ヒロイン→(←)マルコ


早く。早く。息を切らしながら甲板へと急ぐ。
いつもより長く感じる廊下を駆け抜けて扉を開け放つと、雲一つない空からこちらを見下ろす太陽の眩しさに目を細めた。こんなに陽射しが強いのなら帽子をかぶってくれば良かったと独りごち、腕を日よけ代わりにして目的の場所へと向かう。
船首の方へ向かって歩くこと数分、いつもと同じ場所に彼はいた。

「おはようございます、マルコ隊長!」

パラソルの下でビーチチェアにゆったりと腰掛けながら、ニュース・クーが運んできた新聞を読んでいたマルコは自分を呼ぶ声に顔を上げた。毎日同じ時間にこうしてやって来るリサに笑みを一つ零して手を上げる。

「おはようさん、今日は暑ィなァ」
「ホントですよ! 甲板出て来たばかりなのにもう汗掻いちゃいました」

パタパタと服をはためかせてリサが笑うと、マルコは新聞を畳んでリサに差し出す。

「ほらよい」
「ありがとうございます! 何か面白いこと書いてありました?」
「どうだかな。まぁ、リサが気に入りそうな事件は起きてねェよい」
「そっかぁ……つまんない、最近何もないですよね」

唇を尖らせるリサに喉を鳴らし、マルコは最後に襲撃されたのはいつだったかと記憶を探った。ここ最近、嵐もなければ襲撃もない。上陸は一週間後となればリサがつまらないと言うのも頷ける。

「まぁ、たまにはこんな退屈な時間も悪かねェよい。何もないおかげで仕事から解放されてるしな」

嵐に遭えば船の破損状況を、襲撃に遭えば船の破損状況は勿論、各隊の備品の減り具合などを書類に纏めなければならない。何もないという事はそれらの面倒な書類作業が無いという事であり、それは隊長であるマルコの仕事が無いという事だ。

「隊長いつも忙しいですもんね。こんな時くらいゆっくり休んでくださいね」
「そうだな……じゃあ、お言葉に甘えてもう一眠りしてこようかねい」
「ふふっ、じゃあご飯の時に起こしに行きますね」

立ち上がって伸びをしたマルコが、新聞を抱えてはにかむリサの頭を数度撫でてそっと身を屈める。

「一緒に寝るかい?」
「ひっ、え、うぇ!?」

耳元で囁かれた言葉に目を丸くしたリサが挙動不審に数歩下がる。初々しい反応に声を上げて笑ったマルコは、冗談だと告げるとヒラヒラと手を振りながら行ってしまった。

「び、くりしたぁ……」

バクバクと煩い心臓をどうする事も出来ず、その場に座り込んだリサは真っ赤になってしまったであろう自身の頬を手の甲で撫で付けながら大きく息を吐き出した。マルコが消えた船室へと続く扉をぼんやりと見つめながら、腕の中の新聞をギュッと抱きしめる。

「へへっ、今日も話せちゃった」

会話の内容など何だって良い。新聞の中身にだって興味はない。ほんの少しでも近づくことが出来ればそれで良い。ほんの少しでも、マルコの目に、その心に入り込む事が出来るのなら。
強く抱きしめていた新聞をジッと見つめ、表情を綻ばせる。ついさっきまでマルコが手にしていた新聞。それだけで特別なものに見えるのだから不思議だとリサは思う。
辺りを見回し、誰も見ていない事を確認してから再び新聞に視線を戻す。直後に上がる小さなリップ音は波の音に掻き消された。





片思いのキス





「んぁ? 何してんだ、お前?」

窓の外を眺めていると掛けられた声。声のする方へ視線をずらせば、サッチがこちらにやって来る所だった。珍しい事に、いつものリーゼントはなく、代わりにカチューシャが長い前髪を後ろへと撫で付けていた。

「こんなトコで独りニヤニヤしやがって、気持ち悪ィぞ」
「煩ェよい」
「窓の外に何か面白いモンでもあんのか?」

マルコが止める間もなくサッチがひょいと丸窓の外を覗く。そこには、チェアの足元に座り込んだリサが新聞紙を抱きしめている姿があった。

「なーにやってんだ? アイツ?」
「さぁ?」

くつくつと喉を鳴らしながらマルコは部屋に向かって歩き出す。そんなマルコの背中と窓の外のリサとを交互に見遣ったサッチは、何となく理解して苦笑を零した。

「趣味悪ィのな」

果たしてそれはどちらに向けて言ったものなのか。肩を竦めたサッチは食事の支度をするべく厨房へと足を向けるのであった。