仲間入り後


「なぁ、頼んどいた俺の服、やってくれた?」
「あ、はい。えーっと……」

丁寧に畳んで重ねた服の中から、目的の服を取り出す。裾が解れたからと繕いを頼まれていたものだ。
それを差し出せば、新たに兄となった目の前の彼は満面の笑みで受け取った。

「ありがとな! うおっ、スゲェ! 綺麗に直ってる!!」

畳んであったそれを広げて修復部分を確認して声を弾ませた兄は、足取り軽く部屋を出て行った。入れ替わりで別の兄が入って来る。用件は一緒だろう。

白ひげ海賊団に仲間入りしてから三ヶ月。私は兄貴の船に乗っていた時と同じ仕事を任されている。
コック達の手伝いをして、当番になった隊の人たちと一緒に掃除、洗濯をこなして、こうして繕いも引き受けている。

正直、拍子抜けだった。
いくら兄貴の船で戦わずに生きてきたからといって、この船で戦わずにいられるはずがない。世界一の海賊団ともなれば、兄貴のように無謀で馬鹿な海賊共が次々にやって来るだろう。戦える人間は一人でも多い方が良いはず――否、戦うことの出来ない足手纏いな人間は一人でも少ない方が良いはずだ。

それなのに、父となった白ひげは言った。お前は今までと同じ仕事をこなせ、と。
炊事、洗濯、掃除に繕い。武器の手入れすらさせてもらえない。そりゃ、確かに敵だったけど、誘ってくれたのは向こうだ。

私は、そんなにも信用がないのだろうか。

繕いを頼んでくれた兄たちはとてもフレンドリーで、信用されてないかも、なんて疑う余地もない。あれが演技だったら怖い。人間不審に陥ること間違いなしだ。
仕事だって一生懸命やってるし、わざわざ私のところに出向いて「頑張ってるな!」とか「あんま無理しすぎんなよ!」とか声をかけてくれたりもする。気に入ってもらえてる。勘違いでも自惚れでもないと思う。

けど、それなら何で私に武器を取らせてくれないのだろう。

「リサ、入ってもかい?」

コンコンとノックをしてくる兄は珍しい。大抵の兄はノックをせずに部屋に入って来るが、それは前の船でも同じだった。気の良い兄貴たちだったが、何度言ってもノックすることを忘れて部屋に入って来るから、着替え途中の姿を見られたのも数え切れない。この船でも既に二回ほどバッチリ見られてる。恥ずかしいけど、正直慣れた。「悪ィ!!」と慌てる兄に対して「あぁ、すみません」と驚くことなく謝った自分にちょっぴり泣きたくなった。
「どうぞ」と答えれば、入って来たのは一番隊隊長様だ。不死鳥マルコ。とんでもなく有名な彼が、私の兄だなんて未だに信じられない。

「悪ィが、これ頼んでも良いかい?」

差し出されたのはマルコ隊長のシャツ。

「分かりました。珍しいですね、マルコ隊長が服をダメにしちゃうなんて」

不死鳥の能力を持つ彼は、どんな攻撃だって再生してしまう。どんなカラクリがあるのかは分からないが、服まで再生してしまうのだ。だから隊長が服をダメにすることなんてない。初めてだ。

「あぁ、さっき甲板でサッチと組手をしたんだよい。服だけバッサリやられちまってねい」
「あ、ホントだ……ざっくりいってますね……怪我は大丈夫ですか?」

脇腹の辺りがざっくり裂けている。新しいシャツを羽織っている隊長は、わざわざシャツを捲って傷がないことを教えてくれた。

「きっとその内サッチ隊長も来ますね」
「多分な。悪ィがよろしく頼むよい、空いてる時間で構わねぇから」
「分かりました」

他にも服が溜まってるから、申し訳ないけど何日か時間を頂くことにしよう。修復前の服たちを入れたカゴの一番上にシャツを入れれば、既に修復を終えて畳み終わっている服に視線を移したマルコ隊長が呆れたような声を出した。

「お前、ちゃんと休んでるかい?」
「へ?」
「任せちまっといてなんだが、ちゃんと休むんだぞい」
「あはは、分かってます。でも、訓練は毎日あるし、ちゃっちゃと終わらせないと溜まってく一方なんですよ」

そこまで言って言葉を切る。隊長の訝しげな視線を感じて俯くと「リサ?」と気遣わし気な声が降ってきた。

「あの、ですね」
「?」
「……どうして、私に戦わせてくれないんですか?」

意を決して尋ねれば、隊長の間抜けな声が降ってきた。冗談じゃないのに。私は真面目に言ってるんだ。

「私、戦ったことないですけど……でも、そんなのが船にいても邪魔でしょう? ナースさんだって最低限、自分の身を護れるって聞きました。私、自分の身だって護れないのに……」
「そんなこと悩んでたのかい?」

返ってきた声は呆れたような、揶揄っているようなもので、ついカッとなってマルコ隊長を睨めば、物凄く優しい顔で私を見下ろす隊長の顔がそこにあった。

「お前は戦わなくて良いんだよい」
「どうして……ですか? 私、お荷物になりたくないんです」

役に立ちたい。
兄貴たちの夢を叶えさせてくれた白ひげの、この船の人たちの役に立ちたい。
出来ることをしたい。
そう続ければ、マルコ隊長は「今だって十分してくれてるじゃねぇか」なんて笑う。分かってない。隊長は何も分かってない。

「お荷物だなんて誰も思っちゃいねぇよい」
「けど……!」

抗議しようと声を上げた私の頭に、隊長の大きくて温かい手がポンと乗せられた。

「お前の兄貴たちが必死に護ってきたもんを、俺らが穢すわけにいかねぇよい」

くしゃくしゃ。頭を撫でる手はとても優しくて。

「お前は雑用だ。コックたちの手伝いをして、掃除して、洗濯して、繕いまでしてくれてんだ。それ以上は望まねぇ。大人数だから大変だとは思うが、よろしく頼むよい」

そう言って笑ったマルコ隊長の顔はとても優しくて。涙が溢れた。
今はもう聞くことの出来ない兄貴たちの笑い声が蘇る。

戦いたい? アホか。させるかバカ。
お前は、十分頑張ってるだろうが。

「『お前は、俺らが護るって決めてんだ』」

マルコ隊長と記憶の中の兄貴の言葉が重なった。分かってなかったのは、私の方だ。
ぐっしゃぐしゃに顔を歪めて泣きじゃくる私の頭を、隊長はずっと撫で続けてくれた。





意思を受け継いで





「だ、いぢょ……」
「あぁ、ほら鼻拭けよい。酷ェことになってんぞい」
「う゛あぁ……わ、だぢ、がんばり゛、まず」
「おぉ、よろしくな。とにかく鼻拭けって――うわっ、シャツに付けんなよい!」

見てろ、バカ兄貴共。
私も笑って死ねるように、頑張って生きるから。