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その日の授業が終わり、伊作は仙蔵たちと共に事務室へと向かっていた。理由は勿論、リサという異世界人に会う為だ。

「お前は先に会ったんだったな」
「うん。さっき見ただろう? あんな感じだったよ。きり丸と仲が良くて、たまに土井先生に叱られてた」

乱太郎やしんべえ、伏木蔵ともすぐに仲良くなってたよ。留三郎の問いにそう返せば、六年い組の潮江文次郎がふんと鼻を鳴らした。

「あいつらはまだ一年だ。騙されてもおかしくはない」
「でも、土井先生も信じてるって言ってたよ」
「上手く取り入っただけかもしれん」
「でも、」

分かっている。警戒するのが普通だ。むしろ、そうするべきなのだ。
学園長がわざわざリサを異世界人と紹介したのだって、自分たちに警戒しろと言いたかったからだろう。分かっている。

「伊作」

仙蔵が伊作を呼ぶ。

「自分の目で見極める。それだけだ」
「うん……分かってるよ」

半助にもそう言われた。伊作自身の目で見て判断しろと。分かっている。それでも。
きり丸があんなにも懐いていて。教師である半助も信じていて。伏木蔵たちだって。そんな彼らと笑うリサのあの笑顔が、偽物だとはどうしても思えなくて。自分の目で見たあの光景を信じるのは悪いことなのだろうか。まだ疑わなければならないのだろうか。結論を出すのは早すぎるということなのだろうか。
はぁ、と溜息を落としたその時、誰かの腕ががしりと伊作の肩に回った。六年ろ組、七松小平太だ。

「いさっくんは優しいからなぁ」

私はいさっくんのそういうとこが好きだぞ!
太陽のような明るい笑顔を向けられて、沈んでいた気持ちが浮上していくのが分かる。何て現金なのだろうか。

「忍者には向いてないけどな!」
「………はは」

一言余計だ。涙を滲ませながら伊作は肩を落とした。

事務室に入ると、そこには吉野先生と小松田しかいなかった。リサの姿はない。

「あれ? リサさんは?」

仙蔵が尋ねると掃除に行っていると小松田が教えてくれた。

「こっちの文字が分からないらしくてね。取り敢えず今日はそれ以外の手伝いをしてもらうことにしたんだ」
「あぁ……そう言えばそんなことを言ってましたね」

まるで子どもの落書きのような図形。あれが共通文字だとリサは言った。もしそれが事実なのだとしたら、確かにこの国の文字は分からないだろう。この国の文字も見覚えがあるとは言っていたが、おそらくリサが住んでいた所とは違う地域固有のものなのかもしれない。現にこの国の文字は南蛮や天竺ではでは使われていないのだから。

「たぶん門の辺りで掃除してると思うよ」
「ありがとうございます。行ってみますね――ところで」

微笑み小松田に礼を言った仙蔵が不意に表情を変えた。
和やかな空気だったというのに、どこか張り詰めたような空気が漂っている。

「お二人は、彼女をどう見ますか?」
「リサさん? うーん、僕はいい子だと思うけどなぁ。あ、土井先生とすごく仲良しだったよ」

夫婦みたいだって言ったら出席簿で殴られちゃったけど。
笑う小松田に仙蔵は笑みを張り付けたまま「そうですか」と返す。あぁ、何か嫌だな、こういうの。伊作はこっそり溜息を落とした。

「吉野先生は? どう思われますか?」
「そうですねぇ……まだ何とも言えませんが、少なくとも仕事は真面目にやってくれていますよ」

小松田くんと違って失敗しないし。続いた台詞はどこか刺があったが、当の小松田は「えへへー」と笑うばかりで堪えていない。溜息と共に肩を落とした吉野先生には同情する。

「――そうですか、ありがとうございました」

では失礼します。すっと頭を下げた仙蔵は戸を閉めると「門へ行くぞ」とさっさと歩き始めてしまった。

「仕事、ちゃんとやってるんだね」

良かった。ホッと安堵の息を漏らせば、留三郎が苦笑を浮かべながらこちらを見てくる。

「伊作はもう決まってるみたいだな」

そう言われて。どうだろうか、と振り返って。うーんと唸る。

「正直、異世界からっていうのはいまいち信じきれてないんだ」
「まぁ当然だよな」
「でも……うん、リサさんが悪い人じゃないっていうのは、決まってる、かな」

きり丸がリサの手を引いていて。伏木蔵がリサの背中にぶら下がっていて。乱太郎としんべえも笑顔で隣に並んでいて。
あの優しい光景が嘘だとはどうしても思えないのだ。たとえリサが異世界人ではなかったとしても、リサの言う全てが嘘だったのだとしても、あの光景だけは真実だと思えてしまうから。

