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突如として轟いた銃声。 威嚇にしてはERRORに近すぎる位置を通り過ぎた弾丸は、幸いにも誰一人として仕留めることなく壁へとめり込んだ。 煙を立てる壁から発砲した主へと視線を向ければ、そこにいたのは全身を震わせながらこちらに向けて銃を構える、血の気を失ったメイド。

「あ……」

ERRORが驚いた顔でメイドを見つめる。
ガタガタと震える手と青褪めた顔から、このメイドが今まで銃を持ったことがないのだと容易に推察出来た。おっかなびっくりといった様子で、それでも必死に銃を構えるメイドに覚えたのは怒りよりも哀れみだった。こんな領主に仕えなければ――そうせざるを得ない状況だったのかもしれないが、それでもこうして銃を構えるのはメイドが選んだことだ。その時点でこのメイドは俺たちの敵だ。だからこそ目を眇めてメイドを見据えれば、恐怖に顔と声を引き攣らせたメイドが涙を溢れさせながら口を開いた。

「あ、あなた、が……悪いのよ……っ! ど、どうして……たす、たすけ、くれる、って」
「お、落ち着いて……」
「助けてくれるって、言ったくせに!!」

ヒステリックな叫び声が玄関ホールに響く。反響し合って無駄に響く甲高い声に咄嗟に耳を塞いだ。

「ど、して……どうしてよぉ……! なんで逃げるのなんでいなくなるの助けてくれるって言ったのにどうして!!」
「何だアイツ?」
「ど、どうしよう……何か、やばくない?」

突然の乱入者に首を傾げるエースの横でタミが不安げにメイドを見つめている。 よく分からねぇが、どうやらあのメイドはERRORに助けてもらう約束をしたらしい。何とか宥めようと思ったのか、困った顔のERRORが一歩進み出た。

「落ち着いて……ねぇ、大丈夫だから」
「大丈夫!? 何が大丈夫なの!? わた、私が殺されちゃうのに……っ!」

あぁ、そういうことか。
理解すると同時に、リサの父親への嫌悪感が更に募る。

前に立ち寄った男尊女卑の島――このメイドはあの島で見かけた女たちと同じ目をしている。あの島では男の言うことは全て正しいとされていた。どんな理不尽だって女だからという、ただそれだけの理由だけで受け入れていた。この館はあの島と同じだ。領主が絶対。領主が全て。領主が神。どんな理不尽もまかり通ってしまう。逃げることも叶わず、ただただ自分を護る為に命令を聞かなければならない。

――反吐が出る。

許せるわけがねぇ。
リサにした仕打ちも、ERRORにした仕打ちも、何もかも。聞けば聞くほど胸糞悪ィ。

命令は絶対?
どんな理不尽も仕方ない?

そんなこと、誰が決めた。

「はな、れて、ください」

ERRORに照準を合わせたままメイドが俺たちに言う。
ERRORから離れろ、と。リサから離れろ、と。

「早く……っ、早くしてよぉ……!!」

恐怖に涙を溢れさせながら必死に叫ぶメイドはどこまでも哀れだ。 そんなんで、俺らが退くはずがないことくらい、分かっているだろうに。――いや、恐怖で分からなくなってるのか? 震える指が引き金にかけられたままだ。いつまた弾が飛んでくるとも限らない。 それに、後ろで不穏な動きをする衛兵たちも気にかかる。

「こりゃ、早いとこ外に出た方が良さそうだな」
「あぁ」

サッチの囁きに頷き、辺りを警戒しながら僅かに腰を落とす。

「タミ、しっかりついてこいよ」
「お、置いてかないでね!」
ERROR、走れるか?」
「大丈夫。でも……あの人が、」

心配そうにメイドを見つめるERRORの頭をくしゃりと撫でてやれば、顔を上げたERRORが俺を見つめた。不安げに揺らいでいた目が僅かに見開かれて、それからもう一度メイドへと視線を戻してすぐに俺を見る。それから、ホッとした顔で頬を緩めた。

「ありがと、マルコさん」
「礼は全部終わってからな。――リサ、大丈夫かい?」
「えぇ」

大丈夫です。しっかりとした返事に微笑んだ。

「――今だ!」

サッチの合図で一斉に走り出す。
サッチ、タミ、エース、ERROR、リサが出口へ。俺はメイドへ。

「ひっ、」

恐怖で錯乱状態になったメイドが引鉄を引いた。背後のリサたちの盾となり大きく広げた翼で受け止めれば、青い炎がそれを包み込んで勢いを消した。床に落ちる音を耳が拾う間もなく、俺は真っ直ぐにメイドへと突っ込んでいく。 恐怖に足を竦ませるメイドの首裏に手刀を落とせば、白目を剥いたメイドはすぐに崩れ落ちた。その身体を抱き止めながら手から落ちた銃を隅へと蹴り、メイドを肩に担いで外へ飛び出せば、俺らが来た時よりも遥かに多くの海兵たちが集まっていた。

