先生が目を覚ます頃に、私はそこにはいなかった。パーティが始まって、先生が広間にやって来る。私を見ても先生の表情に変化は無い。当然だ。忘れてしまったのだから。
「ルーシー!」
ハーマイオニーに呼ばれてそちらに行くと、そこにはハリーやロン、他の先生達もいた。皆お酒を飲んでいて、上機嫌だった。先生の姿もあったけれど、先生は私に興味を抱かずに黙々とワインを飲んでいた。
「丁度、貴方の家に行った時の事をマクゴナガル先生達に話してたのよ!」
「だって、あのルーシーが言い寄られてるんだぜ?」
ロンが笑う。
「もー、そんなに笑う事なくない?」
「だって、『夜景の見えるホテルだって!』」
皆が笑う。
「でも、先生もカッコ良かったですよね」
ハーマイオニーが言った。
「そうそう、『彼女は私の恋人だ』とか言ってさー、スネイプっぽくないよ」
「我輩とて言いたくて言った訳ではない。ああいう輩には他に相手がいる事を言っておけば――」
「とか何とか言っちゃって、ホントはルーシーの事を好きだったり?」
ロンが笑う。先生が顰め面でロンを睨んで、それから私を見た。
「くだらん。つまらない事を考える余裕があるのなら、Mr.ウィーズリー。君の魔法薬学のレポートを如何にマシなものにするかを考えたまえ」
「セブルス・・!」
ハリーが少しだけ慌てて声を上げる。何故かロンがぽかんとした顔で先生を見ていた。
胸が痛む。けれど、同時に安心感が私を満たした。これで良い。これで良いんだ。
先生は私の事なんか何とも想っていなくて良い。
ずっと、忘れたままで良い。
貴方の中に、私は存在しなかった。貴方の心に、私への想いは無かった。
そうして、貴方が朽ち果てるまで
永遠に、私を想わずにいてください
永遠に、片思いでいさせてください
「先生」
皆が散り散りになって、早くパーティが終われば良いのにと思っているであろう先生の所に向かった。
「何か?」
「・・・・・・私、先生の事が好きです」
先生は片眉を上げて、それから難しい顔でそっぽを向いた。
「――悪いが、我輩は君にそんな感情を抱く事は出来ん」
「・・・そうですか」
これで、良い
「ありがとうございました。失礼しました」
これで良いんだ
こっそり広間を抜け出して、城の外へと向かう。湖の方へ向かうと、一面の銀世界。ドレスだというのに構わず倒れ込んだ。
これで良いんだ
「・・・・・・愛してます、先生・・」
さようなら、私の初恋
永遠に、消えない恋
永遠に、忘れない恋
さようなら、先生
貴方だけを、愛しています
今までも、今も、
これから先も、ずっと――
「君は、私が知る中で最高の愚か者だ」
聞こえた声に飛び起きた。涙でぐちゃぐちゃになった顔で声のする方を見ると、そこには銀世界を侵す漆黒を纏った先生が立っていた。
「迷いがあるのなら、忘却術などかけるべきではない」
「どうして・・・」
「今の君の言葉で想い出した」
「え・・?」
『愛してます、先生』
「何で・・そんなはず・・・・」
「思い出したのだから仕方ない。――それで?勿論、君の告白に答える権利が私にはあるはずだが?」
「っ、だめです!」
慌てて立ち上がろうとしたけど、寒さで感覚が無くなった足は私を支える事なんて出来なかった。
先生が歩み寄ってくる。視界の黒が大きくなっていく。
「やだ・・こないで・・・」
「断る」
先生がやって来る。迷いの無いその足取りに、逃げられない事を悟った。とうとう、先生が私の真ん前に来た。ゆっくりとしゃがみ込んで、片膝をついて私の涙で濡れた頬に手を伸ばした。
「・・・愛してる、ルーシー」
「っ、ゃ・・」
「もう一度だけ、チャンスが欲しい。君を裏切らないと誓おう。ルーシー、君に傍にいて欲しい」
俯いて何度も何度も首を振った。先生に力強く抱きしめられても、首を振り続けた。信じたくなんて無かった。それなのに、その腕の力強さが、愛してると囁く先生の声が、頑なな私の心を溶かしていってしまう。