そんなことを考えている間に伊作たちは学園の入口へとやって来た。門の所では小松田の言った通りリサが箒を手に落ち葉を集めている。

「リサさん」
「ん? あ、伊作くんたち!」
「こんにちは、リサさん」

振り向いたリサはへらりと笑って伊作たちを迎えてくれた。

「自己紹介がまだでしたね。私は立花仙蔵。六年い組です」
「潮江文次郎。同じく六年い組だ」
「私は七松小平太だ! 六年ろ組!」
「……もそ……」
「食満留三郎。六年は組です」
「善法寺伊作、六年は組です」

それぞれ順番に自己紹介をしていけば「伊作くんはもう聞いたよ」と笑われた。一応ね、と返せばリサも悪戯っぽく笑う。うん、やっぱり悪い人には見えないや。そう思っていると、仙蔵が「昼の話ですが」と早速話を切り出した。

「あ、うん。そうだよね。えーと……掃除、しながらでも良い? 一応まだ仕事中で……」
「構いませんよ」

仙蔵が返したその笑みが偽物だということに、リサは気付いているのだろうか。
ありがとう、と掃き掃除を再開したリサは「まぁ、取り敢えず何でも聞いてよ」と自ら促してくれた。

「――端的にお伺いします。貴方はどうやって土井先生やきり丸とお知り合いに?」
「気が付いたら土井先生たちの家にいたんだよ。熱が出ててね、二人が看病してくれてたの」
「……では、その前はどこに?」

仙蔵の問いにリサは困ったように眉根を寄せて首を捻る。

「うーん、それが曖昧なんだよねぇ……ヨルビアン大陸のヨークシンシティっていう所にいたのは確かなんだけど……あ、知ってる? 世界最大のオークションが開催されるから参加しようと思ってそこにいたの」
「おーくしょん?」
「あぁ、競りのことだよ」

へぇ、と呟いて伊作は腕を組んだ。
聞いたことのない大陸名。聞いたことのない地名。自分たちが世界最大の競りとやらを知らないのは、ただ単にその開催場所が遠いからだろうか。それとも、本当に異世界だからだろうか。

「なぁ、ハンターってのは何なんだ?」

小平太の質問にリサは「説明するのはちょっと難しいんだけど」と苦笑を浮かべた。

「さっき見せたこれがライセンスでね。年に一回あるハンター試験を受けて、受かった人だけがもらえるんだ。ハンターっていうのは、簡単に言えば生命をかけて自分の好きなものを追求していく人のこと、かな。お宝が好きなハンターは世界中回って命懸けの宝探し。美食ハンターはより美味しい食材を探すし、幻獣ハンターは未知の生物を追い求めてる。ハンター証持ってるとやたら優遇されるから、結構大事なんだよこれ。失くしたら再発行してくれないらしいし――あ、曲げないでね」

受け取ったハンター証とやらをあちこちから眺めていると注意された。曲げたら使い物にならなくなるらしい。

「じゃあ、リサさんは何を追求してるんだ?」
「私はちょっと前にプロになったばかりだったんだ。試験に合格したご褒美に自分に何か買おうかなと思ってヨークシンに行って、気付いたらこっち来ちゃったの。だからまだプロのハンターとしてなーんにもしてないんだ」

まだ決めてないんだよねぇ、と笑うリサは、元々はライセンスを持っていることで受けられる特権欲しさに試験を受けたのだと言う。

「まぁ、腕試しも兼ねてだけどさ。弟が受けるって言うから私も一緒にやろうかな、って」
「へぇ……腕試し」
「ならリサさんは強いんだな!」
「うん? うーん、そうだねぇ。まぁそれなりには」
「よし! やろう!!」

は?
は? じゃない! やろう!

首を傾げるリサに小平太は満面の笑みで戦闘を申し込んでいる。仙蔵が溜息をついた。

「小平太、違うだろう。私たちが来たのは――」
「いけいけどんどーん!」
「うわっ!」

仙蔵の声を無視して小平太がリサに突進していく。
リサさん! 咄嗟に叫んだ伊作の目に飛び込んだのは、

「ちょっと待った、私、掃除中なんだってば」

突進した小平太の額を手のひらで押し止めているリサの姿だった。