世の中そう甘くない。スネイプには特に――そう言った事をルーシーは後悔していた。
「うわぁ、見て先生。雪」
窓の外を眺めながらルーシーは心の篭もらない声で言った。背後に立つスネイプの溜息が聞こえてくる。
「二、三日どころじゃないね。どうすんのこれ。もうクリスマス休暇になるんだけど」
「…………」
もう何も言い返す気力もないのか。振り返ると心なしか肩を落とした様子のスネイプが嫌そうに窓の外の真っ白な世界を睨みつけていた。
「”貴方、最近変よ”だって。ハーマイオニーが」
「お前が変なのは元からだろうが」
「独り言が多くて、一人でいることが多くなったって」
「病気だな。同情する」
「誰かさんが”誰にも言うな!”なんて言うから」
ハリーにもロンにもハーマイオニーにも秘密だなんて。
スネイプからすれば知られたくないのだろうけれど、その所為でおかしくなってしまったと思われるのは悲しい。何だって親友に頭の心配をされなければならないのか。
「ハリー達だけには言ったって良いじゃんか」
「駄目だ」
「三人だけ」
「その三人が問題なのだ」
苛々したように吐き捨てるスネイプに溜息を返して枕を殴る。ぼすっ。ぼすっ。殴ったところでちっとも気分は晴れないのだけれど。
クリスマス休暇が始まった。
ハリー達と共にホグワーツ特急に乗り込んだルーシーは、キングズ・クロス駅でハリー達と別れるとスネイプの案内で聖マンゴ病院へと向かった。
「ルーシー?」
受付でスネイプの病室を尋ねようとしていると、背後から声がかけられる。振り向くと魔法大臣となったキングズリー・シャックルボルトがそこにいた。
「キングズリーさん!」
「どうしたんだ? どうしてここに?」
「あー……その、実は、あー……スネイプ先生の、お見舞いに……」
手ぶらだけれど。ぎこちなく笑うルーシーに、きょとんと目を丸くしたキングズリーは、けれど何を思ったのか微笑ましいとでも言うように優しくルーシーを見つめてくる。勘違いしないでくれ。声を大にして訴えたいけれど、今は何も言わない方が良いのだろう。部屋番号を尋ねれば、快く教えてくれた。
「私も彼の様子を見に来たんだ」
「魔法省大臣が直々に?」
「これも仕事の一環だ。彼には、聞かなければならない事が残っているからね」
早く目を覚ますと良いんだが。そう言って苦笑を浮かべるキングズリーに曖昧な笑みを返しつつ、ルーシーはちらりとスネイプを振り返る。想像通りの苦い顔だ。
「ここだよ」
案内された個室にはベッドが一つ。真っ白なベッドに眠るスネイプは生きているのか死んでいるのか分からない。呼吸をしていないようにも思えたし、ただ眠っているだけのようにも見えた。
「やはり、まだ目を覚まさないか……」
呟くキングズリーに落胆した様子はない。もう何度もここを訪れているらしい彼は、今日スネイプが目を覚ますことを期待していなかったのだろう。サイドテーブルに用意された経過報告書を手に取ると、あっさり帰って行った。
「……生きてる、よね? これ、息してるの?」
ベッドに眠るスネイプに歩み寄り、そっと顔を近付ける。後ろで聞こえる呻き声を無視して耳を寄せれば、微かな呼吸音が聞こえた。あ、生きてる。呟けばまたスネイプが呻いた。
「戻れそう?」
振り返って尋ねると、窓の傍に立っていたスネイプは嫌そうにこちらにやって来た。ベッドに眠る自身を嫌そうに見下ろして、そっと手を伸ばす。何か起こるのではと思ったけれど、何もない。伸ばした手はスネイプの本体をすり抜けてしまった。
「…………駄目そう?」
「……ご覧の通りだ」
無感動なスネイプの声が病室に溶ける。スカスカとすり抜ける自身の手と、ベッドに眠る自身とを交互に見るスネイプの目には感情というものが消えてしまったように見えた。
「…………泣かないでね」
「誰が泣くか。さっさと帰るぞ」
さっさと歩き出すスネイプから本体へと視線を戻す。
「触るな」
伸ばした手が触れる直前でスネイプが吐き捨てた。振り返ればまっすぐにこちらを見据えるスネイプが立っている。
「……落書きなんかしないよ。ただ、私が触ったら何か起きるかなと思っただけ」
何故自分なのだろうか。考えても分からない。けれど、ルーシーの傍を離れられないのは何か理由があるように思えてならないのだ。
「どうしても嫌なら、触らないけど」
パッと両手を上げて見せれば、ルーシーと自分の身体とを交互に見たスネイプが渋々と促してくる。人をばい菌みたいに。呟いてそっとスネイプの頬に触れてみると、ひんやりとした感触に息を呑んだ。
