珍しいこともあるんだと、ドクターの話を聞いた時はただそう思った。
アタシの血液型が珍しいってことはリサから聞いて知ってたし、アタシを護る為にリサが必死に強くなろうとしていたからアタシも強くなろうと思った。自分を護ることが、怪我をしないことがリサを護ることに繋がるとそう信じていたから。
「マルコさんは大丈夫なの? アタシ、いっぱいもらっちゃったんじゃない?」
エースと入れ違いに医務室に入ってきたマルコさんは、さっきからどうもぎこちない。アタシが死にかけたからだろうか。心配かけるなって怒られるかもしれない、拳骨されるかもしれない、なんて日頃のタミを思い出して身構えてしまったけど「調子はどうだ?」と気遣うように問いかけたきり、今もずっと何も言わないで突っ立ったままだ。
「あぁ……俺は、大丈夫だ」
返ってきた答えに「良かった」と胸を撫で下ろしてそっと目を閉じる。まだ少しだけ眠い。目を閉じたら待ってましたと言わんばかりに睡魔が襲ってきた。あぁ、どうしよう。眠い。でもこのまま寝たくない。マルコさん、どうしたんだろう?
「マルコさん?」
そっと呼びかけて、窺うようにマルコさんを見上げる。すぐ隣に立ち尽くしたままのマルコさんの身体がびくりと揺れて、何かに耐えるように固く目を瞑ったのが見えた。握りしめた拳からギリリと小さな音が聞こえて、思わずそっちに視線を向けたら手のひらから赤い液体が滴っているのが見えた。
「手が……」
どうしたんだろう。いつもならすぐに能力で治るのに。いつまで経っても赤は消えない。強く強く握りしめられた拳が微かに震えている。どうしようもなく不安な気持ちになって、もう一度マルコさんの名前を呼んだ。自分でも驚くほど泣きそうな声だった。
またマルコさんの身体が揺れて、痛みを逃すようにマルコさんが長く息を吐き出す。薄く開いた目がアタシを捉えると、どうしたの?とアタシが問いかけるより早くマルコさんの唇が動いた。
「、すまねぇ」
「……どうしてマルコさんが謝るの?」
心配をかけたのはアタシなのに。血を分けてもらったのはアタシなのに。
疑問と不安ばかりが押し寄せてくる。何か大変なことが起きたのだろうか。エースやドクターがアタシを気遣って何も言わなかっただけで、本当はもっと大変なことが起きてしまったのだろうか。
「マルコさ――」
「俺が」
アタシの台詞を遮ってマルコさんが言葉を紡ぐ。俯き足元を見つめるマルコさんの、何かに耐えるような苦しげな顔はベッドに寝ているアタシには隠すことなんか出来てない。気付いていないのだろうか。気付けないほど、追い詰められているのだろうか。
ぐっと拳を握りしめて、ぎゅっと目を瞑って、長く息を吐き出して、口を開きかけて閉じる。何度それを繰り返しただろうか、いつもとは全然違う様子のマルコさんに、いつの間にか眠気はどこかに吹き飛んでいた。
「………赦される、ことじゃ、ない」
漸く紡ぎだされた言葉にそっと耳を傾ける。決してアタシと目を合わせようとしないマルコさんは、必死に言葉を探しているように見えた。
「恨まれて当然だ。それだけのことを、俺は……――、」
「マルコさん……?」
無意識に名前を呼んだ。アタシの声にマルコさんは目を閉じて深呼吸を一つ。再び開いたマルコさんの目がアタシをしっかりと捉えた。もう迷いの色は見えなかった。マルコさんの唇がゆっくりと動いた。
「――俺が、ERRORの父親だ」
一瞬、マルコさんがアタシの知らない言語を話しているのかと思った。何を言ったのか分からなくて、理解も出来なくて。聞いたことのない言語を聞いてしまったような錯覚に陥って、ただただ呆然とマルコさんを見上げた。
「え………な、に?」
今、何て言ったの?目で問いかけるアタシに、マルコさんは覚悟を決めたという顔で同じ台詞を繰り返す。
