いがたいのではないだろうか――そこまで考えて溜息を落とす。思い悩むのももう飽きた。
「次はそれを試してみろ」
「やだ、こっち」
爆発してしまえ。鼻唄混じりに材料を放り入れていくルーシーに舌打ちをしながら心の内で念じる。
数分後、見事に爆発を起こして咽るだろうルーシーの無様な姿を思い浮かべてスネイプはほくそ笑んだ。
物好きもいるものだ。目の前で繰り広げられる光景を眺めながらスネイプは思う。
「なぁ、ルーシー。考えてくれた?」
「ううん、考えてない」
視線も寄越さず早足で歩くルーシーの周りをうろちょろする男の無様な姿に溜息すら出ない。
研究員としては申し分ないが、女にだらしがないから気をつけろ――入所した際に先輩の女研究員にそう忠告されていた事を思い出した。まさかルーシーにまで手を伸ばすとは、節操なしにも程がある。
「まさかスネイプ先生に見られてるとも知らないで」
「実際、知らないのだから仕方あるまい」
スネイプの記憶が確かであれば、過去に受け持った事のある生徒だ。十近くも歳の離れた女を相手によくもあそこまでしつこく言い寄れるものだ。しかも相手がルーシーであるなら尚更である。
「目と頭に異常があるのかもしれんな」
「人を貶す発言は鏡見てからにしろクソジジイ」
「そっくりそのまま返してやる」
わし掴んだ枕をぶんぶん振り回すルーシーに、スネイプも負けじと杖を振り回して応戦する。
思いつく限りの罵詈雑言を浴びせ合い、気が済めば研究室に戻って調合を再開する。自分でも何をやっているのかと悩む時もあるけれど、ストレス発散の効果は十分に期待出来るのだからこれからも続くのだろう。
「先生もあんな風に迫れば良かったのに」
「まさか、あんなのが良いのか?」
本当に? 信じられない。そんな思いで見つめれば「まさか」と即座に返ってくる。
「あまりにしつこいから、これが先生だったらって想像したんだけど」
「……」
「予想以上に気持ち悪くて鳥肌立ってロバート見れなくなった」
先ほどの素っ気ない態度を思い返して再び杖を突き刺す。苦情は無視だ。
「くだらん妄想をするな」
「じゃあ代わりに追い払ってよ。幽霊もどきなんだから出来るって」
「無茶を言うな。さっさと続けろ」
唇を尖らせて材料を刻んでいくルーシーを眺めつつ溜息。
出来るものならとっくにやっている。思うだけで呪いがかけられるのなら、今頃ロバートは酷い有様になっていることだろう。
どんなに冷たくあしらわれても諦めずしつこく付き纏う――そんなロバートを見ていると嫌でも思い出してしまうのだ。
この世で一番嫌いな男――ジェームズ・ポッターを。
長年ジェームズを嫌い拒絶し続けてきたリリーは、けれど最終的にはジェームズの手を取った。そんな苦い事実に顔が歪む。今は取り付く島のない様子のルーシーも、いつかはロバートの手を取るのだろうか。
「…………止めておけ」
「え、これダメ?」
鼠の脾臓を入れようとしていた手を止めてルーシーがスネイプを振り返る。
「コウモリの心臓の方が良かった?」
「……いや」
そういう意味ではない。材料の話ではない。けれど、訂正するのも何だか馬鹿らしく思えて。
「お好きなように」
「そんじゃ両方入れる」
ぽぽいと鍋に入れて時計回りに二回、反対に三回。ぐつぐつと煮え立つ鍋の中で溶け出すそれらに顔を歪めたルーシーが再びスネイプを振り返った。
「すまん、失敗だ」
「見れば分かる」
不可解なパートナー
「ルーシー、僕ら上手くやっていけると思わないか?」
先に進めないようにと前に回り込んだロバートが言う。熱を帯びた眼差しは不快なことこの上ない。あからさまに溜息をついたルーシーが壁に寄りかかると、今までにない反応を好感触と捉えたらしいロバートが、すかさず捉えるように両手で逃げ場を封じる。何度だって言う。不快なこと、この上ない。
ルーシーだって、何故そうやって隙を与えたのだと責めたくなってしまう。いつものように無視して強引に歩き続けてしまえば良かったのだ。ルーシーならそれくらい平気でするはずだというのに。
「どうしてそう思うの?」
「分かるんだ」
じっとロバートを見上げて問いかけるルーシーにロバートが嘯く。吐き気がする。
「どうして分かるの?」
「知りたい?」
声を潜めたロバートがルーシーに顔を寄せる。
唇が触れるか触れないかのところでルーシーがくすりと笑った。
「ルーシー?」
「私は、上手くいかないと思うよ」
「どうして?」
囁き合う二人はまるで恋人同士のようだ。男の影など微塵も見せなかったくせに、ルーシーに動揺の色が見えない事がまた腹立たしい。
何言かを吐き捨ててやれば良いのだ。いい加減にしろとスネイプが言えば、きっとルーシーだってあっさりロバートを押し退けることだろう。スネイプに見られながら男と絡み合う趣味など持ってはいないはずだ。……そう願いたい。
「視線が怖くて」
「視線? だれ――」
最後まで言うことは叶わず、ぷつりと事切れたロバートの身体は廊下に落ちた。それを邪魔だと足で追い払ったルーシーが、取り出した杖で動かないロバートの身体を隅へ寄せる。よく見れば反対の手には小さな瓶が握られていた。スネイプの脳裏に昨夜のルーシーの言葉が蘇る。
”この薬、嗅げば何しても一時間は起きないよね”
不気味な笑みを浮かべるルーシーに「誰に何をする気だ」と思わず問い詰めて、けれど答えはもらえなくて。獲物はこいつかと眠りこけるロバートを見下ろして溜息。ルーシー自身に何もないという事は、先に解毒薬を飲んでいたのだろう。そう言えばついさっき紅茶に何かを混ぜていたなと思い出して溜息。仮にも魔法薬学の研究者がこれほど無様に引っかかるなんて。
「摂取量を間違えれば生命に関わる。………殺してないだろうな」
「まさか」
部屋に運んでやるなどという優しさは持ち合わせていないらしい。さっさと歩き出すルーシーの後を追いながら、スネイプは何故か分からないけれど安堵の息を吐いた。
「気付いてた?」
研究室に戻るなりルーシーがスネイプに問いかける。何をだと聞き返せば、振り向いたルーシーがニタリと笑った。嫌な予感しかしない。
「すっごい怖い目してた」
「目の前であんなものを見せられれば誰だってそうなる。――何だというのだ」
ニヤニヤ笑うルーシーを睨み付けると、調合の用意をしながらルーシーが何でもないことのように言った。
「他の男とキスして欲しくなかったのかなと思って」
言っている意味が分からず、沈黙。
言われた言葉を何度も頭の中で反芻して、そして漸く理解した。
「――何を馬鹿な。我輩が見ていると知りながら拒まないことに苛立っていただけだ」
「なら良いんですけど。先生って嫉妬深そうだから」
それではまるで、自分が嫉妬していたみたいではないか。
怒り任せに怒鳴り散らしてやろうとしたスネイプだが、ケラケラ笑うルーシーがあまりにもいつも通りなのを見たら何故か何も出てこなくて。
「………くだらん事を言ってないでさっさと研究の続きだ」
「はい、ダーリン」
「気色悪い」
吐き捨てて脇腹に思い切り杖を突き刺してやった。
→ 11.死にたがりの孤独癖