07


「もう少しの間だけ知らせないで欲しいんです。せめて、ERRORが退院するまで」

リサがそうお願いをしに来たのは夜も更けた頃だ。
マルコがERRORの父親であるという事実を、クルー達には知らせないで欲しい――そのお願いが誰の為であるかなんて、考えるのも馬鹿馬鹿しいほど明らかだ。だからこそ私達も苦笑を浮かべはしたものの、一も二もなく頷いた。
医務室の前で偶然聞いてしまったクルーには緘口令を敷いたし、必要と判断した白ひげの指示で各隊の隊長、副隊長にも伝えてある。誰もが複雑そうな顔をしていたけれど、これ以上情報が拡散される事は無いだろう。
サッチ達にもお願いして了承を得たと話すリサの顔は疲れきっていて、貴方も少し休みなさいと促してみたけれど返ってきたのは苦笑だけ。頑固者。心の内で呟いてテオへ視線を送れば、任せろとばかりに頷いたテオがわざとらしく腕を組んで眉間に皺を寄せた。

「母娘でベッドに並ぶつもりか?」
「それは……駄目、です。その………会いたくないと、言われてしまったので……」

大失敗。無理に笑みを作るリサの肩に手を置いてテオを睨めば、俺の所為か!?とジェスチャーで訴えてくるテオに呆れたような視線を向けたエドが口を開く。

「辛いか」

リサは答えない。

「後悔してるか? あいつらに何も言わなかった事を」
「………分かりません」
「この船に乗った事はどうだ? 後悔してるか?」

一拍の間。
エドがリサを見て、リサもエドを見て。表情こそ暗いけれど、エドと向かい合うリサの目に濁りはない。

「――いいえ。それだけは……きっと、この先もずっと、後悔しません」
「そうか」

満足気に笑ったエドが酒を煽る。飲み過ぎだと言っても聞きやしない。

「それだけ聞けりゃ十分だ」
「怒らないんですか? マルコさんを傷付けてしまったのに……」
「いつかこの時がくる――承知した上でお前たちを乗せたんだ、怒るわけねぇだろうが」
「そうよ。それに、最初に手を出したのはマルコだもの」

むしろ、リサの方こそ怒らないの?そう続けた私にリサは笑う。さっきまであった疲れなどどこにも見当たらない。

「マルコさんのおかげでERRORに会えたんです」

怒る理由が見当たらない――そう言って笑うリサに「そう」と微笑んで顔を俯かせる。残酷な子。その言葉が本心からのものだと分かるからこそ、余計にそう思ってしまう。

怒っていれば良かったのに。
恨んでいれば良かったのに。
恨み事の一つでも言えば良かった。
憎いと、大嫌いだと言えば良かった。
そうすればマルコだって少しは救われたでしょうに。

本心からマルコのおかげだと思っている。
ERRORに出会えて幸せだと思っている。
怒る理由など一つも無いと思っている。
感謝の気持ちで溢れている。
傷付けて申し訳ないと思っている。

あぁ、何て。
何て、何て、何て。

育ってきた環境の所為だろうか。父親の領主はどこまでも傲慢な男だったと聞いているのに。愛人だった母親には捨てられたと聞いているのに。――だからこそ、とでも言うのだろうか。

「眠れなくても横になっとけ。明日もそんなツラしてやがったら、お前ら纏めて医務室のベッドに括り付けてやるからな」

テオの言葉に苦笑を漏らしたリサが頭を下げて去って行く。おやすみなさい、なんて。眠るつもりも無いくせに。
三人だけになった部屋に零れた溜息は誰のものだっただろうか。

「ったく、どうしたもんかな」
「なぁに、すぐに決着つけるだろうよ」

愚痴を零すテオに返したエドの声は、テオほど暗くない。

「私たちには教えてくれても良かったんじゃない?」

ERRORが泣いて、マルコが泣いて、リサが泣いて。タミだってエースだって、他の子たちだって胸を痛めてる――そんな中で一人グラグラと楽しげな笑い声を上げているんだから、恨み事の一つも言いたくなる。全くだ。私に同調したテオも同じ気持ちなのだろう。

「誰にも言わねぇでくれって言ったんだ、破れねぇよ」
「それにしたって……あぁ、もう。みんなバカなんだから」

大きな大きな溜息を落とす私の横で、エドがまた笑う。グラグラ、グラグラと。
楽しげな笑い声に苛立って鋭い視線を向ければ、エドはやっぱり楽しそうに笑っている。

「貴方、何考えてるの?」

私の問いかけにもグラグラ笑うだけ。

「これから大変じゃない。リサとマルコの間で話がついたからって、まだERRORの事が残ってるし……最後には他の皆にだって言うんでしょう? 大丈夫かしら……」

マルコには気丈に振る舞ってみせたものの、心配は消えない。
ERRORはどうするのだろうか。マルコを拒絶したまま、船を下りるなんて言い出したりしないだろうか。そうしたらきっとリサも下りてしまうのだろう。そしたらタミは?ERRORを想うエースはどう思う?サッチは?他の皆は?マルコ自身は――?考え出したらキリがない。

「頭がパンクしそう」
「考えなけりゃいい」
「そんな簡単に言わないで!」

グラグラ笑うエドの足をペチペチと叩いて抗議すれば、酒瓶を置いたエドの手が伸びてきて膝に乗せられた。二人きりの時以外はしないで欲しいけど、テオだけならまぁ良いかと抵抗を止める。

「何も心配するこたァねぇよ。あいつは俺の息子だ」
「今はERRORの方が心配なの」
「あいつだって俺の娘だ。ちゃんと分かってるだろうよ」
「簡単に言うのね」

そんなに簡単な問題じゃないじゃない。呟いてまた溜息。
グラグラ笑うエドの膝をまた叩いて不満を訴えれば、呆れたように笑ったテオがエドに言った。

「お前の親馬鹿も、そろそろ弁えねぇと痛ェぞ」
「お前も人のこと言えねぇだろうが」

違いねぇ!
グララララ!

笑い合う二人を交互に見て大きな溜息。親馬鹿が二人。笑ってる場合じゃないのよ、もう。

「私は仲間はずれってわけね」
「エリザ、お前はどっちに賭ける?」
「成立しない賭けなんて楽しくないわ。そもそも、子ども達の進退で賭け事なんて止めてちょうだい。不謹慎よ」
「そうでもなきゃやってられねぇっての。暫く荒れるだろうなぁ……」

ガシガシと頭を掻いて溜息を漏らすテオ。
さて、どうしたもんか。続いた声に言葉を返したのはエドだ。

「楽しめ」

少しは心配しろ。そんな思いを篭めて膝を叩く。

「子ども達の泣き顔を見て楽しめるほど悪趣味じゃないのよ」
「アホンダラ、ガキは泣いて強くなるんだろうが。ガキ共の成長だ、見守ってやりゃ良いじゃねぇか」
「ったく、楽観的だなお前は。何でこんなのが慕われるんだか」
「あら、男らしくて良いじゃない」

何だかんだと文句を言ってはみたけれど、エドがこうしてドンと構えていてくれるのは嬉しい限りだ。
エドまで不安になっていたら私たちは更に不安を煽られてしまう。テオだってそれをちゃんと知っている。

「ありがと、エド」
「そう思うなら新しい酒だ」
「残念、ドクター・ストップだ」

今日初めて苦い顔をしたエドに、私とテオは声を上げて笑った。