死にたがりのはなし


「ルーシー。君、最近どうしたんだ?」

新学期最初の魔法薬学の授業の後、次の授業へ向かいながらロンが唐突に言った。

「何が?」
「魔法薬学だよ。君、あんなに上手に調合出来るとは思わなかった」

寸分違わぬ――とまではいかないけれど、先程の授業で作った万年万能薬は中々の出来だった。ハーマイオニーほど正確に作ることは出来なかったけれど、それでもロンやハリーに比べればずっとマシだっただろう。

新年度が始まってから散々スネイプに叱られたのだ。叱られるだけならまだ良い。所詮この程度かなどと嘲笑されてしまえば、ルーシーとて真剣に取り組まざるを得ない。ギャフンと言わせてやる! と豪語して鼻で笑われたのも二月ほど前の話だ。

「Mr.ウィーズリー、人は成長するのだよ」
「ははっ、それ誰の真似?」
「スネイプ。似てた?」
「似てない」

おかしい。呻いてルーシーは傍らで静かに怒りを膨らませるゴーストを見る。自信あったのに。呟けば杖で脇腹をぐさりと刺された。

「魔法薬学だけじゃないわ。他の授業だって真面目に受けてるし、夜だってちゃんと勉強してるのよ」
「ルーシーが!? どうして!」
「必要に迫られて」

背後霊が言うのだ。勉強をしろ、そんな成績で卒業出来ると思っているのか、NEWT試験に合格出来ると思っているのか――もう聞き飽きた。最初こそ聞き流していたけれど、時間を問わずガミガミ言われれば無視など出来やしない。寝る時間がどんどん短くなるだけだと観念して勉強を始めたのだが、驚いたことに、分からない箇所があるとスネイプは至極丁寧に教えてくれた。あ、そう言えばこいつ一応教師だった。呟いて脳天に杖を突き立てられたのは三週間前のことである。

面倒でしかなかった勉強だけれど、理解出来ればそれなりに楽しく感じるもので。
先程の魔法薬学の時間も、実際はスラグホーンではなくスネイプから個人授業を受けていたようなものだ。嫌でもそれなりの結果が出るに決まっている。それに対するスネイプの評価も「まぁまぁだ」と悪くない。減点や説教ばかりだった頃を顧みれば、スネイプも中々マシになってきたのではないだろうか。

勉強の成果が出るのは嬉しい。
午前中の変身術の授業でも、授業態度についてマクゴナガルからお褒めの言葉を頂いた。やる気も結果も出せなかった頃を思い出したのだろう。大層お喜びだった。校長自ら授業をするのはどうなんだろうかと思わなくもないが、適任が見つからないのであれば仕方あるまい。今更他の人に譲る気にならないと笑うマクゴナガルの目は本気だった。

「ルーシー、あの……ちょっといい?」

その日の授業を全て終えて談話室に戻ろうとしていたルーシーはハリーの躊躇いがちな声に足を止めた。

「あれ? ジニーのとこに行くんじゃなかったの?」
「行くよ、あとで……その、話しがあって……」

ロンとハーマイオニーがいない今がチャンスだと思ったのだろう。
正式にお付き合いを始めてからというもの、ロンとハーマイオニーの二人は放課後になるとほぼ毎日二人でどこかに行ってしまう。少しばかり寂しいけれど、散々遠回りしたのだから二人にしてやりたいとも思う。複雑だ。

ハリーに連れられて適当な空き教室に入る。
誰もいないことを確認したハリーがご丁寧に鍵までかけるのを見てルーシーは首を傾げた。どうやら徹底的に二人きりになりたいらしい。視界の端でスネイプが嫌な顔をしているのを見ながら、ルーシーは適当な椅子に腰掛けた。

「……浮気はダメだよ」
「違うよ!!」

誰がルーシーなんて!
カッと見開いたハリーの目がそう言っているように見えたのは、気の所為という事にしておこう。なら良いんだけど。肩を竦めたルーシーをハリーが何とも言えない顔で見つめている。

