02


女――桜井リサは目を覚ました。ソファの端で体育座りをした状態で眠ってしまったようで、少し体を動かすとあちこちがビキビキと軋む。顔を歪めながらも腕をぐっと上に伸ばして体の強張りを解そうとしたその瞬間、息苦しさを感じて思わずむせ込んだ。苦しさに喘ぎ、テーブルに置いてある飲みかけの水を慌てて飲み干すと、そっと自身の首に触れる。

「目、覚めたんだ……」

自分が意識を失えば個性は解ける――爆豪勝己の考えた通りだった。それでもやはりあれは酷いと思ってしまうのは、本当に苦しくて堪らなかったからだ。
のろのろと起き上がり顔を洗いに行く。頭がガンガンと痛むのは、おそらく酸素不足のせいだろう。深呼吸をして顔を洗って、洗面所の鏡に映る自身の顔を見て。リサは笑った。

「ひっどいかお……」

タオルを少しずつ下げながら自身の隈の濃い顔をまじまじと見る。
慢性的な寝不足で肌はガサガサだし、不健康丸出しの顔だ。こんな酷い顔を彼に見られてしまったのか。それとも、夢だったのなら少しくらいはマシな顔にしてくれていただろうか。

自分の個性は気持ち悪いもの、だから絶対に発動してはならない――幼い頃、友人だった子に拒絶されてからというもの、リサは常にそう自分を戒め、最低限の人付き合いで生きてきた。親しくなればその人のことを考えて寝てしまうかもしれない。夢渡りの個性を使ってしまったが最後、気味悪がられて離れていってしまう――それなら最初から親しくない方が良い。
夜が来ることも怖かった。今日も何も考えずに眠ることができるだろうかと怯えながらベッドに潜るのだ。余計なことを考えずに済むよう睡眠薬を飲んでいるが、最近は効果が薄れてきて朝方には目が覚めてしまう。耐性がついてきているのだと医師に言われた。薬を変えたところで根本的な治療にはならないから、カウンセリングを受けるようにと勧められたのはいつのことだっただろうか。
溜息とともにタオルを下ろしたリサは、鏡に映った自身を見て思わず「え」と零した。

首には薄っすらと指の痕が残っていた。

「こ、れ……あのひと、に……」

昨日の夢の中以外で誰かに首を絞められた記憶などない。あってたまるかという話だ。だが、それならば――。

「夢の中で受けた傷は……現実に反映される……?」

ぞっとした。鏡を見ていられなくてソファに戻り蹲る。いやだ。気持ち悪い。こわい。こんな個性二度と使いたくない――

『明日の夜十時。もう一度俺を呼べ』

不意に勝己に言われた言葉が蘇る。
こんなに気持ち悪い個性なのに、関わりたくないと思うはずなのに。

『てめェ一人くらいヨユーで助けたるわ』

あんなに口が悪くて、顔も怖くて、声も大きくて、首も絞められた。それなのに。

テレビの中で観た、自分と同い年のヒーロー志願者。
あの雄英高校の体育祭で一位になる凄い人。
助けてくれるのだろうか。気持ち悪いって、思わずにいてくれるのだろうか。

「…………ばか」

そんな人、いるわけないのに。




今日は一日がとても長く感じた。時計を気にし過ぎていたからだろう。
誰かと待ち合わせなんてしたのはいつぶりだろうか。中学の修学旅行が最後かもしれない。
外はとっぷり暗くなり、時計の短針はもうすぐ10になる。あぁ、どうしよう。リサは困り果てていた。まったく眠れないのだ。九時にはベッドに入ったが、あまり早く眠ってしまうと約束の時間より早く勝己を呼んでしまうことになる。それは避けたい。そもそも本当に勝己を呼んで良いのだろうか。迷惑ではないか。助けると言ってくれたが、あれはリップサービスだったのではないか。
悶々と考えている間にもう間もなく十時である。観念して先ほど睡眠薬を飲んだが、未だに眠気はこない。
あぁ、遅刻したら彼はどれほど怒り狂うだろうか。テレビで観たあの特大の爆破をとうとう食らってしまうのだろうか。

