学校からそう遠くない場所にある図書館だけど、実は来るのは初めてだ。
思っていたよりちゃんとしてて、それなりに人も入ってるらしい。
ただ、静かだ。
ものっすごく、静かだ。
「………背中、痒い」
ムズムズする。煩いのが好きってわけじゃないけど、ここまで音が無いとすごく嫌だ。
この、人の気配はあるのに音がないって状態が耐えられない。辛い。人がいるんなら話し声聞こえないと怖い。だからテストとかも嫌い。集中出来ないんだもん。
さて、何をしようかな。
ボスは入って早々どこかに行ってしまったし、正直やることない。読みたい本なんてないし。
適当に本棚をウロウロしてると、見えたのは海外文学というジャンル名。そう言えば、仇敵と戦う魔法使いの眼鏡少年のお話、あれ途中までしか読んでないんだっけか。映画は最後まで見たんだけど、原作持ってる人が全然違うって言ってたもんなぁ。短い時間内に押し込むために色々省いたりシナリオ変えたりしてるらしいから、是非とも読むべきだと熱く語ってたのを適当に聞き流したのは中学の頃のことだ。
暇だし、ボスいないし、それの続きでも読んでみようかな。続きといっても、二巻からなんだけども。いや、でも一巻を最後まで読みきっただけすごいと思うんだ。
「あ、あったあった」
人気だからか、他の本と違って二冊ずつ並べられた棚から二巻を手に取る。……最後まで読める、かな……。
「おい、何を遊んでやがる」
「あ、ボス」
声に振り返れば、物凄く不機嫌な顔のボスが背後に立っていた。あれ、何でそんなに怒ってるの?こめかみ凄いことになってますよ?あれ?
「あの、どうしましたか?」
「どうした、だと?」
ぴしり。ボスのこめかみの青筋が一つ増えた。あっれー……?
「テメェ、ふざけてんのか」
「ふざけてませんすみません」
「ここで何してやがる」
「いや、暇なので久しぶりに読書に勤しもうかと……ボスは何かいいのありました?」
そこまで口にして漸く気付いた。ハッと息を呑むが遅い。遅すぎた。
黒光りする例のアレを私の眉間に押し当てて(あの、微妙に貫通してます)ボスが低い声で唸る。
「死ぬか?」
「ごめんなさいっ!!」
小声にすることも忘れて大きな声で謝れば、飛んでくる非難の声。ついでに、何かしらあの子、頭大丈夫?的な視線も感じる。そうだよね、皆には見えないもんね、私の目の前にいるとんでもなく恐ろしい死神の姿。
「すみません本気で忘れてましたすみません殺さないでください撃たないでください」
「勝手にうろちょろしてんじゃねぇ」
「はい……すみません………」
勝手にいなくなったのボスの方じゃん!!と言いたいのをグッと堪えて謝罪の言葉を紡げば、鼻を鳴らしながらも銃をしまってくれた。ホッと安堵の息をついてボスについて行く。
ボスが止まったのはいかにもな本が並ぶ棚で、背表紙のタイトルを見ただけで顔が引き攣るのが分かった。え、これ?これを読むの?ボスが?だって、何これ。異世界?タイムトラベル?パラレルワールド?何それウケる。
「えーと……じゃあ、どれ読むんですか?」
「ここからここまで。全て借りてこい」
「………は?」
「借りてこいっつってんだ」
ここから、ここまで。ボスが指したのは棚一段分。ちょちょちょ、ちょっと待って。無理無理無理。
「いや、無理です持って帰れません」
「ざけんな」
お前がふざけんな!と言えたらどんなに良いか。
「と、図書カード、持ってないですし……」
「作れ」
「………はい」
何を言っても無駄だ。まずは図書カードを作ろうと受け付けへと向かう。寡黙そうな司書さんに新規で図書カードを作りたいと言えば、快く発行してくれた。
「あの、本って何冊まで借りれますか?」
