鶴丸国永の朝は早い。
日の出と共に起き出して、寝静まる本丸を音を立てずに歩く。この時間に『驚き』の仕込みを済ませなければ、日中誰かに見つかってしまえば止めさせられてしまうからだ。すっかり手に馴染んだスコップを肩に担いで穴掘りを始めると、三条派の御神刀がひょっこり顔を出して困ったように笑った。
「やぁ、おはよう」
「あぁ、おはよう石切丸」
「君も飽きないね。また主に怒られるよ」
「きみも飽きないな。祈祷は楽しいか?」
出陣の時以外は御幣を手放さない御神刀に尋ねれば「君も一緒にどうだい?」と誘われたので丁重にお断りしておいた。そんな退屈極まりないことをする気にはなれなかった。
幅、深さ共に納得のいく穴を掘り終えたら、今度はここに穴があると気付かれないよういそいそと作業を開始する。この間は鯰尾藤四郎と一緒に馬糞入りの落とし穴を作ったが、あれは中々の傑作だったなと鶴丸は数日前を思い返して――そうして鶴丸はサッと青褪めた。穴に落ちたのが虎を追いかけていた五虎退で、彼の兄弟一同に重傷に追いやられたことまで思い出したからだ。泣きじゃくる五虎退の姿に良心が痛んだことも、主に大層絞られた挙句に鯰尾と二人きりでひたすら遠征を繰り返させられたことも思い出してしまえば、もう馬糞入り落とし穴を作ろうとは思えない。
「……今日は趣向を変えていくか」
本丸裏の山から花を摘んできて落とし穴の床に敷き詰め終えると、鶴丸は色とりどりに染まる穴を見下ろして満足気に笑った。
鶴丸国永の一日は長い。
朝食を終えると出陣の部隊編成に組み込まれた者たちは出陣の準備を始める。生憎と今日は鶴丸の出陣の日ではなかった。昨日は出陣したから、次に部隊に組み込まれるのはあと数日先になることだろう。さて、暇だ。何か面白いことはないかとふらふら歩いていると、鶴丸の足は自然と審神者の執務室の方へ向かった。たまたまだ。たまたまここに来ただけだと自分に言い聞かせながらひょっこり中を覗けば、近侍の長谷部と共に書類仕事に勤しむ主がいた。
「あれ、鶴丸? どうしたの?」
顔を上げた主が笑いかけてくる。鶴丸はへらりと笑って「特に用はないんだ」と返した。
「暇だから何か面白いことはないかと思ってな。なぁ、何かないか?」
「えー……そんなこと言っても鶴丸が喜びそうなものなんか持ってないよ」
何かなかっただろうかと立ち上がり引き出しを漁る主に「悪いなぁ」と声をかけながら、本棚の中段に置かれた写真立てへ視線をずらす。先日めでたく祝言を上げた白無垢姿の主が幸せそうに笑っていた。傍らに立つのは当然ながら鶴丸ではない。当たり前の事実にまた胸の奥がしくと痛んだ。
「あ、トランプならあったよー。やる?」
「ん、あー……いや、やっぱりいい。少し出てくる」
ひらひらと手を振って背を向けると「鶴丸!」主に呼び止められた。
「また万屋に行くの? 無駄遣いしたら駄目だからね!」
「――あぁ、分かってるさ」
肩越しに振り返りにこりと笑いかけると「本当かなぁ」と主がまた笑う。写真立ての彼女とは違うその笑みに軋むこの胸は一体どうしたら治ってくれるのだろうか。
「邪魔して悪かったな」
部屋を後にした鶴丸はこみ上げる溜息を飲み込んだ。適当に言っただけだったが、本当に出かけて来ようか。脳裏に浮かんだ団子屋の看板娘の姿に胸の痛みが少しだけ和らいだ気がした。
「また来たんですか」
開口一番、彼女はそう言った。
「まぁそう言うな。団子と茶を頼む」
「はいはい。お待ち下さいね」
おー、と気の抜けた返事をしていつもの席に座る。午前中から万屋に来るのは久しぶりだと思いながら過ぎゆく者たちを眺めていると、団子と茶を運んできた彼女が「珍しいですねぇ」と笑った。
「午前中からここに来るなんて」
「あぁ、そうだな」
