03


目を覚ますと、窓の外に見える空はまだ薄暗かった。

あれ、私、何で床で寝てるんだっけ?

首を傾げながら起き上がろうとすると身体中が痛んだ。
あぁ、畜生。フローリングに直に寝たからだ。ベッドでもう一回寝直そう。
時計を確認してないから正確な時間は分からないけど、こんなに薄暗いんだからまだ朝方のはずだ。寝惚け眼でベッドによじ登って掛け布団を身体にかけた。

「……?」

何だろう、ひんやりしてる。
何だ?ひんやり?
あれ、え?何で?
……あぁ、もういいや。
取り敢えず寝よう。眠いし。

ふぅ、と一息ついて目を瞑った直後だった。
カチリと無機質な音が耳に届いたかと思えば、何か冷たいものが頭に触れ――

ドンッ!!

「ぎゃあっ!!」

大きな音と脳天を掠めた冷たい何かに驚いて悲鳴を上げた。み、耳が……っ!鼓膜が……!!!
ベッドから転げ落ちてゴロゴロとのたうち回る間も二回ほど大きな音が上がって、そのたびに身体のあちこちを冷たい何かが貫通していく。

「ななな、なあぁっ!?」
「人の寝床に入って来んじゃねぇ、ドカス」
「!!」

ゆ、夢じゃなかった……!!不審者かと思ったら幽霊だった怖い人……!!
青ざめた私を睨み付けて鼻を鳴らした幽霊は、その手に持っていた黒い物体(見てない。ごつい銃なんて見てない)を懐にしまうと私に背を向けてまた寝てしまった。

――と言うか、私のベッドなんですけど!!?

と叫べたらどんなに良いだろう。
すっかり目が覚めてしまった私は、物音を立てないようにして起き上がり時計を確認した。丁度、朝の五時を回ったところだ。
あぁ、いつもなら二度寝する時間なのに。
今日は寝れる気がしない。
そもそも寝る場所もない。
溜息を一つ零して立ち上がり、学校へ行く用意を始めた。しょうがない、荷物を全部持ってってリビングのソファで横になろう。

時間割を確認して必要なもの(といっても殆ど学校に置いてあるんだけど)をスクールバッグに突っ込んで、制服も丸めて押し込んで部屋を後にする。ドアを開けた時に微妙に音が上がったけど、セーフだ。うん、セーフ。舌打ちなんて聞こえなかった。
リビングには当然ながらまだ誰もいなくて、バッグを適当に放るとパジャマ姿のままソファに寝転んだ。

あぁ、何か物凄く疲れた……。

「寝れる気がしない……」

身体はあちこち痛くてまだ休息を求めてたけど、如何せん頭が冴えてしまってるのだ。そりゃ、起き抜けに三度も銃をぶっ放されれば覚めるに決まってるよね。死ななくたって怖いモンは怖い。あの大きな音と身体を突き抜ける冷たい感覚が気持ち悪い。そう言えば、さっきベッドに寝転がった時、もしかして私あの人に重なっちゃったのか……?

「………そりゃ怒られるわ」

私のベッドだけど。別に重さとか何もないだろうけど。良い気がしないのは確かだ。幽霊の方がどんな感じ方をするのかは分からないけど、あの怖い人は性格からしてそういうのを嫌いそうだもんね。

「――よし、起きよう」

頭はまだ上手く働かないけど、取り敢えず起きよう。珍しく私が朝ごはんを作ったりなんかしちゃおう。ついでに今日はお弁当を持ってったりなんかしちゃおう。よし、そうしよう。
そうしてお弁当を作り始めた私は、それに集中するにつれて部屋で眠る恐ろしい幽霊の事を一瞬でも忘れることが出来た。

「あら珍しい。どうしたの?」
「まぁ……たまには早く起きようかなーと思って」
「あ、すごい。お弁当まで作ってる」
「ん、これ余ったから食べていいよ」

毎日こうでも良いんだけどね。
そう言って軽快に笑ったお母さんに、引き攣った笑みしか浮かばない。

お母さん、フラグ立てるの止めてください。

上の階で二度寝しているであろう、恐ろしい幽霊さんを思い浮かべるとじわりと涙が滲んだ。

「……え、もしかして今日もベッドで寝れないの?」

まさか。
いや、でも。
……帰りに近所の寺に寄ってみようかな。

制服に着替えながらそんな事を考えた。住職さんに相談してみよう。そうだ、それが良い。いきなり女子高生がやって来て幽霊を成仏させる方法を教えてください、なんて言い出したらビックリするだろうけど、そこは我慢して欲しい。こっちは死活問題なんだから。

「あ、リボン忘れた……」

シャツを着てスカートを穿いてブレザーを着て、スースーする胸元に気付いた。
足元を見てもバッグを見ても、臙脂色のリボンは見当たらない。

最悪だ。部屋に忘れてきた。

「どうしたの?」

サッと青褪めた私にお母さんが首を傾げるが、それどころじゃない。

戻らなければならない。

あの部屋に。

あの恐ろしい幽霊がいるあの部屋に。

指先が冷たくなっていくのを感じてギュッと拳を握りこめば、手のひらがじっとりと汗ばんでいた。

「リサ?」
「、うん……いや………リボン、取ってくる」
「?」

訝しげなお母さんの視線を背中に受けながらリビングを後にした私は、極力音を立てないようにゆっくり階段を上っていく。

何でって?
だって、あの幽霊さん怖いんだもん。
階段上る時から気を配らないといけない気がしてならないんだもん!!
あの黒光りするものを向けられて容赦なく発砲された人ならこの気持ち分かってくれると思うんだ!!

「、しつれいしまーす……」

囁き声で断りを入れて(何度も言うけど私の部屋だからね!!)そーっと、そーーーっと室内に入り込む。

「あ、あった」

制服をバッグに詰め込んだ時に落としたのだろう。リボンは床にぽつんと落ちていた。軽く叩いて埃を落とし、首に掛けようとしたところでベッドの上の塊が身じろいだ。
心臓と身体が大袈裟に跳ねる。よし、起きてない。大丈夫。大丈夫。落ち着け。
バクバクと煩い心臓を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、そーっと外へ出ようとしてハッと気付く。

「………」

振り返ってベッドの上の塊にそっと手を合わせた。

どうか、どうか呪われませんように。
どうか成仏してくださいますように。
家に帰って来たら消えていますように。

「とっとと出てけ」

寝起き特有の掠れ声と共にドンッという、それはもう大きな音。
痛いほどに冷たい何かがバクバクと煩い心臓の辺りを貫通していった。

「………!!」

声を出すことすら出来ず、ベッドの上からこっちを見下すように見つめる真っ赤な双眸を呆然と見つめた。





幽霊は低血圧らしです。





まだ眠いのか、欠伸をしながらもその手にある真っ黒な銃の銃口はしっかりこっちに向いている。どんだけ恐ろしいんだ。

「お、はよう、ございます……」
「るせぇ、ドカス」

そしてどんだけ口が悪いんだ。
性格極悪、口も極悪、顔はとんでもなく整ってるけど、前二つの理由からモテそうには見えない。いや、どうだろう。モテるのか……?

いつの間にかそんな事を考えていた私は、再び聞こえたカチリという音にハッと我に帰って即座に部屋を飛び出した。

まぁ、間に合わず頭を何かが貫通していったのだけれど。