「……い、息、してる、よね?」
そっと顔の上に手をかざせば呼吸をしているのだと分かる。生きている。けれど、冷たい。ひどく冷たい。もう一度そっと頬に触れて、やはり冷たくて。
「変化はない。さっさと離れろ」
「や、ちょっと待って。これホント冷たいよ」
「人を”これ”呼ばわりするな」
嫌そうな声は無視してぺちぺちと頬を叩いてみる。おーい。呼びかけてみても、目の前のスネイプにも後ろのスネイプにも変化はなかった。
「ダメかぁ……」
少しくらい、何か反応があるのではないかと思ったのに。名案だと思っていたのに、何の意味も無かったなんて。泣きそう。呟けば「泣きたいのはこちらだ」と声が返ってきた。
「あ、やっぱ泣いてみなよ。珍しいことすれば起きるかも」
「誰が泣くか」
「何それ、自分が言ったくせに」
さっさと帰れ。訴えるスネイプに促されるまま病室を出て病院を後にする。
クリスマス休暇中にゴーストスネイプとおさらばする目論見は、見事に外れてしまった。
クリスマス。
ルーシーは思い立ってゴドリックの谷にやって来ていた。
「何故、ここへ?」
問いかけてくるスネイプの声と表情は硬い。
「ハロウィンは学校を出れなかったし……先生が来たいんじゃないかと思って」
「要らん気遣いだ。今すぐ帰れ」
「嫌です。私だってお墓参りしたいもん」
真っ白な雪に覆われたゴドリックの谷。
去年のクリスマスにやって来た時とは違い、遺されたポッター家の看板の周りには沢山の花が手向けられていた。
『英雄ハリー・ポッター ありがとう』
そう書かれたメッセージカードが目に入り、ルーシーはくすりと笑う。
「ハリーは英雄だけどさ、きっと、スネイプ先生も英雄だよね」
「くだらん」
「英雄殿になったご感想は?」
「止めろ。さっさと帰れ」
鼻を鳴らしてそっぽを向くスネイプに笑い、家の横の集合墓地へと足を向ける。ハリーの両親の墓はすぐに見つかった。墓石を飾るリースはハリーだろうか。そう言えば去年もハーマイオニーがリースを作ってくれたなと、一年前を思い返して微笑んだ。
「こんにちは。去年はちゃんと挨拶出来なくてごめんなさい」
墓石にかかる雪を払いながら話しかける。背後に立つスネイプはどんな顔をしているだろうか。
リリー・ポッターと書かれた墓石をじっと見つめているのだろうか。それとも、背を向けているのだろうか。
「リリーさん、スネイプ先生も一緒です。口煩くて、態度も性格も悪くて。本当、この人選ばなくて良かったですね」
「今すぐ、帰れ」
使えもしない杖の先端がぐさぐさと背中に刺さる。背中を突き抜けるたびに刺すような痛みが襲うのだが、それを言えばきっとスネイプは何度もそれをしてくるのだろうから必死に平静を装ってルーシーは続けた。
「ほんっと、嫌な奴なんですよ。いじめっこ。ハリーの事はいじめるし、グリフィンドールは目の敵にするし……」
思い返してみてもスネイプの良いところが見つからない。
最初から最後までとことん嫌な奴だったとルーシーは断言できる。
「けど、ハリーは――貴方達の大切な息子さんは、先生のおかげで生きてます」
背中に突き刺さる杖の冷たい感覚が消えた。数ヶ月も一緒にいるのだ、後ろでスネイプが苦い顔をしているだろうことは容易に想像出来た。
「ありがとう、リリーさん。貴方が先生を選ばなかったおかげで、私の親友は今も元気に生きてます」
「……」
黙り込むスネイプに笑みを零し、ルーシーは満面の笑みで続けた。
「本当にありがとう。スネイプを誑かしてくれて」
死にたがりなひねくれ者
ぐさり。背中から刺された杖が腹を突き抜ける。
「痛い!! 何だよさっきから!! 冷たい!!」
「黙れ!! 黙っていれば好き放題言いおって……!」
「事実じゃん」
ぐさぐさぐさ。突き刺さる杖を払い除けようとするが、すり抜けるだけで払えない。冷たい。痛い。
「止めろハゲ!! 今、親友の両親のお墓参りしてんの!!」
「貴様……!! 我輩が目を覚ました暁には、背後に気を付けて日々を過ごすことになるぞ!」
「背後? やだスネイプ先生、こんなか弱い女の子の背後を狙うんですか? 正面からぶつかる事も出来ないの? やっだー」
「………!!」
ぎりぎりと歯噛みするスネイプの歯軋り音まで聞こえてきそうだ。
無言のまま怒りに任せて杖を振るスネイプだが、ルーシーにとって幸いな事に呪文が発動することはない。それならばと怒り任せに足元の雪を蹴るが、すり抜けるだけ。
「癇癪起こしても碌なことないよ」
「喧しい!! さっさと帰れ!!!」
→ 06.死にたがりな臆病者