死にたがりのはなし


「ルーシー、貴方まだお風呂に入ってなかったの?」

夜、風呂から戻ってきたハーマイオニーが驚いたように言った。
栗色の長い髪をタオルで拭いながらベッドに腰掛けるハーマイオニーは既にパジャマ姿で、未だ制服姿のルーシーに首を傾げている。

「うん……どうしようかなと思って……」
「入らないの? 具合でも悪いの?」

タオルを首にかけたハーマイオニーが心配そうにこちらにやって来る。額に触れた手は温かい。

「熱はなさそうね」
「いや……あー……体調は、問題ないんだけど……」
「あら、じゃあ入ってきなさいよ。早くしないとお湯抜かれちゃうわよ」
「…………だよね」

あぁ、最悪だ。
大きな大きな溜息を落とすルーシーに首を傾げたハーマイオニーは、けれどもう心配は失せたらしい。化粧水を顔に塗りこんでいくのを眺めたルーシーは、やがて重い腰を上げて風呂の支度をした。

「今日くらい我慢したまえ」

脱衣所に誰もいないことを確認するルーシーの背にスネイプの苦い声がかけられる。ルーシーは眉を吊り上げて振り返った。

「誰の所為でこんな事になってると思ってんですか。明日には必ず消えるって保証もないのに我慢しろって?」
「二、三日風呂に入らなくたって死にやしないだろう」
「二、三日で済めば良いんですけどね。やだよ、汗かいてベタベタするもん」

舌打ちをするスネイプに「煩い」と吐き捨てて背を向ける。服に手をかけた所でルーシーは再び後ろを振り返った。
視線の意味に気付いたスネイプが不満顔のまま背を向けるのに、「一つ」声を上げる。

「言っておくけど、こっち見たら病院で寝てる先生の顔に落書きするから」
「誰が見るか」

吐き捨てるスネイプに鼻を鳴らして服を脱ぎ、念の為にとタオルを身体に巻き付ける。
風呂場へ向かって歩き出すと後ろで驚いた声が聞こえたが無視だ。

タオルを巻きつけたまま頭を洗い、身体を洗う前にもう一度後ろを確認。湯気の立つ浴室に、びっちりと服を着込んだままのスネイプがこちらに背を向けて立っている。何とも異様な光景だ。
スネイプが背を向けている事を確認しつつバスタオルを剥ぎ取り、手早く身体を洗う。風呂に入るだけなのに何故こんなにも疲れなければならないのか。

「洗い終わったらさっさと出たまえ」
「冗談。やだよ、湯船入りたいもん」

スネイプの大きな舌打ちが浴室に響く。無視して浴槽に移動すると、視界の端でスネイプが浴槽に背を向けたのが見えた。文句を言いつつもちゃんと背を向けていてくれるなんて律儀な男だ。

スネイプは残念な人だ。ルーシーは思う。
好きな人に振り向いてもらえなくて、それでも諦めきれなくて。ハリーが言っていた。スネイプが中途半端な予言をヴォルデモートに報せたから、両親が殺されたのだと。
ずっと想い続けていた人が自分の所為で死んでしまうなんて――考えるだけで恐ろしい。

「……先生は」
「何だ」

無意識の呟きに、背を向けたままスネイプが返事をする。
ハッと息を呑んでももう遅い。一向に続きを言わないルーシーに業を煮やしたスネイプが苛立たしげに「何だ」と繰り返した。

「あー………ハリーのママは、どういう人でしたか?」
「君に答える必要はない」

素っ気ない返事が何ともスネイプらしい。くすりと笑みを零せば、向こうでスネイプが舌打ちをしたのが聞こえた。

「きっと先生とは正反対の人ですね」
「嫌なガキだ」

口が悪い、舌打ちをするなと窘めるくせに、スネイプだって中々に酷い。性格の悪さは教師だった頃から少しも変わっていないが、口の悪さはここまでではなかったようにも思える。
望まずゴーストのような状態になってしまったが、二重スパイと教師という重荷を下ろす事が出来た事は良かったのではないだろうか。自分が被害を受けている事を考えれば諸手を上げて喜ぶことは出来ないけれど、まぁ少しくらいは喜んであげてもいいのではないかと思う。

「明るくて、優しくて、太陽みたいな……あったかそうなイメージ」
「…………」

スネイプは答えない。背を向けたままのスネイプが何を考えているのかは分からないけれど、否定の言葉が無いという事は概ね正しいのだろう。尤も、長年一人の女性に恋してきたオッサンだ。多少なりともフィルターがかかっている事は考慮しなければならないかもしれない。

「――まぁ、いいや。そこは目を瞑りましょう」
「何がだ」
「それより、思い出に浸ってないでこの状況をどうにかする方法考えてくださいよ」
「どうにもならん。我輩に分かるわけがない」
「ずっとスネイプ先生に憑かれてるなんて恐怖じゃんか」
「我輩とて好きで君の傍にいるわけではない! 嫌な言い方をするな!」

憑いてない。断じて憑いてなどいない。
スネイプの必死の抗議を無視してルーシーは広い湯船で泳ぎ始めた。大きく広げた両腕を前に押し出せば、反動で身体が後ろへと下がっていく。浴室の中央に突っ立っていたスネイプが引っ張られるようにして数歩後ろに下がってくる。やばい。面白い。同じようにどんどん後ろへ下がっていけば、とうとう浴槽にまで足を踏み入れたスネイプがバランスを崩して倒れ込んだ。





死にたがりな苦労人





「ぶふっ!」
「っ、貴様! いい加減にしろ!」

耐え切れず吹き出したルーシーの視線の先で、鬼のような形相でスネイプが振り返る。タイミング良く水をぶっかけてやれば、すり抜ける事を失念していたのか、ただ反射で動いてしまったのか。スネイプが咄嗟に腕で顔を覆った。

「こっち見んな」

吐き捨ててやると、怒りに震えるスネイプがそれはそれは大きな舌打ちをして立ち上がる。

「ダンブルドア先生に聞いたら教えてくれるかなー……」
「他言無用だ!」
「だって、ずーっとこのままだったらどうするんです? 地獄ですよ」
「今でも十分地獄だがな」
「失礼な。好きでもない中年のオッサンと一緒に風呂入ってる私のが可哀想でしょうよ」

ならさっさと出ろ。吐き捨てたスネイプが服を整えている。風呂の中で何やってんだこのオッサンと思ったけれど、口には出さなかった。

「先生は良いですよね。こーんな若い子とお風呂に入れて」
「グリフィンドール百点減点だ」
「出来ないくせに」

鼻で笑うルーシーにスネイプがまた舌打ち。

「……我輩が目を覚ましたら覚えておけ」
「あら、死ぬ気は失せたので?」

スネイプは答えない。握りしめた拳がプルプル震えているのに気付いてルーシーは声を上げて笑った。
こんな目に遭っているのだ。少しくらい楽しんでも罰は当たるまい。

「いやあ、あのスネイプ先生とこんな風に話せる日が来るなんて、夢にも思いませんでした」
「ちっとも嬉しくないがな」


04.死にたがりなゴースト