「また寂しくなっちゃったんですか?」
降ってきた声に顔を上げれば、困ったように笑う彼女と視線がかち合った。寂しくとはどういう意味だろうかと首を傾げる鶴丸に彼女はぱちりと目を瞬いて「おやまぁ、こりゃ重症ですね」と苦く笑う。
「俺が寂しそうに見えるのか?」
「何言ってるんですか。貴方いつもそういう顔で来るでしょうに」
今度は目を瞬かせるのは鶴丸の方だった。驚いた。確かにいつも本丸にいたくなくてここに来ていたが、表情は上手く隠せていると思っていたのだ。客商売をしているからそういったものに敏いのだろうか。彼女をじっと見上げると「貴方は分かりやすいですねぇ」と言われた。解せない。
「…………俺は寂しいのか……?」
「”寂しい”なのか”悲しい”なのかは分かりませんけどね」
ごゆっくりと言って彼女は店の中へ戻って行った。まだ早いこの時間帯では団子屋に足を運ぶ者はいない。たった一人の客となった鶴丸はすっかり食べ慣れた団子を齧りながら彼女が消えた店の入り口を見つめた。暇なら傍にいてくれればいいのに――そんなことを考えた自分に苦笑する。
「そうか、俺は寂しいのか」
ならば暇さえあればここに来るのは寂しさを紛らわせる為なのだろう。写真立ての中に笑う彼と主の姿が蘇ってまた胸が軋んだ。紛らわせるんじゃなくて、いっそ痛みを全て消し去ってくれればいいのにと鶴丸は思った。それがどれだけ難しいことなのか、他でもない鶴丸自身が一番理解しているのだけれど。
のんびり団子を食べて、茶を飲んで。過ぎゆく自分や仲間たちの同位体を眺めていると、少しずつ客が入り始めた。一休みしようと入ってきたどこかの本丸の審神者とその刀剣たちが和気藹々とメニューを見ている。今が戦争中だということをつい忘れそうになるほどに平和なこの空間に思わず笑みが漏れた。
「おやまぁ、変な笑い方してますねぇ」
はいどうぞ、と差し出された二杯目の茶を受け取りながら、自分は今どんな顔をしているのだろうと考える。そんな鶴丸に団子屋の看板娘は「貴方には似合わない笑い方をしてましたよ」と言った。
「俺はそんなに変な顔をしていたか?」
「どうでしょう。まぁ、貴方がここに来る時はいつも変な顔ですからね。他のお客さんに見せないでくれれば構いませんよ。せっかく朝から来てるんですから、客引きしてくださいよ」
「そんなことしなくたって繁盛してるじゃないか。というか、ちょっと待ってくれ。俺はいつもそんなに変な顔をしてるのか!?」
「自覚がなかったんですか?」
驚きを露に叫んだら逆に驚かれた。解せない。居住まいを正して咳払いをして。そうして鶴丸は二杯目の茶をずずっと啜った。やっぱり熱くてまた舌を少しだけ火傷した。
「なぁ、きみ。やっぱり茶が熱過ぎる」
「もっと大袈裟にリアクションしてくれるんじゃないかと思いましたが、普通でがっかりです」
「やっぱり嫌がらせじゃないか! 驚きだ!」
「今更大袈裟にリアクションされても」
「…………きみ、実は俺のことが嫌いだろう」
むすっと顔を顰めて不機嫌さを隠しもせずに言えば、彼女は「面倒臭いお方ですねぇ」と笑った。仮にも客で、ましてや神でもある鶴丸によくもまぁズケズケと言うものだ。
「――あぁ、そうだ。貴方ここにいるって事は暇なんですよね?」
「うん?」
「ちょっくらお手伝いしてくださいな。これから混んでくる時間帯なので」
どうせずっといるんでしょう? と彼女は笑った。鶴丸はそんな彼女に呆れながら、まぁいいかと立ち上がる。了承と受け取った彼女が店の奥から前掛けと襷を持ってきた。受け取った襷で袖を留め、前掛けを着けると自然と気分が高揚してくるのが分かる。楽しいことは大好きなのだ。
「それじゃ、頼みましたよ」
「あぁ、驚きの結果をきみにもたらそう!」
