08


新学期当日。きり丸は半助、リサと共に忍術学園へ向かっていた。
昨夜、自分が寝てしまった後に半助は自分が忍術学園の教師である事をリサに話したらしい。今朝、顔を洗っている所にやって来たリサが「土井先生あんなに優しいのに忍者になれたんだね」なんて笑っていたので、きり丸もつい笑ってしまい、家に戻ると笑い声が聞こえてたらしい半助に「何をそんなに笑ってたんだ?」と首を傾げられた。

半助が忍術学園の教師だということ。
きり丸がそこに通う忍者のたまご――忍たまだということ。
夏休みが終わって学園へ戻ること。学園は全寮制であること。リサにも一緒に来てもらうということ。

それらを一度に告げられたリサは一緒に来て欲しいと言われて一も二もなく頷いたらしいが、正しく意図を理解してのことなのかきり丸には分からない。今こうして隣を歩きながら「町の外に出るの初めてだ!」と声を弾ませるリサが傷付かないで欲しいと願うばかりだ。

「きり丸の友達と待ち合わせてるんだっけ?」
「はい! 乱太郎としんべえって言って、いい奴らですよ」
「そっか! まぁ、きり丸の友達だもんね。いい子に決まってるか」
「、」

この人のこういう所が苦手だ、ときり丸は思う。
いい子に決まってるだなんて。その理由がきり丸の友達だからなんて。あぁ、顔が熱い。悔し紛れにすぐそこにあった自分よりも少し大きい手を掴めば、あっさりと握り返された。余計に悔しくなった。

「土井せんせー! きり丸照れてる! 可愛い!!」
「なっ、べ、別にっ! や、止めてくださいよそーゆーこと言うの!」
「うわー! 照れてる照れてる! かーわーいーいー!!」
「うぎゃっ!」

突然脇の下に手が差し込まれたかと思うと、次の瞬間には高く抱き上げられていて。両腕を伸ばして「高い高ーい」なんて笑うリサを止めたいのに、驚きと羞恥とで声が出ない。

「ぼ、ぼくっ、こんなことされる歳じゃないっすよ! 土井せんせー! 笑ってないで助けてくださいよ!!」
「はははっ! 良いんじゃないか? たまには甘えてみれば」
「甘っ、だっ、そ、」

声が出ない。顔が熱い。楽しそうに笑う二人が恨めしい。文句を言えないことが一番悔しい。

「うーん、きり丸可愛いなぁ、持って帰りたいなぁ」

抵抗出来ずにいるきり丸を腕に抱くリサの顔には、疲れとか辛さとかが見当たらない。おかしい。自分だってそれなりに身長も体重もあるはずなのに。しんべえ程じゃなくたって、普通に重いはずなのに。女なのに。こんなに細いのに。

「……重くないんすか?」
「重くないよ?」
「……無理してません?」
「全然? きり丸をあと百人抱っこ出来るよ」
「はぁ!? そんなの無理に決まってるじゃないっすか!」
「出来る出来る! 土井先生だって抱っこ出来るよ!」

土井せんせーも抱っこしますか?
遠慮します
大丈夫ですよ?
結構です

全力で首を振りながら拒む半助に、リサが「ちぇ」と残念そうに漏らす。本当にする気だったらしい。
この人本当に何なんだろう、とじっとリサを見つめていると、目が合ったリサはぱぁっと顔を輝かせた。嫌な予感がする。

「肩車の方がいい!?」
「下ろしてください!」
「えー……」
「えーじゃないっすよ! もう子どもじゃないんすから!」

語気を荒く訴えれば、唇を尖らせたリサは渋々――本当に渋々といった様子で――漸くきり丸を下ろしてくれた。ほっと安堵の息を漏らしていれば、背後から「可愛かったのに」と不吉な呟きが聞こえてくる。聞かなかったことにしよう。

「土井先生、きり丸が拗ねちゃいました」
「まぁ……この頃の歳の子は難しいですからね」

当たり障りない返答をする半助は、きっときり丸の気持ちを的確に理解してくれているのだろう。いくら年上だからって、十歳にもなって女に抱っこされるなんて恥ずかしい。無理だ。

待ち合わせ場所には既に乱太郎としんべえの姿があった。「きり丸ー!」と大きく手を振ってくれる二人の元に駆け寄り挨拶を済ませると、二人は後から来る半助の隣を歩くリサをチラチラと見ながら「誰?」と囁いてくる。

「土井せんせーの奥さん」
「えぇっ!!?」
「奥さんん!!?」
「ちっがああう!! きり丸っ!!! デタラメを教えるんじゃない!!」
「初めましてー、リサです」

軽い冗談だったのに。きり丸が固く握り締められた両の拳で頭をぐりぐりと痛めつけられているというのに、リサは暢気に乱太郎としんべえの前にしゃがみ込んで自己紹介をしている。助けてと言ったけれど聞き流された。酷い。乱太郎もしんべえも暢気に自己紹介を返しているのだが、お前らオレの友達だろう? と後で尋ねても良いだろうか。
仮にも忍たまが、と半助の疲れたような声と共に漸く解放されると、きり丸はおそるおそる頭に触れた。へこんでいるような気がする。痛い。

「リサさんは土井先生の奥さんなんですか?」
「ううん、ただの押しかけ女房」
「えぇっ!? 本当ですかー!?」
「リサさん! 貴方まで何言ってるんですか……!!」

アホなんですか!? アホなんですよね!? そうじゃないかと思ってましたよ!!
怒りに任せて怒鳴りつける半助の顔は赤い。何だ、案外上手くいきそうじゃないか、なんて考えながら二人を見ていると、二人から視線を逸らさないままにやってきた乱太郎としんべえがこっそりときり丸に囁いてくる。

「きりちゃん、それで、あの人と土井先生ってどんな関係なの?」
「んー……何か、オレらが家帰ったら家の中で倒れてたんだよ」
「えぇっ? それってどういうこと?」
「土井せんせーとリサさんの間では、リサさんが別の世界から来たってことで結論出たみたいだけど……」
「別の世界!?」
「何それ? どういうこと?」

首を傾げる乱太郎としんべえに掻い摘んで事のあらまし説明してやれば、二人は「ふえぇー……」「すごーい……」と感心したようにリサへと視線を送る。視線の先では道端に正座させられたリサが、向かいに正座した半助に説教されていた。因みに夏休みの間に何度も見た光景である。

「せんせー、リサさーん、早く行きましょうよー」
「元はと言えばお前が……! ――はぁ、もう良いや……」
「土井せんせーも大変ですねぇ」

大丈夫ですか? と立ち上がったリサが労わるように半助の背中をさすると、半助は益々腹を抱えて蹲ってしまう。

「貴方、私を殺す気じゃないでしょうね……」
「何言ってんですか! そんな事しませんよ!!」
「だと良いんですけどね……」
「あ、そうだ。お腹が痛いんなら私が先生を抱っこして――」
「さぁお前たち! さっさと行くぞ!! きびきび歩け!」

顔中汗だくにしてさっさと歩き出す半助の背をぽかんと見送る乱太郎としんべえ。後ろからリサの不満げな声が聞こえたので、きり丸は苦笑を浮かべながらリサに手を差し伸べた。

「リサさんも早く行きましょー」
「――うん!」

きり丸、抱っこしていい?
だめっす
ちょっとだけ
だめっす
……むぅ

駄目だこの人早く何とかしないと土井先生のような犠牲者が沢山出る気がする。
それはそれで面白くないから、時間が許す限りリサの傍にいようと決意したきり丸であった。