タミの母親というものが現れた。何を隠そう、赤髪海賊団幹部のあの変態女――ナギだ。
まさかあの女がタミの母親だったなんて、一体誰が予想できただろうか。当のタミ本人だって知らなかったらしいが、そこら辺の事情は俺には知る由もない。まぁ、興味もあまりないが。
赤髪海賊団の紅一点。副船長と幼馴染みだと聞いたのも昨日で、別にいらねェ情報だなんて思いながら酒を呑んでいた。確かに顔が良いのは認める。初めて会った時は確かにイイ女だと思った。海賊王の船に乗っていた赤髪が自身の海賊団を作り上げて一気にこの海を駆け上がってきた。ロジャー海賊団の見習いクルーとしてではなく、赤髪海賊団の船長として俺達の前に再び現れた時、ナギはそこにいた。
その時、やたらと新聞を賑わせていた赤髪海賊団。その海賊団の紅一点となれば、自然と注目してしまうのも無理はない。その姿を目にした時『赤髪海賊団』に相応しい女だと思った。あぁ、認めよう。確かにイイ女だと思った。それは初めて言葉を交わした時に一瞬で崩れさったのだけれど。
『初めまして、私はナギ。貴方、不死鳥マルコね? 貴方にずっと聞きたかった事があるの』
『? 何だよい』
『貴方は攻め? 受け? どっち?』
『………は?』
あの時の俺はとんでもなく間抜けな面を晒していたはずだ。その後も「私としては貴方は受けだと思うんだけど……貴方なら誘い受けなんてのもアリよね。ううん、むしろ押し倒して自分から跨っちゃうのも――」なんて延々と続けられて、漸く言っている事を理解した俺はその瞬間、全身が総毛立つのを感じて慌ててあの女から距離をとった。あの時の恐怖はそうそう忘れられるものじゃない。目の前に息を荒くしながら目を爛々と輝かせて俺の過去を根掘り葉掘り聞き出そうとする女がいたら恐怖を覚えても仕方がないと思う。しかも、主に尋ねられているのは男との性経験についてだ。
それからは会うたびに地獄だった。脚を撫で回されたり尻を撫で回されたり。同じように被害に遭っていたサッチは何故かあっという間に慣れて普通に話をしてる。俺には無理だ。鳥肌が立って仕方ねェ。ムカつく笑いを浮かべながら目をやたら輝かせて「もう初体験は済ませたの!? ねぇ、教えて! 焦らさないで教えて!」なんて追いかけ回されればそれも無理のないことだ。
長くなったが、まぁ、何が言いたいのかってェと、つまりだ。
俺の知ってるナギという女は、ヘラヘラしてて訳の分からねェ(分かりたくもねェ)事ばっか口にして、隙あらば身体を撫で回してくるド変態だという事だ。
そんなナギが、今は俺が見た事がない顔でオヤジと対峙している。
「もう一回言ってみろ」
「あの子を、連れていくわ」
威圧感たっぷりなオヤジの声に動じることなく、ナギは腕を組んだまま凛とした声で言い放った。
起きて早々「大事な話がある」なんてオヤジの元に乗り込んできたナギの後ろには、ナギの船長である赤髪と、ナギのストッパーたる副船長――ベン・ベックマンだ。
タミの母親がこの女だってのも驚いたが、ベックマンが父親だって事にも驚いた。同時に、少しタミが可哀想にもなった。外見に関してはまぁ、タミが自分で言ってたから俺は敢えて触れるまい。問題は中身だ。どう考えたって母親の遺伝が濃すぎる。育ての親は別なのだから当然と言えば当然なのだろうが、あのタミを見て、ベックマンが父親だなんて誰が思うだろうか。
「私は万が一にもあの子が追われるような事がないようにと願ってあの島に残した。私の娘だと知られたら危険だと思ったから……でもあの子は、こうして海に出てしまった。だったら、私はあの子を連れて行く」
「それはお前が勝手に決めた事だろう」
突き放すようなオヤジの言葉に動じる事なく、ナギはひたとオヤジを見据えて続ける。
「白ひげ、貴方は理由を一番分かってるはずよ。もしあの子の事が海軍に知れて、もし襲われでもしたら……」
「俺があんな小娘一人護れねェ老いぼれだとでも思ってやがんのか」
「私は!!」
オヤジの言葉を掻き消すような声でナギが叫んだ。
「私は……っ、あの子が傷つくのが怖い! あの子は昔から貴方に憧れてた! この白ひげ海賊団に憧れてた! もしあの子が、自分の所為でこの船が襲われたなんて知ったら、どれだけ傷つくか……!! 私はそれが怖いのよ……!!」
俺にはナギの事情は分からねェ。タミの所為でこの船が襲われるって理由も分かりゃしねぇ。ナギとベックマンの娘だって事が原因で襲われるなんて事があるのか?それだけの理由で白ひげ海賊団を襲う奴がいるとでも?そんな事は有り得ない。オヤジはナギの言葉を黙って聞くだけで何も言わなかった。
「あの子は私の娘よ。それは変えられない事実……連れて行くわ、無理やりにでも」
腰に提げた刀に手を伸ばしたナギに、俺も臨戦態勢に入る。いくら何度も酒を酌み交わした赤髪海賊団と言えど、オヤジに手出しさせる訳にはいかねェ。戦争になろうが何だろうが、家族に手を出すものなら容赦はしねェ。