「どうしよう、どうしよう……眠れ、眠れ、爆豪勝己君を呼んで――」

強く念じたその瞬間、リサの意識はすっと遠ざかっていった。

次に目を開けた時、リサの前には爆豪勝己が立っていた。

「、ぁ……」
「…………今日は違う場所になってんな」

きょろと周りを見回す勝己につられて見回してリサは息を呑んだ。
そこはテレビで観た雄英高校のグラウンドだった。

「また録画観てたのかよ」
「いや、あの……」

言えない。時間に遅れたらテレビで観た体育祭のワンシーンのように爆破されてしまうと思った、だなんて。もしかして、体育祭のあの光景を思い描きながら個性が発動したからグラウンドにいるのだろうか。
煮えきらない返事をしたリサをちらりと見た勝己は、突然眉間のシワをこれでもかと増やした。びくりと肩を震わせてしまうのは、昨晩彼に怯えすぎた結果だろう。

「……それ」
「、ぇ……?」
「……残ってたんか」
「なに……?」

舌打ちをした勝己がリサの首を指す。あ。リサは勝己の言いたいことを漸く理解した。リサの首に残る指の痕。昨晩勝己に首を絞められた時のものだ。

「ここで受けた傷は現実に反映されんのか」
「たぶん、そういうことだと思います……」

再度舌打ちをした勝己が「オイ」とリサを呼ぶ。

「紙とペン」
「……?」
「首傾げてんじゃねぇよ、紙とペンを寄越せって言ってんだよ」
「で、でも、持ってな……」
「昨日ハンカチもちり紙もベッドも出してたろうが!」
「あ!」
「あ、じゃねぇわクソが!」
「ご、ごめんなさい……」

んむむと唸りながら念じると、何かが落ちてきた音。目を開けるとリサと勝己のすぐ近くに学校の机がある。机の上には見慣れたリサの筆箱とまっさらなノートがあった。
リサの筆箱からボールペンを掴み取った勝己がノートにペンを走らせていく。

1.対象者が寝ていなくても強制的に夢へ引きずり込む
2.  が念じると欲しいものが出てくる

「名前」
「え?」

勝己は再度繰り返した。名前。

「何の?」
「てめェ以外に何があんだよ!!」
「ひゃっ、ご、ごめんなさ……」
「いいから名前言えや!!」
「っ、桜井リサです!」

つられて叫ぶと――悲鳴のようではあったが――勝己は再度ノートにペンを走らせていく。

「あ……、名前の漢字は――」
「どうでもいいわ!」

2.桜井リサが念じると欲しいものが出てくる
3.桜井リサが意識を消失すると夢渡りが解ける

言いながらもリサの言った通りに名前を書く勝己。律儀な人だとリサは思った。

4.桜井リサが夢の中で受けた傷は、現実にも反映される

そこまで書き終えた勝己は再度リサに「オイ」と呼びかけた。どうやら名前で呼ぶつもりはないらしい。

「カッター」
「筆箱に入ってると思いますけど……」

言い終わる前に勝己の手はすでにカッターを手にしていた。一体何をするのだろうと眺めていると、チキチキとほんの少し刃を出した勝己は、躊躇うことなく自身の手のひらに刃を滑らせた。

「……は、ぇ、あ、」
「ハッ、何言ってっか分かんねぇな」

馬鹿にしたように笑う勝己の声は遠い。リサの意識の全ては薄っすらと血が滲んだ手のひらにあった。次の瞬間、ドサドサッと机の上に消毒液、ガーゼ、包帯が大量に落ちてくる。