「他の誰にも、渡したくないんだ・・君が欲しい」
「っ・・・うああぁぁぁ・・・!」
箍が外れたように、私は声を上げて泣いた。先生にしがみ付いて、ひたすら泣き続けた。ずっと抱きしめてくれる先生の腕が、私の頭を撫でて愛してると囁いてくれる先生の手が、先生の匂いが、何もかもが、優しかった。
どれくらい時間が経ったか分からないけれど、漸く私が落ち着いた頃には化粧なんてボロボロに落ちていて、それなのに何故か身体に感覚が戻っていた。いつの間にか、先生が魔法で保護してくれていたらしい。
突然、しゃくり上げる私を抱き上げて先生が城に向かって歩き出した。
「ま、待って・・化粧、ボロボロ・・・」
「隠していれば良い」
言われるままに先生の肩に顔を埋めると、先生が小さく笑ったのが分かった。笑う事なんて、滅多に無かったのに。
玄関ホールに入ると、歓声が沸き起こった。
「な、なに・・?」
顔を上げようとしたけど、自分の顔が酷い事を思い出して止めた。先生が小さく溜息をついたのが聞こえる。
「元々、今日のパーティはこの為に開かれた」
「え・・?この為、って・・?」
「つーまーりー」
何処からかハーマイオニーの声が聞こえた。
「先生とルーシーを仲直りさせてくっつけようって事で開かれたって事よ!」
「・・・・・・・えええぇぇっ!!?」
思わず顔を上げかけて、先生の手によって肩に押し付けられた。
「見るな」
「あ、あの・・っ、意味が分かんな・・・」
「だからね、ルーシー」
近くでハリーの声が聞こえた。頭を撫でてくれる温かい手がハリーの手だと気付いた。
「こんなんでもセブルスは一応、英雄なんだよ。英雄の為に、魔法界全体が一肌脱いだって訳さ」
「こんなんでも、とは何だ。汚い手で触るな」
ハリーの手が頭から離れる。
「これで一段落ね」
「スネイプから話を聞いた時はビックリしたけど」
「そうね。ルーシーを傷付けたって聞いた時はどうしてやろうかと思ったけど、ルーシーが幸せなら良いわ」
「中々に手強かったみたいですけどね」
「忘却呪文までかけられてたよね、あれ」
「・・・・・煩いぞ」
ハーマイオニーやロン、マクゴナガル先生、ハリー達の言葉を無視して、先生が地下に続く階段を下り始める。
「明日の昼からホントのクリスマスパーティーですからねー!!」
「ちゃんと起きろよー!」
「ちゃんと寝かせてやれよー!」
冷やかしの混じった言葉を一切合切無視し、先生が部屋へ向かう。扉の前で下ろされて、先生が私の顔を見て苦笑した。
「霜焼けかね?」
「・・・・・いじわる」
真っ赤な私の顔に小さく笑みを零して、額にキスをしてくれる。それから、先生がにやりとイジワルな笑みを浮かべて言った。
「さて、Miss.カトレット。君には選択肢が二つある。一つは、私と共に私の部屋に入る。もう一つは、私と共に君の部屋に行く。どちらが良いかね?」
「・・・意味は同じじゃないですか」
「意味を違える必要性を感じないのでね」
小さく笑って、私は先生に抱きついた。
「先生と一緒なら、何処だって良いです」
「随分と積極的な誘いだな」
「ち、違・・!そういう意味じゃなくて・・!!」
慌てる私の頭をポンポンと優しく叩いて、先生は扉を開けた。
「ならば、まずはこの部屋の想い出を良いものに変えなくてはな」
言い終わると同時に、先生が私にキスをする。優しい温かいキスが私の心を完全に溶かし切ってしまった。
「先に言っておきますけど、次に裏切ったら私の記憶消してやりますから」
「それは随分と恐ろしいな」
「貴方誰?って言ってやるんだから」
「言わせるつもりも無い」
顔を見合わせて笑う。寝室に向かおうとするので、私は慌てて言った。
「その前に化粧落とさせてください!こんな顔でいるのヤダ!」
「なら、風呂に入るとしよう。冷えた身体も温めなければなるまい?」
そう言うと、先生は私を抱き上げてバスルームへと向かうのだった。