けれど、俺の前に現れた大きな手がそれを制止した。オヤジは何もするなとでも言うように俺を一瞥してナギへと視線を戻した。
「なぁ、ナギ。お前ェは今、自分の人生を生きて居るんじゃねェのか?」
「何……」
「これはアイツの――タミの人生だ」
「っ、」
「お前ェがアイツを心底心配して言ってるのも分かる。否定はしねぇよ。だが、アイツが進みてぇ道を後押ししてやるのも親じゃねぇのか」
グッと唇を噛み締めてオヤジから顔を背けたナギに、俺は肩を竦めて頭を掻いた。ナギの背後に立つ赤髪と視線がかち合う。こんな状況だというのにヘラリと笑った赤髪に鼻白んだ。
「確かにアイツはお前の娘だろうよ。だが、この船に乗った瞬間からこの俺の娘でもある。アイツがお前について行きてェってんなら、俺は止めはしねぇ。だが、それはアイツの意思あってこそだ。今更厄介なガキが一人くれェ増えたところで俺は何ともねェよ」
「白ひげ………」
「アイツの顔を見たか? いつもバカみてぇに笑ってやがる。アイツの周りを見たか? 俺の自慢の息子共が常に周り固めてやがる。お前ェが恐れる事なんざ、何も起こりゃしねェ」
じわじわと目に膜を張ったナギを見てニヤリと口端を上げながら、オヤジは「それに」と続けた。
「アイツに手を出す奴には容赦しねぇよ。俺も、俺の息子共も。なぁ、マルコ?」
「あぁ、勿論だよい」
どんなにバカな妹でも、腹の立つことばっか言いやがるどうしようもねェ妹でも、俺の大切な家族である事に変わりはねェ。即座に頷いた俺にナギはぼろぼろと涙を流して俯いた。それまで一言も発しなかったベックマンがナギの元に歩いてってぐしゃぐしゃと頭を撫でて抱き寄せる。
「心配する事はない。ここはウチの船と同じくらい安全だ」
ベックマンに縋り付いて泣きながら小さく頷いたナギに、赤髪が声を上げて笑った。
「いやあ、良かった良かった。話は纏まったな! それじゃ、俺らはそろそろ行くとするか」
そもそもお前、何の為にここにいたんだ。喉まで出かかった言葉を必死に飲み下して肩を竦めたその時、ノックの音が飛び込んできた。ゆっくり開いた扉からほんの少しだけ顔を出してきたのは、たった今まで話していたタミだった。
「え、と……あ、邪魔?」
「もう終わったよい」
そう言ってやれば、タミはホッとした表情で扉を開けて入って来た。その後にはぞろぞろとサッチ、イゾウ、エース、ERROR、リサが続いている。
「ん? どうした?」
部屋に入ってきてすぐに足を止めたタミに赤髪が声をかけるが、タミには聞こえていない。その視線はタミの両親(違和感を覚えるのは何故だろうか)に向けられていた。
「う、うわき……!」
「「「は?」」」
あちこちから上がる間抜けな声。タミは顔面蒼白にしてナギとベックマンを指さしている。
「たたた、確かにその人は私のお父さんだけど……っ、で、でも島にいるお父さんが私のお父さんで……! お母さんの旦那様は島にいるお父さんで……! で、でもその人は本当のお父さんで……!」
どうやらパニックを起こしているらしい。慌てふためきながら必死に訳の分からない事を口にするタミに、漸く落ち着いたらしいナギが涙を拭いて笑った。
「私はメイト一筋よ!! とうっ!」
確かに油断していた。慌てふためくタミを呆れたように見てた。だからこそ、一瞬でその場から消えたナギを追う事が出来なかった。背後に感じる人の気配と、肌を滑る細い手。ぐふふ、なんて笑い声が聞こえちまえば鳥肌しか立たない。
「っ、気色悪ィ!!」
振り払おうとして全力で身を捩るが、後ろからがっちりしがみついているナギはそう簡単に振り落とされてくれない。あぁ、油断した。気持ち悪ィ。腹筋を撫でる指が気持ち悪くて仕方ねェ……!!!
「あの子のこと、お願いね」
ぽつりと呟かれた言葉に思わず動きを止めた俺は、次の瞬間、再び這い回り始めた手に大量の青筋を浮かべた。
「放せよい!!」
「やだー! ぐへへ、胸筋……腹筋……背筋……っ、サイコー!!」
「うぜぇ!!!」
渾身の力で何とか振り解いて変態女を蹴り飛ばそうとしたが、腐っても赤髪海賊団の幹部。俺が脚を蹴り上げた頃にはもうそこにはいなかった。舌打ちしか出ない。
「グララララ、見てみろマルコ。タミのあんな顔、初めてじゃねェか」
オヤジの言葉にそちらへ視線をやれば、力いっぱいタミを抱きしめてるナギと、照れ臭そうな顔を綻ばせているタミ。母親に抱きしめられて笑うその姿は、何故か小さな子どもみたいだと思った。
完璧に怒鳴り散らすチャンスすら失った俺は、小さく舌打ちを零して頭を掻き毟る事しか出来ない。
「お母さん、あのさ」
「うん?」
「マルコさんの腹筋どうだった?」
「最高!!」
あの変態親子、いつか海に沈めてやる。