「て、あて」
「あァ? いらんわンなモン」
「手当て!!」

ほとんど悲鳴だった。消毒液のフタを開けたリサは、リサの剣幕にわずかに身をのけ反らせたる勝己の腕を引っ掴むと、迷うことなく中身を手のひらにぶちまけた。どぼどぼと消毒液が傷口だけでなく手のひら全部を流していく。

「つっ、てめ、何して……っ」
「なん、なんでこんなっ、」
「オ、オイ、何泣いとんだコラ……」
「ひぐっ、ううぅ……ばがあぁ!」

再開して五分。ぐっしゃぐしゃの顔で勝己に「ばか」と罵りながら手当てをする。控えめに言って地獄ではあるが、この時ばかりは後先のことなど考えられなかった。
手のひら全体をガーゼで覆い、包帯でぐるぐる巻いていく。包帯の巻き方なんて知っているはずもないので、巻いた端から解けている。その上か更に包帯を巻きつけていく。ただのぐるぐる巻きだ。

「んむむ……」
「だァから、いらねっつってんだろが! ンだこれ! どんだけ重傷なんだよ!」
「だって巻き方分かんない……」
「分かんねぇ奴が包帯なんて巻こうとしてんじゃねェ!! つか強く巻きすぎて血ィ止まってんだわ!」

適当にぐるぐる巻かれただけの包帯を解いていく勝己にリサは無意識に唇を尖らせる。包帯を解いて、ガーゼを取り払って。結局消毒をしただけの手のひらには薄っすらと一筋の赤い線が走っていた。

「どうしてこんなことしたんですか……」
「てめェは夢で受けた傷が現実の体にも付いてたんだろ。それなら連れてこられた側の検証も必要だろうが」
「でも……でも、わざわざ傷つけるなんて……」
「こんな小っせェ傷、屁でもねぇわ。この程度慣れっこなんだよ」

そんなこと言われたって、目の前で行われた自傷行為に動揺してしまったのだから仕方がないではないか。そんなことを考えていると、じろりとこちらを見た勝己の手が伸びてきてリサが尖らせた唇をぎゅっと摘んだ。

「てめェ、ずいぶん不満げだなぁ、オイ」
「んむ!? んんん……!」
「分かりやす過ぎんだよ! ちったァ隠せや!」

ベシンと頭を叩かれたリサは信じられないという顔で勝己を見た。ヒーローのくせに叩いた!
衝撃を受けるリサを馬鹿にしたように笑って、勝己が「次の検証だ」と話を進めていく。なんて奴だ。テレビで観てた通りだ。

「……爆豪君もいじめっ子だ」
「ハッ、その程度でいじめられたなんて騒いでんじゃねえよ」
「された方がいじめだって思ったらいじめなんだから」
「てめェにかかりゃ誰だっていじめっ子だろうが。あんだけすぐビービー泣き喚くんだからよ」
「ふ、普段はそんな泣かないし!」
「どうだかな」

5.対象者が受けた傷は

ノートにペンを走らせていた勝己は、そこでペンを止めた。この続きは勝己が起きた時に結果が分かるのだろう。

「検証って、あと何をするの?」
「あっち」

勝己が指す方を見るがなにもない。グラウンドがあるだけだ。

「……なぁに?」
「何でもいい。何か念じてみろ。爆発しろとか、雷落ちろとか」
「えぇ……」
「物体が出てくんのは分かった。次は事象が起きるかだ」

んむむ。唸りながら雷落ちろと念じてみるが、特になにも起きない。見上げた空も変わらず作りもののような青色をしている。

「雷はだめみたい」
「次は爆発だな」
「んむむ……」

必死に念じてみるが、やはり何も起きない。勝己を見上げて首を振ると、勝己は何も言わずノートへ向かう。

6.物体は出てくるが事象(雷、爆発)は起きない

「本当は対象者に対しても事象が起こせるか確認してぇんだが……」
「だめです!」
「俺だって嫌だわ」

次は何を検証するかと思案している勝己の横顔を見つめる。この人は、どうしてこんなに真剣に検証してくれているのだろう。危なっかしい個性だから放っておけないと言ってはいたが、それなら警察に通報してしまえばそれで済んだはずだ。

