現パラ/マルコ→ヒロイン


「さぁ、ドーンと話したまえ」

ファミレスに入って案内された窓際の席に座り、メニューを眺めてた俺の正面に座っている女が両手を広げながらそう言った。

「は?」

思わず零れた間抜けな声。目の前の女がバカみてぇに声を上げて笑う。

「変な顔ー」
「うっせぇ黙れよいアホンダラ」
「うわっ、酷い! せーっかくお悩み相談室開いてあげてるのに!」
「何だそりゃ」

テーブルに広げたメニューをパラパラ捲りながら鼻で笑うと、わざとらしく怒った声が降ってくる。他の客の迷惑を考えられない残念な奴だって事は分かってるが、俺までそんな奴だと思われるのは癪だから、一応注意をしておいた。

「声がデケェ」
「ふーんだ。だってさ、最近マルコ元気ないんだもん」
「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいねぇから安心しろい」
「失礼! そうじゃなくて! ……ホントに平気なの?」

俺の顔を覗き込んできた顔はさっきまでのバカっぽいやり取りが嘘みたいに真剣だった。

「何かあったんじゃないの?」
「別に何も」
「だーって元気ないじゃん」
「元気じゃなかったらここにいねぇよい。俺、これ。リサは?」

不満そうに俺を見てたリサは少しだけ唇を尖らせながらメニューを手に取った。パスタにしようかな、なんて呟くリサを肩肘を付いて眺めながら、俺はバレないように溜め息をついた。妙な所で勘が働くんだこいつは。

リサから視線を逸らして他のテーブルを見遣ると、少し離れた所にカップルが笑い合って座ってるのが見えた。テーブルの上で重ねた手が二人の仲の良さをうざったい程にアピールしていた。時々、何か言いながら男が女の髪を梳いたり、頬に手を伸ばしたりしている。胸焼けしそうだと顔を顰めて視線を正面に座るリサに戻す。リサはまだ悩んでいた。

「うーん……ねぇ、たらこと和風どっちが良いと思う?」
「カルボナーラ」
「まさかの三択!?」
「好きな方にすりゃ良いだろい。腹減ったからさっさと決めてくれ」
「えー……うーん……うー………」

メニューを睨み付けながら唸り続けるリサを無視してコールボタンを押す。ピッという機械音が鳴ると、店員はすぐにやって来た。

「ちょ、まだ決まってないのに……!」

リサを無視してたらこパスタと和風パスタを頼むと、店員は「かしこまりました」と営業スマイルを浮かべながらメニューを下げて奥に引っ込んだ。

「マルコ他のにするんじゃなかったの?」
「お前待ってたらいつまで経っても食えねぇだろうが」
「ふふー、ありがと」
「俺の分をお前にやるとは言ってねぇよい」
「今の『ありがとう』を返せ!」

喚くリサから視線を逸らしてもう一度溜息を零す。ホントに煩い奴だ。どう見たって女には見えない。これを女として見ろって方が無理な話だ。そう思うのに、何故か俺はこの女に惚れちまってるらしい。気付いた時は本気で自分がおかしくなったんじゃないかと心配したもんだ。

誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなっちまうコイツは、きっと俺以外の男ともこうやって二人で飯を食ったりしてるんだろう。そいつらがコイツの事をそういう目で見てねぇ事を祈るばかりだ。つーか、本当に何でコイツなんだ。大丈夫か俺。一回病院行った方が良いんじゃないか。そんな事を考えてたらまた溜息が零れる。

「もー、さっきから溜息ばっか! 聞いてあげるって言ってんだから、とっとと悩み暴露しろー!」
「バーカ」
「バカ!? バカって言った!? 親友にそんな事言って良いと思ってんのかコノヤロー!」
「親友になった覚えはねぇよい」
「何をう!?」

『友達』なんて冗談じゃねぇ。

「お前、男作んねぇのか?」
「は? 何で?」
「何となく」
「んー、別に欲しいと思わないしなぁ。だって、こうやって会ったり出来なくなるっしょ?」
「……そうかい」

緩みそうになった口元を引き締めて素っ気なく返事をする。他意が無くても嬉しいと思うのは、やっぱり俺がこいつに惚れてるって事なんだろう。

「貰い手いなくなっても知らねぇよい」
「ははっ、その時はマルコにもらってもらうから大丈夫」
「は?」
「マルコだって早く彼女作んないと可愛い子達みーんな他の男に取られちゃうよ?」
「興味ねぇ」

可愛いだけの女なんて興味ない。他の女達が誰と付き合おうがどうだって良い。コイツが他の男に取られなけりゃ、それで良い。そんな事を思う俺は、大分コイツに惚れちまってるらしい。

「お待たせしましたー」
「あ、すいません、取り皿二つもらえますか?」
「あ、はい。少々お待ちください」

早足で引っ込んだ店員がすぐに皿を二枚持って戻ってくる。そんな店員に「ありがとうございます」と人懐っこい顔で笑ったリサは当たり前のように俺のたらこパスタを皿に二分した。

「はい、たらこー」
「当然のように奪ってんじゃねぇよい」
「だって両方食べたいもーん。いっただっきまーす!」

幸せそうな顔で食べるリサを見て俺も自分の皿に手を伸ばす。ふと、さっきのカップルのテーブルに目をやれば、女が男に自分のハンバーグを食べさせていた。見てるこっちが胸焼けしそうなくらい甘ったるい空気が流れていた。

「うわー、ラブラブだねぇ」

リサも見てたらしく、そんな言葉を漏らす。

「何マルコ、あーゆーのがやりたいの?」
「ありえねぇ」

俺には無理だ。惚れた女が相手でも無理だ。顔を顰めてるというのに、リサはニヤリと悪い笑みを浮かべて自分のフォークにパスタを巻き付けて俺の目の前に突きつけた。

「はい、あーん」
「………」
「………」
「………」
「……ごめんなさい睨まないでください怖いですごめんなさい」
「くだらねぇ事してんじゃねぇよい」

ぶー、と唇を尖らせながらパスタを自分に運ぶリサを見て内心ホッと息をつく。心臓に悪い事はしないでもらいたい。まさか、他の男にもやってんじゃねぇだろうな?そう考えたら怒りがこみ上げてきた。未だに唇を尖らせながらパスタをフォークに巻き付けるリサに手を伸ばす。

「へ? ――あっ!」

フォークを持つリサの手を掴んでパスタに食らいついてやった。

「私のたらこ!!」
「くれるっつっただろい」
「冗談だったのに!」
「知るか」

何もなかったかのように自分のパスタを平らげる俺を、リサはじとりと睨んでいた。その顔がほんの少しだけ赤くなってるのは俺の気の所為ではないと思いたい。

「とっとと食っちまえよい」

まだ言ってやらない。俺の悩みも、お前が好きだって事も。
いつか俺らの関係が新しいものに変わるのなら。まだ『友達』という関係を楽しもうと思う。