死にたがりのはなし


ヴォルデモート卿が死んだ。
魔法界に平和が訪れ、混乱は治まりつつある。

ルーシー・カトレットはホグワーツ城を前に唸っていた。

「どうしたの?」

問いかけるハーマイオニーに呻き声を返し、溜息と共に肩を落とす。

「また勉強するのかと思って……」
「仕方ないわよ。だって、私達この一年間ずっと学校をサボっていたんだもの」

分かってるよ。呻いてまた溜息。
七年生に進級するはずだった昨年の九月、ルーシー達はホグワーツに戻らなかった。ヴォルデモート卿が魔法省を陥落させ、ホグワーツもヴォルデモートの手に堕ちてしまったのだから仕方のない事である。

ホグワーツ城での戦いを最後に、魔法界に平和が訪れた。多くの人が死に、残された者も無傷とは到底言いがたい状態であったが、それでも生き残った。平和を手に掴んだのだ。

暫くは忙しない日々が続いていたものの、それも過ぎた。
ホグワーツがヴォルデモート卿の手に堕ちていた一年間、まともに授業を行う事が出来なかったマグル学と闇の魔術に対する防衛術については、希望者にのみ補習を行う事が決定した。それと同時に、一年間逃げざるを得なかった者達――ヴォルデモート卿に狙われていたハリー・ポッターとその友人たち、そしてマグル生まれの魔法使いや魔女たちだ――については、卒業を一年遅らせて補習を行うことが決定した。

「断りたかったのに……」
「ダメよ。NEWTだってあるんだもの、ちゃんと授業を受けなきゃ」

項垂れるルーシーの肩を叩いてハーマイオニーが城へと入っていく。
あぁ、もう勉強なんてしたくないのに。面倒臭い。呟いてルーシーも後へと続いた。




ハリー・ポッター。
魔法界に平和を齎した人物である。
何度となくヴォルデモート卿に生命を狙われながらも生き残った少年、危険な目に遭いながらも生き延びた選ばれし者、そして、とうとうヴォルデモート卿を打ち負かした英雄。ルーシーの親友でもある。

ルーシーがハーマイオニーと共にホグワーツ城に入ると、玄関ホールはとても賑わっていた。
一体何の騒ぎだろうかと首を傾げ、その理由に思い至る。

「あぁ、何だ。ハリーか」
「相変わらず大人気ね」

おそらく後輩達に囲まれながら困ったように笑っているのだろう。彼に平和が訪れるのはまだまだ先になりそうだと笑っていると、逃げるように輪から飛び出してきたハリーがルーシーとハーマイオニーに気付く。

「遅いよ!」
「大変そうだね、ハリー」
「君達を待ってたらこんな事に――駄目だ、コリン。僕はサイン入り写真なんて配らないから!」

ハリーの写真とサインペンを差し出してくるコリン・クリービーに、ハリーがきっぱりと言う。ルーシーとハーマイオニーは声を上げて笑った。

「笑いごとじゃないよ!」
「ごめんごめん、中に入ろう」
「ロンは?」
「もう行っちゃったよ。腹ペコだって言って、僕を置いてったんだ」

裏切り者。顰め面で吐き捨てるハリーを宥めながら広間に入る。
ほんの数ヶ月前、崩壊し瓦礫まみれになってしまった広間は、もうすっかり元通りだ。天井にかけられた魔法の空は雲一つない夜空を映し出している。

「ハリー! ハーマイオニー! ルーシー!」

呼ぶ声に振り向けば、腕にたくさんのお菓子を抱えたロンが笑顔でやって来る。

「広間に行ったんじゃなかったのか?」
「行ったよ。でも、ほら。宴会はまだだろう? だから厨房に行ってお菓子をもらってきたんだ」
「まぁ! ロン、貴方しもべ妖精達がご馳走を作ってるのを邪魔したのね?」
「誤解だって! 向こうからくれたんだよ!」

眉を吊り上げるハーマイオニーに慌てて答えたロンが、マフィンを寄越してくれる。ありがとう。礼を言って齧りつけば「行儀が悪いわよ」とハーマイオニーに窘められた。

「そろそろ始まるよ。僕らも席に着こう」
「僕、隅の方がいい」

未だきゃあきゃあと声を上げながらこちらに視線を寄越してくる後輩たちに溜息を落として、ハリーが呻いた。

ホグワーツの再開、新学期の始まりを祝した宴会は今までにないほど盛大に行われた。
新たに校長となったマクゴナガルの演説は長く、欠伸をかみ殺したらハーマイオニーに脇腹を小突かれてしまった。

