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「……もう、だめです………」
「は?」

夕餉の時間になっても食堂に来なかったと食堂のおばちゃんから聞いた半助は、おばちゃんに頼んで握り飯を作ってもらいリサに宛てがわれた部屋へとやって来た。机に突っ伏していたリサは半助の姿を認めると、ぶわりと涙を溢れさせて今にも死にそうな声で一言。
初日から一体何を言っているのだこの人は、と思わず素っ頓狂な声を上げてから気付いた。そうだ、確か放課後に六年生たちと会っていたはずだ。つまり、彼らとの話が上手くいかなかったということだろうか。

「………まぁ、取り敢えず……その顔を拭きなさい」

顔から出るもの全部出てますよ。手拭いを差し出せば、今も尚滝のように涙を流していたリサは手拭いに顔を埋めた。ひっぐ、えっぐと泣きじゃくるリサの背中を撫でて落ち着くのを待つ。漸く泣き止むことに成功したリサが手拭いに顔を埋めたまま紡いだのは、やはり放課後の六年生との出来事で。一通り話を聞き終えた今、さて何を言おうか。重苦しい沈黙の中で半助は考えた。

「…………化け物、ですよねぇ……」

独り言のようなそれは、リサという人間にはそぐわない暗く無機質なものだ。
半助はリサの家業とやらを知らない。言いたくないのなら言わなければ良いと思うが、ただ『普通』ではないということだけは分かる。そして、六年生たちが考えたことも何となくは分かっている。リサが考えているものとは少しばかり違うのだろうが、それを言ってしまうことは憚られた。日夜鍛錬に励む彼らの努力を、苦しみを、そう簡単に話してはいけないことだと思ったから。

「土井せんせーは、私が怖くないんですか?」

こんな化け物みたいな力を持ってるし、異世界人だし。
抱えた膝の上に手拭いを置き、そこに顔を埋めたリサからぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえてくる。小さく縮こまる彼女はまるで親に叱られていじけている小さな子どものようだと思った。

「そうだなぁ……怖いと思ったことはないかな」
「……どーして、ですか」
「んー?」

気持ち悪いのに。おかしいのに。そう呟くリサに、半助は声を上げて笑う。

「なんで、笑うの」
「いやぁ、何か面白くて」
「……おこりますよ」
「怖いと思ったことはない。だって、ずっと加減してくれてたじゃないか」

傷付けないように。怖がらせないように。大事に大事に扱ってくれていたのを知っている。
いつだって大切にしていてくれたことを知っている。そうでなければきり丸はとっくに潰されて死んでいただろう。

「そんなに優しい君を、怖いと思ったりしないよ」

すぐそこにある頭を撫でてやれば、びくりと震えて強ばったリサの身体から徐々に力が抜けていくのが分かった。代わりにぐすぐすと鼻を啜る音が増えたのが、何故か分からないがやはり面白くて。いや、違う。嬉しいのだろうか。

「大丈夫、彼らもきっと分かってくれるさ」

今すぐは無理だとしても。
彼らはきっと乗り越えることが出来るだろう。そう信じている。確信している。

「だから、君も元気を出しなさい。きり丸が心配するよ」
「…………きり丸……ど、しよう、」
「うん?」
「やくそく、したのに……」

泣きじゃくるリサは、どうやらそれが一番悲しいらしい。六年生たちに嫌われたことよりも、きり丸との約束を守れないことが悲しいのだと。
よくもまぁ、ここまで入れ込んだものだと思う。きり丸もリサも少々行き過ぎではないかと心配になった半助だが、傍から見れば半助も似たようなものなのだと気付かない。

「大丈夫、傍にいるよ」
「、」
「きり丸も、私も」
「………」
「君が――うわっ! いだっ!」

君がそうしてくれたように、私たちも。
そう続くはずだった言葉は、抱きついてきたリサに押し倒されて強かに頭を打ち付けたことで途切れた。
リサがしがみついた腹の辺りが湿っていく。打ち付けた頭がズキズキと痛い。けれど、どうにもリサを押しやる気にはなれなくて。

「………ありがとう」

きり丸の為に泣いてくれてありがとう。
そう呟いて目を閉じた半助は知らない。リサが何故こんなにも自分たちを想ってくれているのか。半助は知らない。リサが何故こんなにも自分を責めているのか。それでも良いと思う。知らないままでも良い。

彼女が大切に想ってくれていて、自分たちも大切に想っていて。
ただ、それだけで良いのだ。

「ひぐっ、えっぐ、どい、ぜんぜぇ」

もうわだじだぢ、結婚じまじょう
………。馬鹿なこと言ってないで、ほら。もらって来たから食べなさい

倒れた拍子に転がってしまった包みを取って渡してやれば、ゆっくりと身体を起こして離れていったリサがぐすぐすと鼻を鳴らしながら握り飯にかぶりつく。袖で涙を拭うリサに「腫れてしまいますよ」と指摘して茶の用意をした。

ほんの少しだけ。返答に迷ってしまったのは、半助だけの秘密だ。