「止めだ」
ある夜、ボスが突然そんなことを言い出した。
私はボスの為にいそいそと図書館で借りた本を開いていた所で、ぽかんとボスを見上げた。きっと間抜け面だったんだろう。私を見下ろしたボスが鼻で嗤った。性格悪いなこの幽霊。
「あの……止めだ、って何を?」
「んなつまんねぇモン読めるか」
「今まで読んでた人の台詞じゃないです」
「あ?」
何でもないでーっす、ごめんなっさーい!
うぜぇ、死ね
銃声に慣れるって嫌ですね。
このヒュッとする冷たい感覚に慣れるって嫌ですね。
チッて舌打ちしてるけど、そりゃこんだけやられれば嫌でも順応していきます。
銃をしまったボスに、じゃあこれは片付けて良いんですか?と本を差して問えば、好きにしろと一言。
「……出来れば、もっと早くそうして欲しかった」
「かっ消すぞドカス」
「ごめんなさい何でもないですごめんなさい」
本を紙袋に戻して、今日は早く寝れると喜んで布団へ潜り込んだ。
「何勝手に寝ようとしてやがる」
「え゛」
まだ何かあるんですか?もうすぐ十時ですよ?ここ最近寝不足ですよ?
無言の訴えなど無視して、ベッドに座ったボスが静かに私を見下ろしてくる。
ドキッ。あーもう、この幽霊、顔だけは良いんですよね。ずるいや。
「言っておくことがある」
「はい」
「俺は死んでねぇ」
「………はぁ」
それ、前にも聞いた気がします。
「ここは、俺の知ってるジャッポーネじゃねぇ」
「……えーと?」
「カスが」
え、私が悪いの?マジで?本当に?私が悪いんですか?
眉を下げた私にボスは嫌そうに舌打ちをして。
「俺の知らねぇ世界だ、と言っている」
「……すみません、もうちょっと分かりやすく」
「死ね」
死んでるの貴方でしょうが!
いや、死んでないのか?え、あれ?ん?まぁいいや。
「えーと……つまり、この世界はボスの世界じゃないと」
「あぁ」
「パラレルワールドとかそういうヤツですか?」
紙袋をチラリと見て、ハハッと笑いを零しながら問いかけた。
だって、ボスはあの本見てたし。でも、まっさかー。そんなことあるわけないじゃん?
「実際のところがどうなってるのかは分からねぇが、そういう類のモンだろうな」
………はい?
「え……本当に?」
「うぜぇ、かっ消すぞ」
「だ、だって!」
「あの世界で俺は確かにクソジジイに氷漬けにされた。そこまでは覚えてる」
「氷漬けって何!?」
敬語も忘れて叫べば、ボスはうざったそうに私を見て、煩ぇと一言。
「ジジイの技だ」
全身が凍り付いて、次の瞬間にはこの部屋にいた。
忌々しげに吐き捨てるボスを呆然と見つめる。余りにも常識から離れすぎていてついていけない。
「あの、ボスは……何者なんですか?」
おそるおそる尋ねた私をジッと見据えながら、ボスは静かに口を開く。
「イタリア最大のマフィア、ボンゴレファミリー九代目の……息子だ」
マフィアの、ボスの、息子。
うっそだー! あははっ、何の冗談?――と言えたらどんなに良いか。
「すみません、似合いすぎてて怖いです」
「ぶはっ!」
納得してしまった私にボスは噴き出して。
「あっちで氷が溶けたら戻れんだろ」
無理やりそんな結論を出したらしいボスは、開き直ったらしい。
元の世界に戻る為にあんな本を読んでいたらしいけど、どうやっても見つからないから。
というか、あんなわけの分からない本を読むことに飽きてしまったから。
「つまり、現状維持……ですよね?」
何も変わらないんですよね?
ボスの正体がマフィアのボスの息子というものだって分かっただけですよね?
そんでもって、いつ元の世界に戻れるか分からないという事実を私が知っただけですよね?
「そういうことだ。暫くはここにいる」
好きなだけいてください!!なんて言えるわけありませんよ幽霊さん。
「文句あるのか」
「滅相もございません」
もう、いいです。好きにしてください。
この一週間で大分慣れたし。
ボスは怖いし銃もやだけど、慣れたし。
「変な女だ」
「あ、ボスって何歳なんですか?」
「十六」
「え、うえええぇぇっ!? 嘘っ! 同じ!?」
「るせぇ!!」
ドンッ!ドンッ!というおっかない発砲音も、怒声も、何かが身体を突き抜ける感覚も、もう慣れた。悲しい。
「じゃあ敬語いらないね!」
「…………」
「……ごめんなさい、睨まないでください」
生意気言ってごめんなさい。でも敬語使ってるといつまでもボスに怯えてそうで怖いんです。
いつまでここにいるか分からないし、ボスだっていつまでもビクビクオドオドされててもうざいですよね?
そう訴えた私をボスは目を眇めて見て、それから大きな舌打ちと共に勝手にしろというお言葉をくださった。
「じゃあボス。名前は?」
「誰が言うか」
「そこを内緒にする意味が分かりません」
「テメェに言うつもりはねぇ」
何だよそれ!心の内で叫んで、でもまぁ良いかと無理やり納得。
「じゃあ、ボス。私はリサです」
「だから何だ」
「いえ、それだけです」
「……」
舌打ちと溜息と「何だコイツ」という呟きを零して、ボスはゴロンとベッドに寝転がった。
よし、電気を消そう。
このおっかない幽霊がずーーーっと傍にいるかもしれないという事実を知ってしまった。のに、何でだろうか。
「おやすみなさい」
「……」
ボスが素性を明かしてくれたからだろうか。
ボスの現状を教えてもらえたからだろうか。
あっさりボスを受け入れた自分に驚きながら、久しぶりに日付が変わる前に布団に入った私は、すぐに眠りの世界へと飛び立っていった。
「………ドカスが」
スースーと寝息を立てる(決してガーガー鼾を掻いていないことを願う)私を見下ろして、ボスが呟いていたことを私は知らない。