「どうして、助けてくれるの」

リサはぽつりと呟いた。
顔を上げた勝己が呆れたようにリサを見る。

「ンだよ、昨日言っただろが。同じこと言わねえぞ」
「だって……通報すれば済んだんじゃないの?」

危ない個性を持ってる奴がいる、被害に遭った――それだけで勝己はもうリサに関わることなく生きていくことができたはずだ。

「だァから、昨日言っただろうが」

ヒーローになるから。リサ一人くらいヨユーで助けられるから。
勝己には何の得もないのに。

「ヒーローってのは、そーゆーモンなんだよ」
「そんなの……」

そんなの。続きを口にすることはできずリサは口を噤む。振り返った勝己の手がリサの頭をベシンと叩いた。

「いだっ」
「くだらねぇこと悩んでんじゃねえよ」
「……ヒーローに虐められたら誰に助けてもらうんですか?」
「ハッ、てめェは俺が助け殺したるっつっただろうが」
「……爆豪君に虐められた時は?」
「気合い入れてもらったんだって喜べやクソが」
「えぇ……」

何とも理不尽なヒーローの卵である。
ふと、こうして軽口のような言い合いができていることを不思議に思う。それはきっと、勝己が昨日のように殺気丸出しではなくなったからかもしれない。

「あと何の検証するんですか?」
「できることはそう多くねェ。複数人を同時に連れて来ることができるか、対象者に対して事象を起こすことができるか」
「人に向けて雷とか爆発とか無理です……」
「俺に向けて”縄で縛れ”って念じてみろ」

んむむ。念じてみるが、リサの縄が足元に落ちてくるだけで独りでに勝己に向かっていくことはないようだ。

「物体を出すことはできても操ることはできない、と」

ノートに書き足していく勝己の傍らで、手にした縄を睨むように見つめながら「んむむ」と再度念じる。

「んァ? ……何した?」
「出したものを消せるのかなって……無理でした」
「見りゃあ分かる」

縄は変わらずリサの手の中にある。勝己がそれもノートに書いていった。

「オイ」
「はい」
「銃出してみろ」
「じゅ、……?」
「拳銃」
「…………何に使うんですか」
「人には使わねえよ、バァカ」

この人は悪口を言わなければ生きていられない人なのだろうか。んむむ。念じると手の中に拳銃が落ちてきて、咄嗟に勝己の方へ投げつけてしまった。

「あっぶねェな! 何すんだ!」
「ごごごごめんなさい! びっくりして……っ」
「びっくりしたのはこっちだわ!」

手にした拳銃をまじまじと見た勝己が安全装置を外して撃鉄を下ろす。そうしてリサのいない方の地面へ向けて引き金を引いた。
拳銃の音って意外と高い音なんだな……耳を抑えながらリサはそんなことを思った。

「……ちゃんと銃弾入ってんな」
「つまり……?」
「敵をここへ呼び寄せて銃構えて撃ちゃそれで終いだ」
「ひぇ……」
「そういや、ここで死んだら現実も死ぬんか?」
「知りませんよ!! ……やりませんよ!?」
「さすがにねーわ」

机に置かれた拳銃の存在感がとんでもない。日常的によく見る机に似つかわしくない恐ろしい凶器が置かれているのだ。自分に向けられたわけでもないのに、それを見ているだけでぞわぞわする。

「あとは、俺が意識を失っても解除されるのか」
「わ、私っ、首絞めないですよっ!」
「てめェにゃ何も期待してねぇよ。オイ、壁出せ」
「は?」
「は? じゃねえよ。壁だ壁」
「壁……」
「だだっ広いグラウンドしかねぇだろうが。分厚い壁出してみろや」

