「おやすみなさーい」
リビングでテレビを見ながら仲良く缶チューハイを半分こしてる両親に挨拶をして二階の自室へと向かう。トントンとリズミカルに足音を立てながら階段を上りきり、一番奥の部屋の扉を開けると――
「……、」
「誰だテメェは」
ギロリと視線だけで射殺されてしまいそうな錯覚に陥る。足が震える。あれ、ここ私の部屋だよね?とかこの人だれ?なんて考える余裕すらなかった。バカみたいに震える足で何とか後退りをすると、私から視線を外さないまま舌打ちをした男は大きく一歩を踏み出してこっちにやって来た。
男が動いたのをきっかけに、身体は漸くその主導権を私に明け渡してくれた。くるっとターンして全力で走り出すと、背後で男も駆け出したのが分かる。
「っ、えっ、や、ぎやあああぁぁぁっ!!!」
時刻は午後十時四十五分。さっきリビングで時計を見た時はそう示されていた。多分今はその一分後くらい。
そんな遅い時間に私は、物凄く、物凄く大きな物音と悲鳴を上げながら階段から転げ落ちた。
「どうしたの!?」
「何だ!?」
リビングから廊下に出て来た両親は、無様に横たわる私を見つけて慌てて駆け寄ってくる。大した怪我がないことを確認すると、呆れたように顔を見合わせて起き上がるのを手伝ってくれた。
「ったく、なーにやってんだ?」
「こんな時間にあんな大きな声出して……近所迷惑でしょう?」
「パ、パパ、ママ……ッ!」
もう少し心配してくれ。身体がとんでもなく痛いんだ。けど、それどころじゃない。私は階上で何処か呆れたような唖然としたような、奇妙なものを見るような目で私を見下ろす男を指して叫んだ。
「どっ、泥棒! 泥棒っ!!」
「はぁ!?」
「家に?」
二人の視線が階上へと向く。男の顔がさっきみたいに怖い顔になったのが見えた。一人や二人くらい殺してそうなその怖い雰囲気と顔に身体を震わせてる。声も顔も引き攣った。
「泥棒って……本当に?」
「リサの部屋か?」
「、へ?」
真剣な面持ちで訳の分からない事を言う二人に素っ頓狂な声が漏れた。階上の男も訝しげにこっちを見下ろしている。何言ってるんだ?
「あ、あそこ! そこにいるじゃん!」
「はぁ?」
「誰が」
階上を見ているはずの二人は、何故か男に気付いていないようで。立ち上がった父さんが警戒しながら一段一段ゆっくりと階段を上っていく。そこ!目の前にいるでしょうよ!!そう叫びたいのに何故か声は出なくて、パクパクと鯉のように口を動かす私の背中を母さんが落ち着かせるように撫でてくれた。
「誰かいるのか……?」
とうとう階段を上りきった父さんは、何故か目の前にいる不審者を素通りして私の部屋へと向かっていく。
「………何の真似だ」
不審者の不機嫌そうな呟きが聞こえて私はまた身体を揺らした。
「パ、パパ! ににに逃げて!逃げてっ!!」
「何だ? 何処にも誰もいないじゃないか」
「そこにいるじゃん! そこ! パパの目の前!!」
不審者と向き合う形になった時に叫べば、父さんは不審者をジーーッと見つめて笑った。
「もしかして、窓に映った自分の顔でも見たのか?」
「は?」
「あ?」
不審者と私の声が重なる。確かに不審者の後ろには窓があるけど、違うでしょうよ!貴方の目の前に立ってるでしょうよ!!
