現パラ/学生マルコ×婦警


「こらあああぁぁっ!! そこの学ラン二人組!」

ピー!という甲高いホイッスルの音が響き渡った直後に、婦人警官の怒声が街中に響き渡る。婦人警官の数メートル前を歩いている学生達が足を止めて振り返った。その顔には面倒臭そうな顔がありありと浮かび上がっている。

「また君達なの!? サボッちゃダメって言ってるでしょ!?」
「まーた煩ェのが来やがった」
「ハハッ、リサチャン今日も元気だねぇ」
「チャン付けしないでって言ってるでしょ! マルコもサッチも真面目に学校行きなさいッ!!」

片手を腰に当て、もう片方の手を真っ直ぐ伸ばしたリサがビシッと人差し指を二人に向けるが、マルコは面倒臭そうな表情のまま、サッチは可愛らしい小動物を見るような目でリサを見るのみで、リサの言葉は脳に刻まれてはいないようだった。

「ちょっと! 聞いてるの!? 真面目に学校に――」
「聞こえてるよい」

「あー、煩ェ」と片耳に指を突っ込んで煩そうに顔を顰めながらマルコが答える。

「何その面倒臭そうな顔! 生意気!」
「お前こそ職務全うして来いよい。俺らに構ってねぇで、ホラ。あー……迷子の子猫でも助けて来い」
「私は犬のお巡りさんか! 職務全うしてますー! 君達を学校に戻すのが私の役目だもの!」

「覚悟!!」と叫んでリサがマルコとサッチに向かって走り出した。仮にも警察官であるリサを前にして動揺の『ど』の字も見せなかった二人は、手首をギュッと掴んで満足気な顔をするリサを見下ろしてから顔を見合わせた。

「捕まえた! 今日こそ学校に戻ってもらうわよ!」
「あー、ハイハイ。分かったから放せよい」
「ダ・メ! そうやってこの間は逃げられたもの! 今日は学校まで送り届けるんだから!! サボッてないで真面目に授業出なきゃダメよ!」
「リサちゃん、うちの学校ね、創立記念日で休みなんだよ」

サッチが答えると、リサはキョトンと目を丸くした。「え? そうなの?」と僅かに手の力を緩めたが、すぐにハッとして再び力を篭める。

「ち、違うもん! ちゃんと調べてあるもん! 君達の学校の創立記念日はとっくに過ぎてるわ!」
「何だよ調べてあんのかよ」

ちぇ、と肩を竦めるサッチにリサはフフンと鼻を鳴らして胸を張った。

「前に騙された後にちゃんと調べたのよ! 同じ過ちは繰り返さないわ!!」
「威張る事じゃねぇだろうが」

マルコが空いている方の手でリサの額を指で弾くと、リサはぶるぶると首を振って「痛い!」とマルコを睨み上げる。

「公務執行妨害!! いいえ、傷害罪よ! 酷い! 痛い!」
「じゃあ逮捕でもするかい?」

ニヤリと口端を上げてマルコがリサに一歩近付く。グッと顔を近付けると、リサは僅かに怯みながらも必死にマルコを睨み上げた。警戒しながらも自分よりも数十センチも高いマルコを睨み上げる様は小型犬のようで、サッチはこみ上がる笑いを抑えきれずに噴き出した。
マルコが薄い笑みを貼り付けたままリサの耳元で囁く。

「なぁ、逃がしてくれよい」
「だ、ダメ! ダメダメダメ!! 子どもがそんな事しちゃいけません!」
「『そんな事』って?」

ニヤリと口端を上げるマルコに圧倒されているリサは既に真っ赤な顔で腰を引いている。既に勝敗は分かれているというのに諦めないのは警官としての職務を全うする為であろうが、傍から見れば小型犬が獰猛な大型肉食獣に喧嘩を売っているようにしか見えない。美味しく食してくださいと言っているようなものだ。それに気付けないリサは警官としてどうなのか。そんな事をサッチは思うが、勿論指摘などするはずもない。見ていて楽しければ何でも良いのだ。

僅かに震えながら勇敢に――無謀とも言うが――立ち向かっているリサを楽しげに眺めていたサッチはチラとマルコの顔を見遣る。口元は薄い笑みを浮かべているが、その目はちっとも笑ってなどいない。明らかに獲物を前にした獣だ。前に「揶揄い甲斐のある奴だよい」と呟いていたのを聞いた事があるが、どうやら『揶揄う』の定義が一般人とはズレているらしい。これは最早『虐める』の領域に達している。

心の中で「ご愁傷様」と呟くサッチの声など届くはずもなく、するりと腰を回ったマルコの手と再び寄せられた顔に、リサは今度こそ悲鳴を上げた。

「お、お巡りさああああぁぁぁん!!!!」
「おいおい、お巡りさんはここにいるじゃねぇか。自分の職業忘れたのかい? あぁ、それともこんな『子ども』に怯えてんのかい? お巡りさんのくせに?」

「世も末だねい」などと嘯くマルコにサッチは心の中で拍手を贈った。
マルコの発言によって怒りを露にしたリサが眉を吊り上げてジタバタと暴れ出す。

「キーッ! もう! いっつも私の事バカにして!! 今日という今日はもう赦さないわ! 侮辱罪よ! 名誉毀損よ!!」
「ははっ、『子ども』の戯言に一々腹立ててちゃ出世出来ねぇぞい」
「煩ァい!! いい加減この手を放してよ! セクハラ禁止!!」

未だに腰に巻き付いている手をバシバシと叩きながらリサが叫ぶと、マルコはわざとらしく眉を寄せて悲しげに呟いた。

「俺ァまだ『子ども』なんでね。大人に甘えたい年頃なんだよい」
「子どもは子どもらしく子どもらしい遊びをしてなさい!!」

「だからそれをしてるんだよ」と心の中でツッコミを入れたサッチは、携帯を取り出して時間を確認した。そろそろ他の仲間との約束の時間だ。携帯から顔を上げてマルコを見ると、サッチと目が合ったマルコが一つ頷く。

「じゃあ、大人なリサが教えてくれよい。子どもらしい遊びってヤツを――手取り足取り、じっくりと、な」

フゥ、と耳に息を吹きかけると、リサの口から「ひぎゃ!」と奇声が漏れる。完全に身体を硬直させたリサの頬に音を立ててキスをすると、マルコはさっさとリサの手を振り解いて離れた。サッチと並んで歩き出すマルコの背中を、真っ赤になった頬を押さえながら呆然と見送っていたリサは、ハッと我に返って叫び声を上げた。

「ま、待ちなさいってば! 逃げるなー!!」
「もうちっと色気のある声が出るようになったら捕まってやるよい」

振り返ってニヤリと笑ったマルコにリサは耳まで真っ赤になる。直後、一斉に走り出した二人はあっという間に姿を消してしまい、リサはただ一人その場に取り残された。

「バ、バカヤロオオォォォッ!!!」





婦人警官災難





派出所に戻ったリサが上司に怒られるのはその十数分後。