分厚い壁。昨日の室内にあったとんでもなく太い四角い柱で良いだろうか。んむむと念じると、リサと勝己の影を大きな影が飲み込んだ。振り返れば昨日も見た柱。

「こ、これで大丈夫ですか……?」
「まぁ、こんだけ分厚けりゃな」
「あの……何するんですか?」

まさかここでいきなり爆破の練習なんてしないだろう。勝己の失神と分厚い壁に一体何の関係があるのか――答えはすぐに分かった。
スタスタとそちらに歩いていった勝己が、徐ろに柱に頭突きをかましたのだ。

「、は……?」

崩れ落ちる勝己を呆然と眺め、数拍。

「あ、ああああぁぁぁ!!!」

意味もない音を叫びながらリサは勝己に駆け寄った。倒れる勝己は意識がないようで、額がぱっくり割れて血が滴っている。

「あああああああ!! ど、どうしよう、どうしよう……」

頭を打って気絶した時は動かしては駄目だと聞いたことがある。この傷に消毒液をかけて良いのかも分からない。分からない。何をどうしたら良いのかまったく分からない。自分ではどうすることもできない。
夢渡りは終わらない。対象者の勝己が気絶したところで、リサ自身が起きていれば何の意味もないのだ。

「お、終わって……っ、」

「お願いだから、終わって――!!!」

強く、強く念じた。どうか、どうかお願い。もう終わって。早くこの人を病院に連れて行かなければ。どうか、どうかお願い。

「早く終わってよーーーーっっ!!!」

次の瞬間、リサは真っ暗な部屋で飛び起きた。ぐっしょり掻いた汗で服が体にへばりついて気持ち悪い。そんなことはどうでも良い。ここはどこだ。ベッド。グラウンドじゃない。部屋に戻ってきている。夢渡りが解けたのだ。

「ど、どうしよう、どうしよう……っ」

勝己を病院に連れて行かなければならない。救急車を呼ぼうとして気付く。勝己の家の住所を知らない。連絡先も知らない。どうしよう、どうしよう。早く、早くどうにかしなければ。勝己が死んでしまうかもしれない。どうしよう、どうしよう。

「――雄英高校!」

勝己の通う学校であれば、彼の住所を知っているはずだ。
鷲掴んだスマホを震える手で操作して雄英高校のホームページを開く。電話番号を長押しして通話を選択すると、コールの音がスマホから聞こえてくる。早く、早く誰か出て。お願いだから。

『――はい、雄英高校です。』

長いコールのあと、静かな声が聞こえてきた。

「っ、あ、の……っ」
『どうしました?』
「あの……っ、い、一年、A組の、ばくごう、くん!」
『……一年A組の爆豪? 彼がどうかしましたか?』
「け、怪我してるんですっ! 頭! だからっ、家に救急車を呼んであげてくださいっ!」
『……貴方はいまどこに?』
「わ、わたしはっ、自分の家に、いてっ、で、でも嘘じゃないんです! お願いです! 爆豪君をたすけてください! 頭から血を流してるんです!」
『落ち着いてください、順を追って話して――』
「爆豪君を……っ、助けて……!!」

お願い、お願いします。信じてください。助けてください。爆豪君を助けて。
必死に頼み込むリサに、電話の先の相手は「分かりました」と返事をくれた。

『爆豪の家に連絡します。大丈夫、落ち着いて』
「ごめ、ごめ、なさ……っ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
『お名前を聞いても?』
「、ぁ……桜井、リサ、です」
『ありがとう。では、一度失礼します』

そう言って通話は終了した。
きっと電話の相手が勝己の家に連絡してくれて、家の人が救急車を呼んでくれるはずだ。きっと。きっと。

「……爆豪君、一人暮らしだったらどうしよう……」

連絡が取れなかったら様子を見に行ってくれるだろうか。怖い、怖い。どうしよう。
スマホの待ち受け画面はもうすぐ十二時になると示している。まだ夜は長いが、心配で眠ることなどできそうもない。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っ」