いえ、結構ですという声は無視することにした。
初めての客商売とやらは中々に楽しいものだった。店にやって来る審神者や刀剣男士たちは鶴丸が働いているのを見ても特に驚いた様子はなく、鶴丸ほどではないが何度も足を運んでいる客たちは「とうとう働き始めたんですか」と笑いながら声をかけてきた。
注文を聞いて、茶を淹れて、運んで、他所の審神者や刀剣男士たちと他愛ない話をする。仕事自体はそう難しいものではなかったので、鶴丸はあっという間に店に馴染んで客を捌いていった。
「貴方は接客業が向いてますね」
「あぁ、俺もそう思う」
休憩してくださいと差し出された団子を受け取って席に着くと、すぐに茶を淹れて運んできてくれた。襷も前掛けも身に着けたまま団子を頬張ると、そんな鶴丸を見た彼女が「楽しそうですね」と笑う。
「朝よりマシな顔になりましたよ」
「……もしかして、それが狙いだったのか?」
「いえ、単純に人手がないから手伝わせようと思いまして」
おかげで助かりましたと笑った彼女が店の奥に消えていく。鶴丸は後ろで一つに結っていた髪を解いてくしゃくしゃと頭を掻いた。彼女は正直者だから、きっと言葉の通りただ手伝わせただけなのだろう。けれど彼女の言った通り、朝よりもだいぶ気分が楽になった。気分転換は大事だなと頷きながら二本目の団子に手を伸ばしたその時だ。
「あれ、鶴さん?」
かけられた声に振り返れば、驚いた顔の燭台切光忠がこちらにやって来るのが見えた。団子を頬張ったまま手を挙げて彼を迎えてやれば「何してるの?」と光忠が眼帯で隠されていない方のを丸くして尋ねてくる。その後ろから五虎退に秋田藤四郎、一期一振がやって来るのが見えた。
「何って、団子を食べてるんだ」
「そうじゃなくて! その格好、もしかして働いてるの?」
「あぁ、忙しいから手伝ってくれと言われたんだ」
どうだ、似合うか? と腕を広げてみせると光忠が苦笑を漏らした。
「暇さえあれば万屋に行ってるから、一体何をしてるのかと思えば……こんな所で働いてたんだね」
「いや、働いたのは今日が初めてだ。いつもはただ団子食べてるだけ。きみたちも食べるか?」
「いち兄、僕も食べたい!」
「僕も、食べたいです……っ!」
「そうだね、そろそろ休憩しようか。構わないかい?」
弟達の訴えに微笑んだ一期が光忠に問いかける。光忠が快く了承すると、鶴丸は残りの団子を腹に収めて立ち上がった。茶をぐいっと飲み干して「ちょっと待っててくれ」と店内へ向かう。
「おーい、客だ。団子を四皿頼む」
声をかけると、奥で団子作りを手伝っていたらしい彼女が出てきた。奥から店主の承諾の声が返ってくる。茶の準備を始める彼女が「まだ休憩してて良いですよ」と言ったが、鶴丸は断った。
「うちの奴らが来たんだ。せっかくだから俺が運んでやろうと思ってな」
「おやまぁ、見つかってしまいましたか。神様たちに怒られちゃいますかね」
「ははっ、まさか。きみも一緒に行くかい?」
彼女は鶴丸の誘いにあっさり頷くと、ちょうど出来上がった団子の皿を受け取って盆に載せた。それを受け取ると彼女はもう一つの盆に茶を載せて「行きましょうか」と鶴丸に笑いかける。
「待たせたな!」
「わぁ! ありがとうございます!」
「いただきます!」
皿を受け取った秋田と五虎退が嬉しそうに団子を頬張るのを、光忠と一期が微笑ましげに見つめている。もしかしたら自分も同じような顔になっているのかもしれない。残り二つの皿を光忠たちに渡すと、礼と共に受け取った彼らが鶴丸の傍らに立つ彼女を見た。
「こんにちは」
「鶴さんがお世話になってます。ありがとう、大変じゃないかな?」
「こんにちは。いえいえ、こちらこそ働かせてしまってすみませんねぇ」