「十冊までです。貸出期間は二週間だから気を付けてくださいね」
意外にも親切に教えてくれた司書さんにお礼を言って先程の本棚へ戻ると、またまた不機嫌そうな顔のボスに「遅ぇ」って怒られた。理不尽だ。
「図書カード作ってきました。一回十冊までしか借りれないらしいですよ」
「あァ?」
「し、仕方ないじゃないですか……! 私に怒らないでください……!」
私の所為じゃない。断じて私の所為じゃない。目で訴ようとしたけど、ボスは面倒臭そうな顔をすぐに逸らしてしまったから訴えが届いたかどうか。本当に理不尽だと思うんです。ぐすん。
「ここから十冊だ」
仕方ないといった様子で、ふわふわと上の方に上がってったボスが棚の最上段左端から十冊を指した。もう何も言うまい。少し離れたところに見つけた簡易ステップを使って何とか取り出しながら、ふと気付く。
「あの……」
「何だ」
「これ、十冊……?」
「それがどうした」
腕を組みふんぞり返って漂ってるボスの鋭い視線が飛んでくる。テメェちんたらしてんじゃねぇよとっとと借りてこいって顔に書いてある。何この人本当怖い。
「その……私、電車通学で………」
「………」
「あの、歩きなんですけど……」
「………」
「ちょっと重くて持てないかなぁ……なーんて」
「るせぇ。とっとと借りてこい」
カチリ。ドンッドンッ!!
眉間に二発撃ち込んでくださったボス様は、手の中の銃を色々な角度から見遣り、時折フッと息を吹きかけて黒いコートの袖で擦っている。
それくらいの優しさを私にもください
何か言ったか?
いえ、何も……(ぐすん)
視界を滲ませながら分厚くて重い本たちを抱えて受け付けへと戻る。さっきと同じ司書さんは私と本とを見て目を丸くした。
「こんなに借りて大丈夫?」
「は、はは……大丈夫です、多分………」
「二週間で読み終わるかい?」
大丈夫です、読むの私じゃないです。それに、借りるしかないんです。今も私の斜め上空から真っ黒なブツでこちらを狙っている恐ろしいスナイパー様がいらっしゃるんです。
訝しげな顔をしながらも貸出手続きをしてくれた司書さんには感謝の言葉しかない。ついでに、スクールバッグしか持ってない私に紙袋までくれた。重ね重ねありがとうございます。
「世の中には温かい人もいるんですね」
「偽善者の間違いだ」
「………ボスは誰も信用しなさそうですもんね」
つい口をついて出た言葉に慌てて口を押さえてボスを見れば、無表情のままこっちを見下ろしていたボスは嘲るように口元を歪めて「当然だ」と言い放った。
予想通りの返事。なのに、何でだろう。
血の色をした目が、悲しそうに揺れたように見えた。
「………ごめんなさい」
小さな小さな声で謝ってみたけど、返事はない。声が届いたのかどうかも分からないけど、多分、届いたんだと思う。
「……あの、ボス」
「………」
図書館を出た所で呼びかけてみるけど無視。
いや、あのですね。謝ったのに返事がないから心配とかそういうんじゃないんです。いや、それも確かにありますけど、それよりももっと大事なことが今現在あるわけでして。
つまりですね、
「重すぎて家まで持てる気がしません」
「るせぇ運べ。カスが」
ハッと鼻を鳴らしてふわふわと漂っていくボス。
また視界が滲んできたのを感じながら、ツンとする鼻をズズッと啜って歩きだした。
「遅ぇ。とっとと歩けドカス」
歩くのが遅いのは幽霊さんの為に沢山の本を借りたからです。
「るせぇっつってんだろうが」
ドンッ、ドンッ。
さっきの仕返しにしてはちょっとキツ過ぎませんか……?
ぐすぐすと鼻を鳴らし、分厚い本が五冊ずつ入った左右の紙袋を見下ろす。
家に帰ったらボスの為に本のページを捲る作業が待ってることを私はまだ知らない。