「やだ、寝ぼけてたの? 十六歳にもなって恥ずかしい子ね」
「ママ!? 見えないの!?」
「誰もいないよ。第一、泥棒が入ったって盗まれるものもないしな」
「そうねぇ……通帳と印鑑は盗まれたら困るけど、金目のものがあるわけでもないし」
「な、何言ってるの……」
軽快な足取りで階段を下りてきた父さんは私の頭をぐしゃぐしゃと撫でてリビングへと戻って行った。
「早く寝なさい、明日も学校だろう?」
「大した怪我もないし……もし明日になってどこか痛むようなら病院行ってらっしゃいね」
「ちょ、ちょっと……!」
はぁーやれやれ、なんて言いながらリビングに戻って行く両親。ちょっと待って!何言ってんの!?慌てた私の呼びかけも虚しく、早く寝ろと言わんばかりに閉められた扉。
「………えええぇぇぇ……」
何がどうなってるのだろうか。呆然と扉を見つめていると、近寄ってくる気配。びくりと肩を揺らして恐る恐る階段へと視線を向ければ、不機嫌丸出しの不審者と目が合った。
「ひっ、」
「テメェ、何しやがった」
「う、ぇ……え?」
一段一段、ゆっくりと下りてくる不審者はとんでもなく威圧感たっぷりで、生命の危険とかそんなものすら忘れてただただ見蕩れた。カリスマ性というのだろうか、目が離せなかった。私の目の前に立った不審者は私よりもずっと背が高い。真っ黒な短髪と血のように赤い瞳、襟足に付けられた羽飾りなんて他の人が付けてたら「だっさー、ぷぷぷ」なんて笑ってしまいそうなのに、何故かこの人だと違和感がなかった。そもそも、そんな事口にしたら即行で殺されると思う。
「何でアイツらは俺に気付かねぇ?」
「し、しらない……っ、私が聞きたいですよ……!」
震える声で返せば、不審者の男(どう見ても日本人には見えない)はリビングへと続く扉をじろりと睨み付けてからまた私へと視線を戻した。見下されてる。ものっすごく見下されてる。テメェなんざお呼びじゃねぇんだよ、みたいなこと思われてる絶対。
「あ、あの……」
「あァ?」
「ひっ、さ、さっき親も言ってましたけど、家には金目のモンなんて無いですから……っ、で、帰ってください……っ、」
出てって、と言おうとして慌てて言葉を変えた。下手なこと言ったら殺される気がしたからだ。全身が震えているのを感じながら立ち尽くす私に、不審者は「ここは何処だ」なんてわけの分からないことを言い出した。
「わ、私のいえ、ですけど……」
「カスが」
「は、え?」
「ンなこた分かってんだよ。ここは日本の何処だって聞いてんだ、とっとと答えろドカス」
なにこの怖い人口悪い!!そんなこと口が裂けても言えないけど。取り敢えず県を答えろって事だよね?小さな声で県を告げれば、不審者は眉を顰めて「知らねぇな」なんて呟いた。
「あ、あの……」
「そもそも俺はイタリアにいたはずだ。何故ここにいる? テメェ、俺に何しやがった」
「し、知らな……っ、」
「デタラメ言ってんじゃねぇ! とっとと吐き、や、がれ……?」
怒りを露わにした不審者の声が戸惑いを含んで小さくなっていった。声と同時に伸びてきた手に反射的に身を竦めていた私は、その声に恐る恐る目を開けて不審者へと向ける。戸惑いを含む視線を追ってみると――
「あ、あれ……?」
不審者の手は確かに私に伸ばされていた。胸倉を掴もうとでもしていたんだろう。
けど、実際は私を掴むことは出来なくて。
「な、なに……!?」
不審者の手は、私の首のすぐ下辺りにめり込んでいた。いや、違う。透けてる、んだ。不審者の手が、透けてる。私の身体を通り抜けている。だって痛みも何も感じない。ただ、ほんの少しだけスーッとしてるかも……?
「あ、なた……もしかして………」
「………」
明らかに戸惑っているだろう不審者を見上げ、私は口元を引き攣らせて囁いた。
「……ゆうれい、だったり、して……?」
不審者は幽霊でした。
「っ、ざけんなあぁぁっ!!!」
「ひぃっ!」
とんでもない音量で叫んだ不審者(仮)に思わず身を竦める。リビングの扉が開いてお母さんが顔を出した。
「リサ! さっきから何してるの!? 煩いわよ!!」
「マ、ママ……ッ、あ、あのっ、」
「テメェ、ババア!! 俺が見えねぇっての――」
「明日も学校でしょう!? 早く寝なさい!!!」
不審者(仮)の声に被せるようにして怒鳴ったお母さん。一方的に閉められた扉からそろりと隣に視線を動かせば、扉を睨み付けたままヒクヒクと口元をヒクつかせた不審者(仮)がいた。