お茶を差し出しながら笑う彼女はいつもと変わらない。他の刀剣男士に対するそれと全く同じだ。鶴丸と同じ本丸の刀剣男士たちだから何かしら別のリアクションがあるのではと思ったが、そんなことはなかった。
「鶴さん、いつもここに食べに来てるんだってね。――うん、美味しい」
「ありがとうございます。ご贔屓にしてもらってますよー」
「団子一皿で長居しすぎだって言ってるくせに」
「そりゃあ貴方、団子一皿で数時間も粘られたら商売になりませんよ」
「えっ、一皿で!?」
うわぁ、とこちらを見る光忠に「細かいことは気にするな」と言ってやれば「あのねぇ」と溜息をつかれた。まぁ、解せる。だがあまり食べ過ぎると金はすぐに無くなってしまうし、夕餉が入らなくなってしまうのだから仕方がない。
「だからこうして手伝ってるじゃないか。安心してくれ、これからも手伝いに来てやるぞ」
「わぁい、嬉しいですー」
「…………あとほんの少しでいいから心を篭めてくれ」
「善処します。ではごゆっくり」
鶴丸の手から空になった盆をひょいと取り上げた彼女が店内へ戻っていく。見送った鶴丸は暇になってしまったので光忠たちの隣のテーブルに着いた。
「可愛らしい人だね」
「うん? あー……うん、そうだな」
正直あまり考えたことはなかったけれど。光忠に言われて鶴丸は首を捻りながら頷いた。可愛らしい――たぶん間違っていないのだろう。鶴丸の中の彼女の印象は可愛いよりものんびりしてるだとか意外に辛辣だとか正直者だとか、内面的なものなのだけれど。
「彼女が、鶴さんがここに通う理由かい?」
「まぁ、そうだな」
何せ彼女には大変お世話になっているのだ。誰にも話すことの出来ない、情けない横恋慕話を聞いてくれるただ一人の相手だ。勝手に話したのは自分だし、そう言えば初めて話した時は彼女も驚いた顔で「私にそんな話を聞かせて良いんですか?」なんて言っていたなと思い出す。鶴丸の情けない話を笑い飛ばさずに聞いてくれた彼女の第一声は「そりゃ災難でしたねぇ」だ。もっとマシな慰め方はないのかと唇を尖らせてじとりと睨んでしまったのもいい思い出ある。
そんな彼女は、それでも鶴丸の話をいつも聞いてくれた。「災難でしたねぇ」だとか「うわぁ、面倒臭い」だとか。挙句の果てには「辛気臭い面してないで客引いてきてください」だ。ちょっと待て、あいつ俺への態度あんまりじゃないか?
「俺は何でここに通ってるんだ……?」
思わず呟いた自分はきっと悪くない。
光忠たちが帰った頃からちらほらと客が増え始めた。午後三時を回ったこの時間はおやつと休憩を求めて団子屋に入ってくる客が多いのだ。忙しなく動き回りながら、こりゃ一人では大変だなと彼女を見る。これまでよく一人でやって来たものだ。奥で団子を焼くこの店の主人は表に出てくることはないから、彼女がずっと一人で客を捌いていたことになる。毎日忙しなく動き回ってるのを見ていたくせに、実際に働くまで全く気付いてなかったと鶴丸は気まずさに苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何て顔してるんですか。せっかくの綺麗な顔なんですから、笑顔で接客してあげてくださいな」
ひょいと顔を覗き込んできた彼女が「お待たせしましたー」とすぐ近くの席に団子と茶を運ぶ。こみ上げた溜息を零すと「すみませーん」と表の客が呼ぶ声が聞こえたので、鶴丸は「おー、今行くー」と声を張り上げて足を動かした。
午後のピークが過ぎると、あとは休憩がてら小腹を満たそうという客がちらほらとやって来るだけだ。もうお手伝いは大丈夫ですと言われた鶴丸は、襷も前掛けも彼女に返していつもの席で団子を頬張っていた。
「きみ、いつも一人で大変じゃないか?」