やっぱりそれはアタシには理解の出来ない言葉で――いや、違う。理解出来ないんじゃない。したくないだけだ。分かってる。知っている。だって、この言語はアタシの知っているものだ。だから知っている。分かっている。ただ、理解したくない。だって知っていると認めてしまったら、だって、だって、だって――
「俺なんだ。リサもERRORも傷付けた……どうしようもねぇ、最低なクソ野郎は……俺だった」
「、ぁ……って……そ、そんなこと、一度も」
そう。一度も聞いてない。だから違う。そんなはずない。そうであるはずがない。
だって、違う。違うに決まってる。どうして?どうしてそんなことを言うの?マルコさんのわけがない。それなのにドクターの声が頭の中に繰り返し響いてくる。
『マルコの血を分けてもらった』
マルコさんの血を。マルコさんが。同じだった。だって、そうだから。違うのに。そんなわけないのに。
違わない。繰り返し響くドクターの声がアタシの否定を更に否定する。そんなの、駄目なのに。
「だ、めだよ」
「…………」
「だって、ちがう……そんなの、ちがうもん。――あははっ! もー、マルコさんてばそんな冗談通じないんだからね! いくら血液型が同じだからって、そん、そんなの……ちがう、だめ、だめだもん。だから……」
だから、違う。駄目だ。違う。違うんだよ。そんなの、駄目だ。そんなの、駄目。
首を振って、否定の言葉を繰り返して、笑い飛ばして。それでもマルコさんの目は真っ直ぐアタシを捉えたまま放さない。放してくれない。逃がさない、そう言っているみたいで。
「すまねぇ、ERROR」
そんな言葉、聞きたくなんかないのに。
何で今になってそんなこと言うの?もうずっと前から一緒にいるのに。何で、だって、そんなのおかしいに決まってる。違う。違うよ。だってマルコさん、怒ってたじゃん。リサから父親の話聞いた時、怒ってたじゃん。だから、違うよ。違うんだよ。もしそれが本当だったら、怒るわけないもん。知らないわけないもん。
海賊で、カッコよくて、強くて。今も生きて海賊をしていて。
悪い人たちからリサを助けて、それなのに自分がリサを傷付けて、それっきり連絡もなくて。アタシのことも、知ら、なくて。リサのこともどうでも良くて、だから、覚えて、な、い……?
いやだ。そんなの、駄目だ。違う。そんなの全然違う。だってマルコさんはそんな人じゃない。
違う。違うんだよ。そんなはずないんだよ。それなのにマルコさんは自分だって言う。何で、どうして。どうして今更。
「いやだ」
「そんなの、やだ」
「だめ」
「やだ、いやだ、だめだよ、ちがう。ちがうの」
違う。駄目。嫌だ。どんなに繰り返してもマルコさんはアタシを肯定してくれない。違うと否定する。そんなの、絶対駄目なのに。
どうして。どうして今更そんなこと言うの。言わないでいて欲しかった。ずっと知らないままでよかった。こんなことなら、知らない方が良かった。だって、そんなの、そんなのおかしいじゃんか。
マルコさんはリサが好きで、でも昔は好きじゃなくて。酷いことも平気でしたなんて、そんなの、そんなのおかしいじゃんか。
「………ERROR」
「出てって!」
嫌だ。そんなの駄目だから、だから、駄目だ。一緒にいたくない。一緒にいちゃ駄目だ。だって、そんなの、嫌だ。
マルコさんは何も言わなかった。頭まで布団を被ったアタシに何も言わずに背を向けて出て行こうとする。何か言ってくれればいいのに。嘘だ、って言ってくれれば、怒るけどちゃんと赦してあげられるのに。こんな冗談、もう言わないでねって言ってあげられるのに。やめて、嫌だよ。行かないでよ。このまま行かないで。いやだ、だって、それじゃまるで――。
「っ、ぅ……」
洩れそうになる嗚咽を必死に堪えて。滲む涙を布団で拭って必死に耳を澄ませる。それなのに、いつまで経ってもマルコさんの声は聞こえてこない。冗談だって、そう言ってくれるのをずっと待ってるのに。
扉が閉まる音だけがアタシの鼓膜を奮わせた。