検証なんてしたから。勝己の言葉に甘えてしまったから。まさかこんなことになってしまうなんて。
どうか、どうか無事でいて。


***


通話を終えた相澤消太はどうしたもんかと頭を掻いた。

「こんな時間に誰からだったんだ?」

同僚のプレゼント・マイクこと山田ひざしが問いかけてくる。今日は二人で宿直だ。雄英高校には多くの連絡が寄越される。そのうちの半分くらいは腹立たしいことにイタズラ電話だが、これも有名税というものだろうか。残りの半分のために宿直がいるのだ。
そして、先ほどの電話はどちらに分類するか悩ましいものであった。

「桜井リサ」
「んン?」
「『一年A組の爆豪君が頭から血を流してるから、家に救急車を呼んでやってくれ』って」
「はぁ? なんだそりゃ、何でそんなこと分かんだよ、個性か?」
「それは言ってなかった。血相変えて、嘘を言ってるようには思えなかったが……」

時計を見ると日付が変わる頃。こんな時間に連絡をしてイタズラだった日には目も当てられない。
だが、今日は一年A組のほとんどの生徒達がショッピングモールへ買い物に出かけた先で敵連合の死柄木弔と会敵してしまうというショッキングな事件が起きたばかりだ。イタズラ電話と決めつけることは良くない。
いそいそと勝己の情報を探し始める相澤に、山田が「オイオイ」と声をかける。

「いいのか? イタズラだったら結構な問題だぞ」
「爆豪を助けてくれって言われた。助けを求められたら助ける。それがヒーローだろうが」

見つけた勝己の情報を見ながら電話のプッシュボタンを押す。少し長めのコールの後、勝己の母と思われる女性の静かな声が聞こえてきた。

「夜分遅くに申し訳ありません。雄英高校1年A組担任の相澤と申します」
『先生……? どうしたんですか?』
「実は、爆豪君の様子を急ぎ確認させていただきたいんです」
『勝己の……? もう寝てると思いますが……』
「申し訳ありませんが、部屋に行って様子を見てもらえますか? 頭に怪我を負っていないか、明かりを付けて確認してください」

大いに戸惑いを含んだ声が了承の返事をして、保留ボタンを押される。思ったよりも早くに通話は再開した。

『子機に切り替えました。今勝己の部屋に来ましたがやっぱり寝てるみたいで――え、は、えっ?』
「どうされました?」
『えっ、何で? 額から血が……っ、』

その声を聞くと同時、山田に勝己の家へ救急要請の連絡をするよう指示する。頷いた山田が自身の携帯で救急要請を始めた。

「落ち着いてください。こちらで救急車を呼びます。現在の彼の状態を教えてください」
『息はしてます! 呼びかけても返事がなくて……額がぱっくり割れてて血が出ていて……』
「決して動かさないでください。部屋の中に額を割る原因となったものはありますか?」
『ない……と思います。勝己の額と枕に垂れてるだけで……』

聞き取ったメモを見ながら山田が勝己の状態を伝えていく。救急車の手配が済むと腕を使って大きく丸を作った。

「救急車はそうかからずに到着すると思います。申し訳ありませんが、付き添いをお願いできますか? それから、病院が決まったらこちらにも連絡をください。私も病院に向かいます」

了承が返ってきたのを確認して相澤は電話を切った。出かける準備を始めながら、今度は知り合いの警察へと連絡を始める。

「遅くにすみません。実はうちの生徒が自宅の室内で頭から血を流して意識を失っているのが発見されました。彼の家近辺で同じようなことがないか確認してもらいたいのと、あと――桜井リサという女性について調べてください。声からするとおそらく十代。電話番号を伝えます――」

夢渡り03