いつものように熱々の茶を持ってきてくれた彼女に問いかけると「もう慣れました」と返ってくる。それにしたって疲れるだろうに、と鶴丸は熱いと分かっていながら茶を啜った。
「あつっ」
「分かってるのにどうして飲むんですか」
呆れたように笑う彼女に「煩いぞ」と返して。持ってきてくれた水を口に含んで舌を冷やす。ぴりりと痛む舌に顔を顰めていると「そう言えば」彼女が言った。
「もうすぐ何とかってのがあるらしいですね」
「何とかって?」
「あー……何でしたっけ、審神者さんたちが話してたんですよ。政府から通達があったとかで、戦力を高める目論見だとかそんなこと言ってました」
「戦力拡充計画か? そんな通達がきたのか」
「ご存知ないんですか? 今朝早くに連絡が来たって話してましたよ」
「いや、俺は聞いてないな。帰ったら聞くかもしれんが……それがどうかしたのか?」
審神者や刀剣男士のことを『客』としか見ない彼女にしては珍しいと思いながら問いかければ、彼女は「困ってるんですよ」と肩を竦めた。
「前にも何度かそうやって政府主導の何とかってのがあったでしょう? その時はお客さんが減っちゃうんですよねぇ……」
「あぁ……まぁ、どこの本丸も出陣しっ放しになるからな。戦力拡充なら、もしかしたら新しい刀剣男士の発見もあるかもしれないし」
「おやまぁ、それじゃあ仕方ないですね。ここ最近、また新しい方をお見かけするようになりましたね」
「数珠丸と信濃か? あいつらも割と最近発見されたからなぁ。うちにも来たぞ」
あまり話したことはないが、信濃の方は馬糞入り落とし穴事件で色々あった。大して話してもない相手から「兄弟に何てことしてくれるんです?」と笑顔で刀を向けられたのを思い出して遠い目をする。あの事件のことを思いだすのは止めよう。心臓に悪い。
「貴方も出陣するんですか?」
「ん? あぁ、そうだろうな」
「させてもらえるんですか?」
「どういう意味だ、それ」
じとりと見れば「だって毎日のように来るから、出陣させてもらえないのかと思いまして」と彼女が言う。何も知らないのだから仕方のない事だが、ここは鶴丸の名誉の為にちゃんと話しておくべきだろう。
「俺たち刀剣男士には練度ってものがあるんだ」
「はぁ」
「で、俺はもう練度が上限に達していて、今うちの本丸では練度が上限に達してないものたちで部隊を組むことが多い」
「ははぁ、それで仲間はずれにされちゃってるんですか」
「その言い方だと俺が嫌われ者みたいだから止めような!?」
嫌われてはいない。決して嫌われてはいない、はずだ。うむむと唸っていると彼女が「冗談ですよ」とくすくす笑う。
「でも、それじゃあやっぱり出陣しないんじゃないんですか?」
「いや、戦力拡充計画ってのは、練度ごとに出陣場所が決まってるんだ。最初のうちは練度の低い者たち向けの戦場だから、練度上限の俺が行っても何の経験にもならないんだ。だから部隊には組み込まれない。だが、後から出てくる戦場は練度の制限がないからその分敵も強くなる。俺みたいな練度上限勢も出陣出来るってわけだ。その戦場は練度の低い者たちにはちょっとばかし荷が重すぎるからな」
「適材適所ってわけですね」
「そういうこと。だからまだ暫くは通うさ。内番とかがない限りはな」
「おやまぁ、どうもご贔屓に」
笑う彼女に鶴丸も笑った。
夕刻、彼女に別れを告げて本丸に帰ると乱藤四郎が鶴丸の元に駆け寄ってきた。その目はキラキラと輝き、思わず一歩後退ると逃がさないとばかりに腕を掴まれる。
「お帰り鶴丸さん! ちょっと来て!」
「お、おぉ……? どうしたんだ?」
「いいから早く!」
有無を言わさずに連れて来られたのは審神者の執務室で、既に仕事を終えた主が加州と何やら楽しげに話をしている。部屋の隅には彼女の夫となった刀剣男士が座ったまま眠っていた。
