長い階段を一段下りるたびに、ヒールが音を鳴らす。鳴らさないように気を付けても、どうしても少しだけ音が出てしまう。その音が反響して、大きな音になってゆく。
「・・・・・・」
グッと強く拳を握り、大きく深呼吸をして最後の一段を下りた。奥に続く長い廊下を歩いて行く。いくつもある魔法薬学の教室、彼のテリトリー。
角を曲がって、再び廊下を進む。突き当たりには彼の部屋がある。心臓の音が煩い。ゆっくりと慎重に歩き続けて、とうとう先生の部屋の前に辿り着いた。
「・・・・・・こんな・・」
こんなにも呆気無い。あんなに気合を入れて、覚悟を決めて下りたのに。それなのに、あっさりと部屋の前に来る事が出来てしまった。ちっとも変われた気がしない。
「・・・はは・・・・・・馬鹿みたい・・」
変わる気がなければ、どうしようもないのに。
「・・・・戻ろ・・」
振り向いた私は、思わず悲鳴を上げそうになった。
先生が、そこにいた。
「ぁ・・えと・・・」
薄暗い廊下で灯りを背にした先生の顔は見えなくて、どんな顔をしているのか分からない。何を言ったら良いのかも分からない。
「・・・あの・・・・失礼します」
何とかそれだけを言って先生の脇をすり抜けた。
否、すり抜けようとした。
「きゃっ!」
先生に腕を取られて壁に押し付けられた。突然の事に驚いている私の唇に何かが重なる。考えなくたって分かる。先生の唇だ。
「っ、んぅ・・・」
訳が分からなくて、懐かしくて、苦しくて、痛くて、悲しくて、嬉しくて、涙が溢れた。角度を変えて先生が何度も私にキスをする。もう手は掴まれてなくて、先生を押し退けて逃げれば良いのに、私は先生にしがみ付いてキスを受け入れていた。
「っはぁ・・はぁ・・・」
長く激しいキスが終わって、少しだけ咽ながら酸素を取り入れる。先生の顔なんて見れなかった。いつの間にか抱きしめられていて、苦しくて、心地良かった。
「ルーシー・・・」
「・・・・・・」
「君を・・傷付けた。君を利用して、傷付けて、苦しめて、それでも・・・」
続きの言葉を聞くのが怖くて、先生を突き飛ばした。あんなに強く抱きしめられていたのに、先生はあっさりと離れた。
「・・・・・・ききたく、ないです・・」
「ルーシー・・・何度も諦めようとした。君を傷付ける事しか出来ないのだからと・・だが・・・」
「やめて・・!」
耳を塞いでしゃがみ込んだ。聞きたくない。信じたくない。信じられない。もう傷付きたくない。あんな想いをするのは嫌だ。苦しいのは嫌だ。悲しいのは嫌だ。悲しくて、苦しくて、死にたかった。裏切られたっていう事実が痛かった。死にたくて、死にたくて、何で殺していってくれなかったのかとさえ思った。
殺す価値も無い程、どうでも良い存在だったんだって事に気付いた。
先生にとって私はいらない存在で、どうでも良くて、だから私が近付いたから先生は受け入れてくれた。でも、いらなくなったらすぐに捨てる。邪魔になったら捨てる。ぼろぼろに、ずたずたに心を引き裂いて、ゴミのように捨てる。
もう、あんな想いをしたくないんだ
「ルーシー・・・」
「ききたくない・・ききたくない・・・!」
「なら、何故ここに来た?ルーシー、想ってくれているのだろう?」
「違う・・!!私は・・私はただ・・・ただ・・・・・忘れたくて・・もう、止めたくて・・・」
解放されたくて、苦しくて、悲しくて
「・・・・・・愛してるんだ」
涙が溢れた。聞きたくないのに。怖いのに。嫌なのに。先生の苦しげな声が、痛い程に伝わってきて余計に苦しくなった。
「ルーシー・・・」
「ちがう・・ちがう・・・!先生がすきなのはハリーのお母さんだもん・・!!私じゃない!!」
「確かにリリーを愛していた。だが――」
『リリー』
彼が他の女の名前を口にする事だって、私には耐えられないというのに。私の想いは彼を苦しめる事しか出来ない。私の想いは彼を殺してしまうかもしれない。
「・・・・・部屋に、入れてください・・」
突然の私の言葉にも拘らず、先生は部屋を開けてくれた。部屋の中で話そうと思ったんだろう。
まさか、私に杖を向けられるとは思ってなかったはずだ。
「ルーシー・・・」
「・・・・・・いやなの・・もう、ぜんぶ・・ぜんぶぜんぶぜんぶ・・・!!」
涙が溢れて仕方ない。
「くるしいよ・・せんせい・・・すき、なのに・・だいすきなのに・・・・うれしいのに、しんじられない・・・しんじたくない・・・・」
涙をぼろぼろ流しながら震えた手で杖を向ける私を、先生はどんな想いで見つめているんだろう。
「・・・君になら、殺されても構わない」
そんな事、したくないんだ。私はただ、もう、全部、全部、全部――
「――オブリビエイト」
唱えた呪文に先生が目を見開く。閃光が当たって、先生が崩れ落ちた。
「・・・っふ・・・・」
先生が私を忘れてくれれば良い。誰か別の人を好きになって、私の事を思い出さないでくれれば良い。そうすれば、私は先生を思い続ける事が出来る。叶わない恋を続ける事が出来る。
愛されたくなんて無い。信じられないから。
愛していたい。永遠に。
ただ、貴方を想っていたい。
私が、朽ち果てるまで。
→この涙が枯れるまで、ひたすらに。
→小さな希望を胸に抱いて。