死にたがりのはなし


夢であって欲しかった。
全部ルーシーの見たくだらない夢だったのだと思いたかった。

「………何でいるんだよ……」

すぐそこにいるスネイプに溜息を落として起き上がる。ガシガシと頭を掻きながら欠伸をするルーシーを、スネイプが嫌そうに見た。だらしない。そう言われたような気がした。

「おはよう、ルーシー」
「おはよー」

首を左右に傾けてコキコキと骨を鳴らす。瞼が重い。それもこれもスネイプの所為だ。思って睨み付ければ鋭い睨みが返ってきた。怖い。けど怖くない。

ベッドから下りたハーマイオニーが突然服を脱ぎだした。驚いたのはルーシーとスネイプで、咄嗟に背を向けるスネイプに枕を投げつけながらルーシーは「ハーマイオニー!」叫んだ。

「なぁに? どうしたの?」
「どうしたって……! だ、だって……その、えーと……」

首を傾げるハーマイオニーにルーシーは困惑した。まさか、見えないのだろうか。
ちらりとスネイプの方へ視線をやれば、つられてそちらを見たハーマイオニーがまた首を傾げる。

「変なルーシーね。いつもの事だけど」

くすくす笑いながら着替えを始めるハーマイオニー。ごめん。心の内で謝りながら、身体をすり抜ける枕に顔を歪めていたスネイプを睨みつける。ハーマイオニーに背を向けながらスネイプがルーシーを見た。足元の枕を蹴ろうとして空振るのを見ながら、ルーシーは手振りで出て行けと示す。

「出て行けるものならとっくにそうしている」

苛立ち吐き捨てるスネイプの声は、ハーマイオニーには聞こえないらしい。着替えを終えたハーマイオニーがルーシーを見て、まだ着替えないの?と首を傾げた。

「遅刻しちゃうわ」
「………うん……」

洗顔用品を手にハーマイオニーが部屋を出て行くと、ルーシーはスネイプを睨みつける。

「まさか、ここから出られないの?」
「我輩が知るか。夜中に何度も離れようとしたが、これ以上離れられないのだ」

ルーシーから離れようと足を進めて、けれど一メートルもしない内に動きが止まる。まるで見えない壁に阻まれているかのように先に進めないスネイプは、不機嫌を露わにぶんぶんと手を振った。当然ながら何もない。

「そのまま振り向かないでください。着替えるので」

溜息と共に抵抗を諦めたスネイプが部屋の真ん中に突っ立っている。異様な光景だ。
手早く着替えを終えてベッドから下りると、突然スネイプの身体がよろめいた。つんのめるようにして一歩前に進み、そこでまた止まる。

「……何遊んでんですか」
「違う!」

叫びながら振り返ったスネイプがハッとしてまた前を向く。もう着替え終わりました。そう教えて上げれば苦い顔のままこちらを振り返った。忙しい人だ。

「………君がベッドから下りたら、進める範囲が広がった」
「すみません言ってる意味が分かりません」
「こちらへ」

スネイプに言われるまま部屋の中央――スネイプの隣に立てば、そのままでいろと指示された。部屋の真ん中に突っ立っているルーシーに背を向けたスネイプが歩き出し、ドアのすぐ傍で止まる。そこから見えない壁に手をついてゆっくりと部屋の中を回り始めた。ベッドをすり抜け、机をすり抜け――傍から見ればホラーだ。ゴーストが部屋の中にいるなんて笑えない。

「楽しいですか?」
「そう見えるとしたら、君の目は異常であると言わざるを得ませんな」

不機嫌に吐き捨てたスネイプがじとりとルーシーを睨む。

「……どうやら、君を中心に半径一メートルほどの空間が出来ているようだ」
「はぁ?」
「君から離れられない、と言っている」

何度も言わせるなとばかりに鼻を鳴らすスネイプを見て、スネイプが通ったベッドや机を見回す。

「――いや、困ります」
「我輩とて困っている」
「何それ。だって、つまり先生が四六時中引っ付いてるって事でしょう? ふざけんな」
「こちらの台詞だ。先ほどから口が悪いぞ」

舌打ちをすれば「女が舌打ちをするな」と窘められる。差別だと返せば嫌そうな視線を向けられた。

「とても、不愉快です」
「同感だ」

何それふざけんな。思うのにどうする事も出来ない。
歯ブラシとタオルを手に洗面所へと向かえば、支度を終えたハーマイオニーが「時間やばいわよ」と教えてくれた。
手早く歯磨きを終えて顔を洗う間も、背後に感じるスネイプの気配。鏡に映らないのがまた恐怖である。

「ゴーストになった気分はいかがですか、先生」
「軽口を叩いていないでさっさと用意をしたまえ。授業に遅れないよう」
「ゴーストになってまで教師面かよ」

小さな呟きはしっかりスネイプの耳に届いたらしい。ぎろりと睨まれた。
授業の用意を手に談話室に下りると、ハリーとロンが既にそこにいた。眠そうに欠伸をするハリーにスネイプが鼻を鳴らす。

「ハリー、あのね――」
「言っておくが、Miss.カトレット」

ルーシーの声を遮ってスネイプが言う。

「絶対に、他言無用だ」
「えー……」
「冗談ではない。誰にも知られるな。絶対にだ」
「ルーシー?」

首を傾げたハリーがこちらを見ている。ロンとハーマイオニーまでこちらを見て首を傾げているのに、ルーシーはへらりと笑って頭を掻いた。

「何言おうとしたか忘れちった」
「ははっ、何それ」
「もう、ルーシーったら」
「まだ寝ぼけてるのかい?」

笑い出すハリー達にへらへらと笑い、ルーシーはスネイプを睨む。鼻で笑われた。





死にたがりな教師





授業が始まってからは地獄だった。
欠伸を噛み殺せば咎められ、眠気と闘いながらノートを取れば丁寧に書けと叱られる。

「一度でも自分のノートを読み返せば分かることだが、Miss.カトレット。君の字は読み辛いことこの上ない。読み手の事を考えて丁寧に書こうとは思わないのかね?」

うるせぇなと舌打ちをすれば舌打ちするなと叱られる。

「すみませんねぇ、私はハリーのママじゃないので舌打ちするし字も汚いんです」

苛立ち紛れに吐き捨ててやれば、今度はスネイプが舌打ち。嫌な空気だ。
二人揃って苛々しているというのに、どうする事も出来ないこの状況。最悪だ。

「――ところで先生」
「……何だ」
「トイレに行きたいんですけど、まさか、ついて来ませんよね?」
「……君は、我輩が喜んでここにいると思っているのかね?」
「トイレ、行きたいんですけど」
「我慢したまえ」
「いつまでだよ」

最悪だ。地獄だ。拷問だ。ぶつぶつ呟きながらルーシーはトイレの個室に入った。戸を閉めて、鍵を閉めて、最初に水を流して用を足す。扉の向こうに誰かがいるだけでも嫌なのに、それが男で、スネイプだというのだから最悪どころではない。

「それでも何度だって言います。最ッッ悪!!」
「君だけだと思ったら大間違いだ!」

誰かどうにかしてくれ。
ルーシーとスネイプの願いは届かない。


03.死にたがりな苦労人