今にも死にそうなツラしたマルコが出て行って、医務室の中は気まずい空気に包まれた。
エリザたちの気遣わしげな視線がリサちゃんへ向けられるが、誰も何も言おうとはしない。いや、きっと言えないんだろう。ERRORちゃんのベッドへ向かうリサちゃんの背中を見つめていると、さっきのマルコの表情が思い浮かぶ。
マルコがERRORちゃんの父親。
それは俺たちの誰もが想像してなかったことだ。それに、マルコのあの顔。きっと欠片も覚えちゃいないんだろう。
マルコが悪い。分かってる。アイツが悪い。
けど、それでも。
「ったく……」
ERRORちゃんの容態だって心配だし、さっき飛び出してったタミのことだって心配だし。
「俺を心配で禿げさせる気かね、アイツらは」
「増毛薬持ってますよ。効くか分からないけど」
「………シュガーさん、僕まだフサフサなんで遠慮しときます」
つーか、それ誰に使うつもりだったの?ねぇ、誰の為に持ってるの?
浮かんだ疑問の答えを聞くのは何だか恐ろしくて、丁重にお断りを入れてERRORちゃんの元へと向かった。
「ドクター、目ェ覚ますのはいつ頃だ?」
「さぁな。起きたくなったら起きんだろ」
ERRORちゃんのカルテを作りながらドクターが投げやりな返事を寄越す。肩を落とした俺はERRORちゃんの傍らで手を握るエースへと視線を向けた。
「ERROR……」
自分の力を分けようとでもしてるんだろうか。
両の手で大切そうにERRORちゃんの手を包み込みながら、エースが祈るように目を閉じていた。そんなエースを宥めるように頭を撫でたリサちゃんが、そっと手を伸ばしてERRORちゃんの頬に触れる。ホッと安堵の息を漏らしたリサちゃんの目が潤んでいるように見えるのは、きっと見間違いじゃないだろう。
「………なぁ、リサちゃん」
ちょっと良いか?
尋ねた俺にリサちゃんはぎこちなく微笑んで小さく頷いた。
「最初から知ってたの?」
医務室を出た俺らがやって来たのは、誰にも邪魔されることのないリサちゃんの部屋だ。いつもならマルコに蹴り飛ばされるから絶対に入らない部屋だけど今回ばかりは仕方ない。誰にも話を聞かれたくなかったし、邪魔をされたくもなかった。
「はい」
「そっか」
そういや、初めて会った時マルコを見てたっけか。
ずっと忘れてたことが今になって蘇る。そうか、あの時からリサちゃんは知ってたのか。
「気付こうと思えば気付けたんだよな……」
気付くべきだった。気付かなきゃならなかった。あの島で、あの店でリサちゃんに会った時に。リサちゃんが分かりやすい動揺を見せた時に。リサちゃんに惚れた時に。
それでも気付かなかったのはマルコの罪だ。
「なぁ、リサちゃん」
「サッチさんは、」
「ん?」
俺の話を遮って口を開いたリサちゃんは、悲しげな顔で笑っていた。
「サッチさんは優しいですね」
「悲しいことにね、ビンボーくじ引くの得意なのよ。知ってるだろ?」
茶化すように言えば、小さく笑みを零したリサちゃんがベッドに腰を下ろす。部屋の片隅へと向けられた視線を追えば、そこには真っ白なワンピースが壁に掛けられていた。そういや、一度着てるのを見たことがあったな。確かマルコと二人で『デート』した時だ。
「マルコさんも……優しいんですよ」
眩しそうに目を細めてワンピースを見つめたリサちゃんが静かに語りだした。
この島で生まれ育ったこと。親の命令に従い、人形のように生きていたこと。母親に捨てられて島を出たこと。人攫いに捕まってマルコに助けられたこと。
「マルコさんに人間だって言われて、私は漸く人間として生きられるようになったんです」
ERRORちゃんが生まれて、母親になって。
赤髪たちに出会って、たくさんの感情を知った。
「感謝してるんです、本当に……何度言っても足りないくらい。だから……だから、言いたくなかったんです。ERRORの父親がマルコさんだって言ったら……傷付くと思って……」
”マルコさんは、優しいから”
あぁ、畜生。どうして。
「リサちゃん」
「………はい」
「俺ァずっと、君が頭のいい子だと思ってた」
けど、違った。
「リサちゃん、実はすごいバカな子だったわ」
初めて触れたリサちゃんの頭は、タミやERRORちゃんのそれと何ら変わらない。
「……誤解、されやすいんです」
「一人で溜め込みすぎなんだよ、リサちゃんは。もっと頼って良いんだぜ?」
「でも……もう三十超えてるんですよ」
「違うだろ?」
「え?」
顔を上げたリサちゃんの戸惑う視線が俺を見つめる。
「リサちゃんは、ずーっと人形だったんだろ?」
「………はい」
「で、マルコと出会って人間になったわけだ」
頷くリサちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、小さな悲鳴が上がった。
「んじゃ、リサちゃんはその時に生まれたって事だろ。だから、リサちゃんはERRORちゃんと同じくらいの女の子だ」
「……それはちょっと、無理があり過ぎです」
「そう?」
全然いけると思うんだけどなぁ。呟きを漏らせば、リサちゃんが小さく噴き出した。
「赤髪たちだけに甘えてたら、俺らは寂しいわけよ」
「サッチさん……」
「もっと頼ってくれよ。家族だろ?」
大人ぶる必要なんかない。
言いたいことは何でも言えばいい。
笑いたくない時に笑う必要なんかない。
辛かったら辛いって言って欲しい。
「リサちゃんはERRORちゃんの母親だけど、オヤジの娘で俺らの妹なんだから」
目を瞠ったリサちゃんの目が潤んでいく。無理矢理に笑顔を作ろうとして、でも失敗して。
「………うん」
情けない顔で笑ったリサちゃんは、やっぱり二十歳前でも通用するんじゃねーかって思うくらい可愛かった。