鶴丸国永には秘密がある 壱


「なぁ、きみ。聞いてくれるか」

 店の内と外とを忙しなく歩き回る相手に声をかければ「ちょっと待ってくださーい!」という声が返ってくる。さて、今回は”ちょっと”がどれくらいの時間になるだろうか。暇を持て余していた鶴丸は近くの席で幸せそうに団子を頬張る他所の審神者とその刀剣たちを眺めながら待った。

「んー、美味しい!」
「みたらしも良いけど、あんこも醤油もいいよねぇ」
「僕は醤油に海苔を巻いたものが好きです!」
「僕ずんだ!」

 聞こえてくる会話にふと頬を緩めていると、そこの審神者が「すみませーん!」と店内に向かって声をかけた。すぐに聞こえてきた返事は先ほど鶴丸が声をかけた相手で、彼女はすぐに姿を現すと彼らの追加注文を笑顔で受けていく。

「畏まりました、少々お待ち下さい」

 人懐こい笑みでそう言った彼女が再び店内へ消えていく。これはまだ暫くかかりそうだと、すっかり温くなってしまった茶を飲み干した。数分もしない内に団子と茶をお盆に載せて外に出てきた彼女は、団子と茶を提供するとその足でこちらへやって来た。

「随分と長い”ちょっと”だったな」
「あのねぇ、こっちは仕事中なんですよ? しょうがないじゃないですか」

 困ったように笑った彼女が一つだけ盆に残った湯呑みを鶴丸に差し出してくる。湯呑みと共に寄越された言葉は「どうせまだいるんでしょう? お茶でも飲んでて待っててください」だ。鶴丸はありがたく厚意を受け取り、代わりに空になったばかりの湯呑みを盆に載せてやった。礼を言った彼女が再び店内へと姿を消すのを見送り、熱々の茶を少しだけ啜った。

「あつっ」

 いっそ嫌がらせかと思うほど熱い茶に顔を顰め、ぴりぴりと痛む舌を出す。ちらりと先程の一行を見れば、あちらは出されたばかりの茶を平然と飲んでいた。やはり嫌がらせだ。これじゃ飲めないじゃないか。後で彼女に文句を言ってやろうと考えながら湯呑みを傍らに置く。空になった団子皿はとっくに彼女に回収されている。手持ち無沙汰になってしまった鶴丸は、過ぎゆく通行人たちを眺めた。どこを見ても見慣れた顔ばかりだ。刀剣男士と審神者しかいないのだから当然なのだけれど。同位体の自分が審神者と楽しげに笑いながら歩いているのを眺めていると、自然と溜息が漏れ出た。
 彼女が漸く鶴丸の元にやって来たのはそれから数十分後のことで、あの審神者たちも既に帰ってしまっていた。随分と待たされたと言えば「仕方ないでしょう」と苦笑が返ってくる。

「それで? 今日は何があったんです?」

 己の茶と団子皿を手に鶴丸の隣に腰を下ろした彼女が問いかけてくる。答えずに鶴丸は彼女の皿から醤油味の団子を一つ頂戴してかぶりついた。最初こそ「私のですよ」と言っていた彼女も、最近では何も言わなくなった。彼女の皿に団子が一本増えたということは、そういうことなのだろうと都合よく解釈させてもらっている。程よく冷めてきた茶を啜り口の中の団子を飲み下してから「そう言えば」鶴丸は言った。

「きみ、茶が熱すぎるぞ」
「どうせすぐに飲まないじゃないですか。時間が経ってから飲み始めるんですから、それに合わせて熱く淹れてあげたんですよ」
「なるほど」

 呟いてもう一度茶を啜る。程よく冷めた茶は、いつも通りの淹れ方ならば冷め切っていたことだろう。鶴丸はからりと笑った。

「いやあ、俺はてっきり嫌がらせかと」
「失礼なお方ですねぇ……それで? 休憩時間そんなに長くないんですから」
「あぁ……そうだったな」

 串を皿に戻して鶴丸は意味もなく足をぷらぷらさせた。隣に座る彼女を見ないまま「結婚するんだと」と言えば、数拍の後に彼女が「おやまぁ」と笑う。

「それはご愁傷様です」
「それは嫌味だな。俺にも分かるぞ」
「貴方に言ったんじゃありませんよ。貴方の主さんに」
「めでたいことなのに?」

 何を言ってるんだと隣の彼女を見れば、海苔の巻かれた団子をもきゅもきゅと食べていた彼女が眉を下げて笑う。食べ終わるのを待っていると、ずずっと茶を啜った彼女が「だって」口を開いた。