「あっ! お帰り鶴丸!」
「主さん、連れてきたよ!」
「ただいま……一体何なんだ?」
「いいからここ! はい座って!」
加州に促されるまま座布団の上に腰を下ろせば、目を輝かせた乱、加州、主の三人が一斉に身を乗り出した。思わず背を仰け反らせると「それで!?」と加州が言う。
「そ、それで、って……?」
「もう! だから、お団子屋の娘との話だよ!」
「――は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。目を瞬かせる鶴丸に乱が「いち兄たちから聞いたんだから!」と声を荒げる。団子屋に入り浸っていること、その理由が団子屋で働く娘だということ――あの野郎、何勝手に話してくれてるんだと思うと同時に、彼らが何故こんなにも目を輝かせているのかを理解した。
「あのなぁ……俺は別にそういう意味で言ったんじゃないぞ」
「でもいつも通ってるんでしょう!?」
「それはそうだが……」
「その娘が目当てで通ってるんでだよね!?」
「確かに話をしてるが、ただ話すのが楽しいからそうしてるだけで……」
「それもう確定じゃん!!」
きゃいきゃいと嬉しそうにはしゃぐ主と仲間二人。鶴丸は意図せず盛大な溜息を漏らした。何だってこっそり想いを寄せてる相手に勘違いされた挙句にこんな風に聞き出されなければならないのか。いつの間にか起きていた主の夫が可哀想なものを見る目でこっちを見ていた。見てないで助けてくれ。
「団子屋で働いてたって?」
「あぁ、そんなに暇なら手伝ってくれと言われてな」
「それ”貴方ともっと一緒にいたい”ってことだよ!」
「違うと思う」
即座に返したが誰も取り合ってはくれなかった。どういう出会いだったのかとか、声をかけたのはどっちからなのとか、とにかく色々聞かれたが鶴丸には彼らが望むような答えを出せたわけではなかった。出会いは団子屋に決まってるし、声をかけたのだって「ご注文お決まりですか?」と彼女が声をかけてきたのが最初だ。それを言えば「そういうことじゃない!」と怒られた。うんざりした。
「もう! そんなんじゃすぐに逃げられちゃうよ!?」
「逃げるも何も、俺と彼女はそういう関係じゃないって言ってるだろう。ただの団子屋の店員と客だ」
「ただの客は毎日のように足繁く通ったりしないから!!」
「それは、ただ話をしてるだけで……」
「どんな話してるの!?」
わくわくと目を輝かせる主に鶴丸は歪めた顔を背けた。想い人に誤解された挙句に根掘り葉掘り聞かれるというのは精神的にだいぶきついものがあるのだと初めて知った。一言で言えば最悪だ。せっかく団子屋で働いて楽しくしていたというのに。乱暴に頭を掻いて立ち上がった鶴丸は無言のまま部屋を出て行こうとする。
「あっ! 逃げる!」
「ちょっと待った! もう少し詳しく!!」
「鶴丸! あとちょっと! もうちょっと!!」
あぁ、苛々する。振り返ると主と加州、乱が息を呑んだ。おそるおそる名を呼んでくる主に目を眇めてすぐに逸らす。情けなくて惨めで腹立たしくて、無性に彼女の淹れた熱い茶が飲みたくなった。
「いい加減にしてくれ。苛々する」
「、ぁ、ご、ごめ……」
「そんな言い方することないじゃん! 自分だって当事者じゃなかったら同じことするくせに!」
「あぁ、もうしないさ。こんなにも腹が立つと身を持って知ったからな」
吐き捨てて鶴丸は部屋を出た。泣きそうな顔の主とその夫の視線がいつまでも背中に突き刺さっているようだ。あぁ、苛々する。嫌だ。むしゃくしゃする。
”そりゃ災難でしたねぇ”
不意に蘇った彼女の声に僅かばかり嘆息を漏らして。明日も行こうと心に決めた鶴丸は先ほどよりも些か軽い足取りで部屋へ戻って行った。