「おーおー、派手にやってんなぁ」

メイドを下ろし、背後から襲う銃弾からリサたちを庇う。
全く、嬉しい能力だ。自分だけじゃなく、家族をも護ることが出来るのだから。

「で、こっからどうすんだ?」
「そりゃ駆け抜けるしかねぇだろ」

好戦的な笑みを浮かべてエースとサッチが駆け出す。

「マルコ! きっちり護れよ!!」
「言われるまでもねぇ」

大きく広げた翼でリサたちを包み込めば、腕の中でタミが「うっひょー!!」なんて高いテンションで叫ぶ。 ちったァ緊張感を持てと言ってやろうと思ったが、下手にやる気を出されて戦いの場に躍り出られても困るから口を噤むしかない。全部終わったらきっちり説教してやろう。

「すごいマルコさん! 幻想的!!」
「俺からすればお前の頭の方がスゲェよい。ある意味幻想的だ」
「ぬお! 褒められた!」

褒められたと喜べる辺りが凄い。色んな意味で。

「マルコさん、アタシも戦う!」
「そんな格好で何言ってんだよい」
「じゃあ、私が行って来ても良いですか?」
「だめ」

マルコさん
だめ
どうしてもですか?
だめ

納得のいかない様子で口を閉ざしたリサに苦笑が漏れる。

「たまにゃ護らせてくれよい」
「だって……嫌なんです、マルコさんが怪我するの」
「すぐに治るよい」

そういう能力だ。言った直後、顔面に撃ち込まれる銃弾。

「「「マルコさん!!」」」

腕の中でタミ、リサ、ERRORの悲鳴が重なる。

「問題ねぇ」

ボボボ、と青い炎を燃え上がらせながら笑いかけてやるが、どうやらお気に召さなかったらしい。 三人の顔には怒りの色が滲んでいた。

「やっぱアタシも戦う! 頭きた!」
「ちょ、待っ! だめだっつってんだろうが!」
「止めてもダメです。私も頭にきました」
「お、おい! リサ!」
「よっしゃー! 私もやったるぜェ!!」
「テメェは止めろ!!」

ERROR、リサに続いて出ていこうとするタミを羽交い締めにして引き止める。
困ったことに気を失ったままのメイドがいるもんだから、不用意にここを動くことも出来ない。リサとERRORの腕は知ってるから問題ないだろうが、タミは問題有り過ぎだ。こんな混戦の中に放り出したらどうなるか分かったもんじゃない。 蜂の巣になったタミなんて目も当てられないではないか。

「ばかー! 私だって戦うのー!」
「そういう事はもっと強くなってから言え!! おい、こいつしっかり持ってろ」
「へ? むぎゃっ!」

頬を膨らませるタミにメイドを押し付け、二人ごと抱きかかえるようにしてその場から駆け出す。少しでもこの戦いから離れなければ俺が戦いに出ることも出来ない。

「タミ! そいつきっちり護ってろ!」

木の陰にメイドを下ろして、その場を離れるなとタミにきつく言い渡す。 当然ながら反論してきたタミの頭に拳を一つ落としてやり、頭を抱えて悶絶するタミをその場に残して戦場へと戻った。 とにかく、ERRORを探さなければ。あんな格好で満足に戦えるわけがない。 時折飛んでくる銃弾に舌打ちを零しながら駆け回っていると、漸く目的の姿を発見した。

「、ERROR

呟き、そちらへ向かって加速する。
豪華なドレスを身に纏ったERRORの後ろ姿がはっきりと見えた。 邪魔だったのだろう、足首まで覆い隠すスカートがざっくり斬り裂かれて太股が露になっているのが見えた。そこから少し離れた所でエースが無駄に燃え上がっているのは、きっと戦ってる最中にバッチリ見てしまったのだろう。とばっちりでサッチまで焦げているのが視界の端に映った。

ERRORまであと少しだ。その細い肩へと手を伸ばして――、



ドォ……ンッ!



どこかから聞こえた銃声が耳を劈く。
もう目の前まできていたERRORの背中が、ぐらりと揺れて崩れ落ちた。

「、あ……」

どさり。足元に倒れたERRORの脇腹が赤く染まっていく。

じわり、じわり、じわり、じわり。

どんどん広がっていく赤が目に焼き付いて、




ERROR……ッ!!!」




エースの悲痛な叫びが耳にこびりついた。