「神様と結婚なんて、どう考えたって大変じゃないですか」
「そうだなぁ……まぁ、人間からすれば大変なんだろうな」
「思い切りましたよねぇ、貴方の主さんも」

 彼女の言葉に、今朝見た主の姿が蘇る。愛した刀剣男士の隣で幸せそうに笑う姿に胸の奥がぎしりと軋んだのが分かった。

「それだけ好きってことなんだろうな」

 無意識に漏らした呟きにハッとするが、隣の彼女は二本目の団子を頬張ることに夢中で聞いていないようだ。情けないなと苦笑し頭を掻いた鶴丸は、彼女の気遣いが篭った茶を啜った。
 皿の上の団子がすっかりなくなると、彼女は茶を飲み干して立ち上がった。休憩時間はもう終わりだ。ぐっと腕を上に伸ばして凝り固まった身体を解す彼女を眺めながら、鶴丸はこれからどうしようかと考える。

「貴方、これからどうするんです?」
「ん? あぁ……そうだな」
「別にいたって構いませんけど、その辛気臭い顔だけは止めてくださいね。お客さんが来ないので」
「そんな顔をしているか?」

 問いかければ「自覚がないんですか?」と返された。己の頬をむにむにと引っ張りながら首を傾げていると、困ったように笑った彼女が「貴方も難儀なお方ですねぇ」と零した。

「ほらほら、笑って笑って。長居してるんですから、その無駄に整ったお姿で客引きでもしてくださいな」
「人使いが荒いぞ、きみ」
「人じゃないでしょうに」
「それなら尚更じゃないか」
「立っている者は親でも使えと言うでしょう? それに、私にとっての神様はお客様ですから」

 それならば俺はやっぱり神様じゃないか。そう返そうとした鶴丸だがすぐに口を噤んだ。どうせ「貴方はお客さんなのか冷やかしなのか分かりませんから」とでも返ってきそうだ。
 審神者や刀剣男士たちの買い物は専ら通販か万屋だ。戦場に赴く刀剣男士たちはともかく、本丸から殆ど動くことのない審神者の息抜きの場として作られたこの万屋という空間は、それでも刀剣男士たちにとっても憩いの場となっている。鶴丸自身もここ最近は内番や出陣がなければ万屋に繰り出している。やって来るのは決まってここで、気まぐれに他の店を見て回っても結局はこの団子屋に来てしまうのだ。団子一皿で何時間も居座る鶴丸は店からすれば嫌な客以外の何者でもないだろう。それでも何も言わずにいてくれるのは、ここが審神者と刀剣男士の為だけに創られた店だからだ。

「なぁ、きみはどうしてここで働いているんだ?」

 休憩を終えて再び忙しなく働く彼女に問いかけると、彼女は何言ってるんだとばかりに鶴丸を見た。それから「お団子が好きだからですよ」と返してくる。何とも適当な答えである。

「きみは審神者じゃないし、現世で働くことだって出来るんだろう?」
「そうですねぇ」
「じゃあ何でこんな所で働いてるんだ?」

 彼女は僅かに眉を寄せて「それは答えなきゃならない質問ですか?」と言った。そういうわけじゃないと言えば「じゃあ内緒です」と返ってくる。鶴丸はむっと顔を顰めた。

「ずるいぞ。俺はきみに全部話してるのに」
「貴方が勝手に話してただけでしょうが」
「それでもきみは聞いたんだから、教えるべきだ」
「どこの駄々っ子ですか」

 呆れたように笑った彼女がやって来て顰め面の鶴丸の前で立ち止まった。腰を屈めてずいと顔を寄せてきた彼女がさっきよりも近くなったところで「貴方も困ったお方ですねぇ」と苦笑する。

「こんな所で油を売っていないで、お祝いの品でも買ってあげたらどうです?」
「嫌味か」
「おやまぁ、まだ傷心中なんですか? お二人を祝福したいと仰ってたじゃないですか」
「祝いたい気持ちはある」

 気持ちは十分あるのだ。縁のある彼と大切な主の門出だ。祝ってやりたいに決まっている。ただ、祝う気持ちだけを抱くことが出来ないだけで。身体の内側――人間ならば心臓がある辺りがしくしくと痛みを訴えている。理由は鶴丸自身も理解している。だからこそ毎日のようにここへ来ているのだ。
 彼らを見ないために。これ以上傷を広げないために。

「本当に……難儀なお方ですねぇ」

 困ったように笑った彼女が「しょうがないからサービスです」と紅白団子をくれた。

「…………」
「おや、どうしました?」
「…………一つ聞いても良いか?」
「どうぞ?」
「これは励ましか? それとも嫌がらせか?」
「おやまぁ、私は信用がありませんね」

 くすくす笑う彼女をじとりと睨んで団子に手を伸ばす。果たしてこれは祝い事に向けた団子なのか、鶴を模した団子なのか。愉しげに笑う彼女からは答えが見つけられないから判断に困る所である。

「贔屓にしてくださるお客様への細やかなお返しというやつですよ。あぁ、でもお祝いの品として買っていってくださっても構いませんよ。売上げも上がって大助かりです」
「きみは本当に正直者だな」

俺とは正反対だ。心の中で呟いた鶴丸は、二色並んだめでたい団子を口の中へと押し込んだ。