「何であんな人達がいるんだろう」
サッチさんと一緒に船へ走りながら、私の頭の中にはリサのお父さんの言葉が響いていた。
”貴様らは黙って私の言うことを聞いていればいい!!”
その台詞は、ほんの数週間前にも聞いたことがある。思い出しても泣きたくなる、最低最悪の島で。
自分の奥さんに平気で手を上げる旦那や、娘を足蹴にする父親が沢山いた。
そりゃ、私のお爺ちゃんだってお婆ちゃんに「クソババア」とか毎日怒鳴ってたよ。けど、それはお婆ちゃんも同じで、二人はいつだって対等だった。お父さんだって私が悪いことをした時は叱ったけど、理不尽に殴ったりなんか絶対にしなかった。だからこそ、初めてその光景を見た時は理解出来なくて。ただただ呆然と男の人に虐げられる女の人たちを眺めることしか出来なかった。私が知らなすぎただけなのかな。あの島で見た光景が今でも焼きついて消えてくれない。
隣でERRORが鼻を啜る音が聞こえて、そしたら私も泣けてきちゃって。買い出しを終えたらすぐに船へ戻ろうとして、そこで見てしまった。まだ十歳くらいの男の子が、同じくらいの年の女の子の髪を引っ張ったり突き飛ばしたりして泣かせているのを。
”だって、こいつ女だもん!”
真っ直ぐな目で紡がれた台詞はどこまでも理不尽で、涙が一気に溢れ出た。思わず殴り飛ばした私を男の子は呆然と見上げて、それから悔しそうな顔で「女のくせに!」って逃げてった。それがまた悲しくて、悔しくて。
リサのお父さんだってそうだ。愛してたんじゃなかったの?だからリサが生まれたんじゃないの?リサのこともお母さんのことも道具だとか人形だとか――そんなの酷すぎる。
「サッチさんは、あんな風になっちゃやだよ」
「おばか。俺ァ女には優しいんだよ、知ってんだろ?」
「うん、知ってる」
知ってる。船の皆はすごく優しい。女だからとか、弱いからとか、そんなことで見下したりなんかしない。いつだって優しくて、ちゃんと一人の人間として見てくれて。
「早く、元通りにならないかな」
ERRORが元気になって、また皆でいっぱい笑いたい。
リサの泣いた顔なんて初めて見た。
あんなに怖い顔したマルコさんなんて初めて見た。
あんなに、沢山の血を見たのも初めてだった。
瞼の裏に焼き付いたERRORの姿に身体が震えた。
大丈夫なのに。大丈夫なはずなのに。今になってまた恐怖がぶり返してくる。怖くて怖くて堪らない。
「っ、ERROR……ERROR、大丈夫だよね?」
「あぁ、大丈夫だ」
「絶対!? 本当に!? 嘘じゃない!?」
切羽詰って何度も問い詰める私に、足を止めたサッチさんが苦笑を浮かべながら近づいてくる。
「だーいじょうぶだって。サッチ様を信じなさい」
「ほんと……? し、死んだり、しない?」
怖くて。怖くて。止まったはずの涙がまた溢れて。苦笑するサッチさんの顔が滲んで見えなくなった。
「も、もし……っ、もし、死んじゃったら……っ!」
「タミ!! お前が信じなくてどうすんだ!!」
叱り付ける声とは裏腹に、大きな手が私の頬を優しく包み込んだ。硬い何かがコツンと触れて、サッチさんの声がすぐ近くで聞こえてくる。
「ERRORちゃんだって頑張ってんだ。俺らが信じなくてどーすんのよ」
「う゛ん……う゛ん……!」
鼻を啜り何度も縦に首を振れば、今度は柔らかい何かが額に当たって離れてった。
「ほれ、急いで船戻んぞ!」
大きな手が私の手をすっぽりと包み込む。歩き出したサッチさんにつられるようにして足を進めながら袖で涙を拭った。
急いで船に帰ると、甲板は重苦しい空気が流れていた。少し前に戻ってきたマルコさん達が医務室に向かったと聞いて私たちも医務室へと急ぐ。医務室の前にも大勢集まっていた。邪魔になると思ったんだろう、中に飛び込みたいのを必死に堪えながら誰かが「もう大丈夫」だと報せてくれるのを待っていた。
「わり、通るぜ」
「ごめんね、ちょっと通るよー……」
隙間を縫うように進んでサッチさんと医務室の扉を開けた。
「合うはずなんです」
途端に聞こえたのはリサの真剣な声。
何だ?と首を傾げるサッチさんと顔を見合わせて奥へと足を進めた私は、続けて聞こえたリサの言葉に思わず足を止めた。
「マルコさんなら……――ERRORの父親なら」
「、え……?」
今、なんて――?