「どしたの?」
「……その、君って、えーと……」

言い淀むハリーに首を傾げる。さっさと言え。聞こえもしないのにスネイプが吐き捨てたその時、意を決したようにハリーがルーシーの向かいに座った。

「――、聞いたんだ。アーサーおじさんに」
「何を?」

言葉を探すようにハリーが視線を彷徨わせる。それほど言いにくいことなのだろうかと、少しばかり不安を覚え始めた頃、ハリーはずいと身を乗り出してそっと囁いた。

「スネイプの見舞いに行ったの?」
「――、」

ぽかんとハリーを見た。ハリーもルーシーを見ている。
チラリとスネイプの方を見れば、苦い顔のスネイプがふいと顔を背けた。

「あー……」
「聞こうか迷ったんだ。僕らにも内緒だったから……」
「あー……」

視線を彷徨わせて意味のない音を出して。ルーシーは必死に頭を働かせた。けれど上手い案が出てこない。もう一度スネイプを見たけれど、こちらに背を向けていてどんな顔をしているのかは分からなかった。裏切り者。心の内で吐き捨ててハリーへと視線を戻す。不安げな緑の目とかち合った。

「…………好きなの?」
「………!!」

思わず吹き出しそうになって慌てて俯く。好き? 誰が、誰を。
俯き肩を震わせるルーシーに、何を勘違いしたのかハリーが「やっぱり」と呟いたのが耳に届いた。ちょっと待った、違う。言いたいのに笑いを堪えることに必死で何も言えない。

どう答えれば良いのだろうか。
スネイプがハリーへの暴露を拒んでいる以上、隠すしかない。けれど、隠しながらスネイプの見舞いに行ったことをどう言い訳すれば良いのか――残念ながらルーシーには分からない。

「――内緒ね」

たっぷり間を置いて、出した答えは『ハリーの勘違いに乗っかってしまおう』だ。
目の前でハリーが息を呑む。少し離れた所からも息を呑む音が聞こえたような気がしたけれど無視だ。先に裏切ったのはスネイプなのだから。

「ルーシー……」

何か言いたそうに口を開けて、けれど何も出てこない。
何も言うべきではないと考えたのか、ハリーは何でもないと首を振って立ち上がった。きっとスネイプと自身の母の事を考えているのだろう。悩ませてごめん。心の内で謝ってルーシーは教室を後にした。





死にたがりの心配性





「何故否定しなかった」

部屋に戻るなりスネイプの硬い声。振り返れば苦い顔のスネイプがこちらを見下ろしている。

「また病室行くかもしれないし、そういう事にしておいた方が都合が良いかなって」
「だが……」
「違うって否定しといて病室行ったのバレたら、それこそガチだと思われちゃうじゃん。大丈夫だよ、先生が起きたら告白したけどフラれたーとでも言うから」

未だ苦い顔のスネイプにひらひらと手を振る。

「だいじょぶ、だいじょぶ」
「…………君は、それで良いのか?」
「まぁ、頭がおかしいと思われただろうけど……考えてみれば今更だなって」
「開き直るな」

荷物を机に置いてベッドに寝転がる。スネイプの視線から逃げるように布団に潜れば「ちゃんと着替えろ」と小言が飛んできた。

正直な話、ルーシーにとっては痛くも痒くもないことだ。
スネイプを好きなのだと勘違いされていても、実際には違うのだから気にすることはない。誤解なんてどこにだってあるのだから。ハリーを騙してしまったことは悪いと思うけれど、仕方のないことだ。

けれど、スネイプが。
こんな取るに足らない些細なことを気にするから。余りにも気にするから。

「………大丈夫ですよー、先生のことは好きになりませんから」

吐き出した声は、どこか拗ねているようにも思えた。


08.不可解な宿主