03


さすが、お偉いさんと親交があるだけのことはある。
遠目に見える明らかに上流階級だと分かる家を眺めながら口笛を吹いた。

モビーを停めた港付近の店を回り始めて数十分。島の反対側にも港があるらしいが、そっちはお偉いさん方の船しか碇泊出来ないらしい。ようするに、あっち側の人間だけが使える港ってわけだ。野蛮な海賊や商船、たまに来るらしい客船はみーんなこっち側に停まることが決まってるらしい。

あっちとこっちでは見るからに建物の造りの違う。かと言って、こっち側の建物が掘っ立て小屋みてぇなもんだというわけでもない。こっちは至ってフツーの家。あっちが異常なくらいにゴテゴテしてるだけだ。
店に並ぶ食材たちだって、中々どうして。良いもんが入ってんじゃねぇの。

「へぇ、これもいいな」
「らっしゃい! 好きなもん選んどくれよ!」

何かの作業をしてるらしいおばちゃんが、俺に背を向けたまま元気な声をかけてくれる。お言葉に甘えて、数ある食材の中から特別好さそうなもんを吟味する。今ここにリサちゃんもいてくれたら結構効率良く買い物が出来るんだが、具合が悪いってんならしょうがない。
まぁ……本当に具合が悪いのかどうかは分かんねぇけどな。ま、マルコが残ったし問題ねぇだろ。

「んー……お、これも悪くねぇな。そんじゃ、これとこれと――」
「はいよ! 毎度あり――」

俺の言葉に反応して振り返ったおばちゃんの声が途切れる。ん?と顔を上げれば、俺を見て目を丸くしたおばちゃんが少しだけ引き攣った顔で笑みを作った。
そりゃね、確かに俺は見るからに海賊顔だけどよ、やっぱりちょっと傷つくわけよ。もう慣れたけど。

「あと、これもくれ!」

ニカッと笑ってみせれば、キョトンと目を丸くしたおばちゃんがパチパチと目を瞬いて、それから今度は自然な笑顔を向けてくれた。どうよ!俺だって笑えば怖くないんだから!

「アンタ、海賊かい?」
「おー。この島には来ねぇのか? 海賊」
「んー、そうだねぇ……たまに来るけど、大抵はログが貯まる前に出てっちまうよ」
「へぇ、そりゃまたどうして?」

確かこの島のログは三日だったって聞いた。たった三日だぞ?どうしてそんなに焦る必要があるのかと問えば、おばちゃんは俺が頼んだものを袋に詰めながら町の向こうに見える煌びやかな屋敷の方を見た。

「あそこはこの島の領主様のお屋敷なんだが、海軍のお偉い方やら貴族やらと親交があるらしくてね」
「あぁ、それは聞いた。そんなしょっちゅう海軍が来るのか?」
「さてねぇ……知ってるかは分からないけど、実は屋敷の向こう側にも港があってね」
「あぁ、あっち側の人間しか使えないっていう港だろ?」
「そう。お偉いさん方は滅多に町には降りて来ないからね。大抵はあの屋敷で会談を終えてそのまま帰っちまう。けど、軍艦だけはちょくちょく見るよ。ほんの一週間前にも来てたみたいだしね」

へぇ、と呟いて品物の入った袋を受け取り金を払う。屋敷の方を見れば、下々の人間である俺には近寄りがたい雰囲気がプンプンしてるように見えた。

「この島は安泰だな。領主様がちゃんと治めてくれてるってんなら――」
「それが、そう上手くはいかないみたいでね」
「?」

首を傾げた俺に近付いてきたおばちゃんは、口元に手を添えて内緒話をするかのように声を潜めた。

「あのお屋敷、跡継ぎがいなくて困ってるらしいんだよ」
「跡継ぎが? 何だ、独身なのか? よく分からねぇが、そういうお偉いさんなら愛人の一人や二人囲ってるもんじゃねぇの?」
「昔はいたんだけどねぇ……ここだけの話、愛人の方が先に身篭っちまったもんだから、本妻や当時の領主様が怒っちまってね……そりゃあもう、酷い仕打ちをしたらしいよ。生まれたのが女の子だったから、これ幸いとこぞって愛人たちを追い出そうとしてね」
「うっわー……泥沼ってやつ?」

興味津々に尋ねれば、おばちゃんは大きく頷いてから水を得た魚のように話してくれた。
当時の領主たちに認めさせる為に愛人が躍起になって娘を教育したこと、その甲斐虚しく本妻が身篭ったこと、しかもそれが男の子だったこと。

「男の子が出来れば愛人の娘なんて用済みだろう?それまで優しく接していたくせに、愛人もろとも家から追い出して……今はその愛人だった人だけが町外れの小屋でひっそり暮らしてるよ」
「んん? どうして、娘は?」
「あぁ……それが行方不明なんだってさ」
「行方不明?」

何だそりゃ、ドロドロしすぎだろ。その娘が今どこで何をしているのかは誰も知らないんだと続けたおばちゃんは、突然パンと手を打って大袈裟に腕を広げた。

「それがだよ! 四年前に本妻の息子が亡くなっちまって」
「は!? マジで?」
「大マジさ! どうやら病弱だったらしくてね。しかも、親交のある貴族の令嬢との結婚を目前に控えてた時らしくて、親としてはとっとと結婚させて繋がりを確かなものにしたかったらしいんだが、死んじまったらどうしようもないだろ? 婚約はご破算、病弱だったことを黙ってたってことで相手が怒ってるらしくてね」
「うっわー……」
「バチが当たったんだねぇ……あぁこわい!」

ブルリと身体を震わせたおばちゃんは、どうやらこの話を誰かに聞かせたくて堪らなかったようだ。町の人間は誰もが知ってるらしいから、俺みたいな余所者に話して聞かせることが楽しみなのだろう。

「また来とくれよい!」
「おう、ありがとうな!」

腕いっぱいの荷物を抱えた俺は一旦モビーへ戻ろうと来た道を戻り始めた。予定より買いすぎたな……一人なんだからもう少し減らしておけば良かった。

「ったく……誰か引っ張って来るんだったぜ」

酒場に走って行った兄弟を思い出して舌打ちを一つ。仕方ない、落とさないように気を付けながら急いで船に戻ろう。そんで、リサちゃんの様子を見て、本当に具合が悪いようならなにか病人食でも作ってやるかな。

「しっかし……面倒な島に来ちまったみてぇだな」

貴族や海軍のお偉いと親交がある領主。本妻の息子は病死。その所為で貴族との間に亀裂が入りそうで、愛人の娘が行方不明、だったか。妙なことに巻き込まれなきゃ良いけど。

「ま、俺たちみてぇな余所者の海賊には関係ねぇか!」

そうだそうだ! さ、とっとと船に戻ろう!