宴会が終わり、ルーシー達は一年ぶりに談話室へと戻ってきた。懐かしい部屋だ。ハーマイオニーとの二人部屋に喜びながらパジャマへと着替え、ホグワーツに戻ってきた事を実感しながらルーシーは目を閉じた。




「――――」
「ん……」

何か聞こえる。

「――、――――」

誰だろう?
何て言っているのだろう?
分からない。

「――、――さい」

聞こえない。
あと少し。

「Miss.カトレット、起きなさい」
「……!!」

冷たい。とても冷たい何かが頬に触れ、ルーシーはぱちりと目を開けた。
そこにあったのは真っ黒な目。驚き叫ぼうとしたけれど、開けた口からは何も出なかった。

「漸く起きたか」

降ってくる声と共に目が離れていく。肩まで伸びた真っ黒な髪、真っ黒な目、特徴的な鉤鼻――見覚えの有り過ぎるその姿。

「、ねいぷ、せん……?」

まさか。そんな。

「……気が付いたらここにいた。何か心当たりはあるかね?」

元スリザリン寮監。
ヴォルデモート卿の腹心――を装っていた人物。
ハリーを憎みながらも、命を懸けて守り抜いた人物。
奇跡的に一命を取り留めたが目を覚まさず、今も尚、聖マンゴ病院で治療を受けているはずの人物。

セブルス・スネイプが、そこにいた。





死にたがりな死に損ない





「非常に不本意だが、どうやら君から離れられないらしい」
「んなアホな」

思わず漏らした声にスネイプが目を眇める。よく見ればスネイプの身体が透けている。夜中に見ると軽いホラーだ。そんなルーシーの考えすら見透かしているのか、スネイプは徐ろに腕を組んで静かに口を開く。

「そんなアホな事が実際に起こっているのだ。――我輩は死んだのでは?」
「多分、生きてるはずですけど……」

まさか死んだのだろうか?
ハリーは何も言っていなかったから、生きていると思っていた。まさか死にたてほやほや?無意識に呟いてスネイプに睨まれたルーシーは咳払いをして首を振る。自分が知る限りでは死んでいない、はずだ。

「生きてます。………多分」

けれど、返ってきたのは予想外のもので。
苛立たしげに舌打ちをするスネイプにルーシーは首を傾げた。

「嫌なんですか? 死にたかったの?」
「闇の帝王は死んだ。もう蘇る事もない――それであれば、我輩が生きている理由もない」
「はぁ? 何言ってんだこのオッサン、馬鹿じゃないの」

スネイプにも予想外だったのだろう。
一瞬ぽかんとして、次の瞬間にはいつものように顰め面でこちらを睨みつけてくる。

嫌いだった。スネイプという人間が。
教師のくせにスリザリンを贔屓してばかりで、ハリーにばかり辛く当たる。
グリフィンドール生は目の敵にされていたし、ルーシーだって何度も減点された。

嫌いだった。大嫌いだった。
けれど、死ねば良いなんて一度だって思わなかった。

「生きたくても生きられなかった人がどれだけいると思ってんの」
「君に言われる事ではない。何も知らないくせに口を出すな」

吐き捨てられた言葉は拒絶。けれどルーシーは怯まない。怯むわけにはいかない。
セドリックも、シリウスも、フレッドも、ルーピンも、トンクスも――沢山の人が生きたくて、けれど死んでいったのだ。

「じゃあ私の前でそんなふざけた発言すんな」

相手がスネイプだろうと関係ない。
吐き捨てて背を向けたルーシーは背中に視線を感じて布団を頭まですっぽり被った。

「すみませんね、アンタが生きてて良かったなんて思って」

スネイプは答えなかった。

嬉しかった。生きていて。
敵だと思っていた。けれど味方だった。
ハリーを愛していたわけではなかったけれど、それでも誰よりも近くでハリーを護っていた人だった。

ハリーの母親を愛して、愛して、生命まで懸けて。
良かったと思ったのだ。死ななくて良かった。生きてて良かった。
これからは自分の為に生きれば良い――そんな事を思うくらいには、スネイプへの考えを改めていた。

それなのに、生きる理由がないだなんて。
悔しくて、悲しくて。ルーシーは布団の端を強く握りしめて眠った。


02.死にたがりな教師