深呼吸をしてノックをすると、中からぶっきらぼうな声で「開いてる」って返ってきた。
煩い心臓をギュッと押さえて最後にもう一度深呼吸。ゆっくりと扉を開けた。
「エース」
エースはベッドの上に座っていて、手には本がある。本なんて読んだことないくせに。
「そっち、行っても良い?」
扉の所に立ったまま尋ねると、エースはチラとアタシを見てから小さく頷いた。一歩足を踏み出すごとに心臓が煩くなっていくのが分かる。もしかしたら顔も赤いかもしれない。
ベッドの端に腰を下ろしたアタシは、静かに息を吐いて手の中の紙袋をエースの傍に置いた。
「これ……エースの」
「…………」
「エースに、喜んで欲しくて、作ったの」
返事が無い事が怖くて堪らないけど、何とか言わなきゃならない事は言えた。あ、違った。あと一つだ。
「さっきは、ごめんなさい」
「………ERRORが謝る必要なんかねェだろ」
やっと聞こえたエースの声はやっぱり何処か不機嫌そうだった。
「一緒に街を回れなくて、ごめんなさい」
「………別に、約束なんてしてなかったじゃねェか」
「けど……いつも一緒に回ってたから……今回も一緒に回ろうって思ってくれてたでしょ?」
答えないのは、きっとエースがそう思っててくれてたから。ちゃんと話すべきだったんだと思う。リサ達と島に降りた時に工房を見つけて、アタシ達もやろうってなって……エースに何も言わなかったから。
「それ、ね……エースに作ってあげたかったの。リサとタミちゃんと話してて、それぞれ作ろうってなって……リサはマルコさんで、タミはサッチさんとイゾウさん。アタシは……エースに、作りたいって、思って……」
心臓が煩い。顔が熱い。けど、言わなきゃ。ちゃんと最後まで言わなきゃ。
「アタシをこの船に誘ってくれたのはエースだから、エースにあげたかったの」
エースが本を閉じる。多分、最初から読んでなんか無かったと思うけど。それから、アタシの方を向いて頭を下げた。
「ごめん。俺も……悪かった」
「ううん……いいの、気にしてない」
「ERRORと一緒に回れなかったのは……まぁ、つまんなかったけど……そうじゃなくて、その……」
「エース?」
苦い顔で頭を掻くエースに首を傾げると、エースは突然ベッドから降りてクローゼットを開けた。首を傾げながら見ていると、エースは自分のTシャツを一枚持ってきてアタシの頭から被せた。
「わっ、な、何!?」
「ERROR、臭い」
「は、え!? 嘘!?」
「お風呂入ってるよ!?」そう言いながら自分の臭いを嗅ごうとすると、突然エースに抱きしめられた。エースのくせっ毛が頬に当たってるのが分かった瞬間、少しだけ治まりかけてた心臓がまた一気に煩くなった。
「エエエエエース!?」
「臭い」
「ご、ごめん! お風呂入って来るから……!」
「違う。そうじゃなくて……他の男の臭いがする」
「え?」
他の男?エースは何を言ってるんだろうか。
「工房でついたんだろ。男モンの香水の臭いがする」
「、あぁ……そう言えば従業員のお兄さんがつけてたかも……?」
「臭い」
何だ、そういう事か。アタシが臭い訳じゃないのか。良かった。
「ムカつく」
「え、えーと……ごめん……?」
それ、アタシが悪いの?というか……。
「もしかして、怒ってたのってそれが理由?」
「………」
エースは答えてくれなかったけど、アタシを抱きしめる腕が強くなったから多分当たってると思う。
何だ、そうなんだ。アタシの事キライになっちゃった訳じゃなかったんだ。何だ。そっか。頬が緩んでいくのが自分でも分かる。嫌われてなかったんだ。良かった。
「エース、それ、もらってくれる?」
「……おう」
「ありがとう」って呟いてエースがアタシから離れていく。紙袋を手にしてから、もう一回アタシを見た。
「それ、着ててくれよ」
「え?」
「消して、臭い」
拗ねたような顔のエースにアタシは頬を緩ませて頷いた。着てる服の上からエースの服を着る。ずっとしまってあったからか、あんまりエースの匂いはしなかった。
「布団被ってもいい?」
「は? 別に良いけど……」
エースが目を丸くして布団に包まったアタシを見る。
「この方がエースの匂いになるかな、って」
「…………」
一瞬で真っ赤になったエースが乱暴に包装紙を開けて箱を取り出した。中から出てきたのは、アタシが作ったガラス細工。オレンジ色のガラスの中に、エースの背中に彫ってある白ひげ海賊団のマークが描いてある。
「ちょっと絵が下手なんだけど……」
もっと上手に描きたかったんだけど、アタシには絵心というものが無いみたいだ。けど、リサの作ったガラス細工を思い起こせばそれも仕方の無いことなのかもしれないな、なんて。リサにも苦手なものがあったんだってちょっと嬉しかったなぁ。
「オレンジは、エースの色で……このマークはエースの誇りだから……ごめんね、もっと上手く作れれば良かったんだけど、アタシにはこれが精一杯で……」
歪な形のガラス。オレンジ色を混ぜたは良いけど、上手く混ぜられなくてマーブルっぽくなっちゃってるし、マークだってちょっと変。これがアタシの精一杯って泣きたくなるなぁ……。
ずっと黙り込んだままのエースが、箱の中からそっと取り出してそれを見つめた。それから、ゆっくりと顔を綻ばせていってアタシを見る。また心臓が煩くなった。
「スゲェ嬉しい……ありがとな、ERROR!」
いつもの笑顔でそう言ってくれたエースに、一瞬で顔が熱くなった。真っ赤かもしれない。慌てて俯くと、ガラス細工を箱に戻したエースが「ERROR? どうした?」なんて心配そうに尋ねてくる。
「あ、のね、エース……もう一つ言わなきゃならない事が、あって……その……」
「ん? 何だ?」
箱と包装紙を紙袋に戻して枕の横に置いたエースがアタシをじっと見つめてるのが分かる。大きく深呼吸をしてから顔を上げたアタシを見たエースが目を丸くする。多分、アタシ顔真っ赤だ。
「アタシ、エースが好き」
この時のエースの顔はきっと一生忘れられないと思う。
「え、………え!?」
ポカンとしてたエースが、アタシの言葉を理解して一瞬で挙動不審に陥った。顔の半分が火になってる。
「ちょ、へ、部屋に燃え移っちゃうよ!」
慌ててそう言うと、エースはブルブルと頭を振って元に戻った。危なかった……!
ホッと胸をなで下ろすと、エースの手がアタシの肩を強く掴む。
「ERROR……!!」
「え、は? わ、ちょ、ちょっと待った……!」
グッと顔を近付けてくるエースに慌てて叫びながら、両手でエースの顔を押し戻した。
「あ、あのね! 好きっていうのは、その……っ、」
「………何だよ」
あぁ、また不機嫌になっちゃった……。拗ねた顔で私から視線を逸らすエースに、アタシは必死に弁解を試みる。
「す、好きだけど……っ、その……何て言うか……ホントかどうか分からなくて……」
「意味分かんねェ」
いや、ごもっともなんだけどね。でも、アタシには結構重大な事で。
「今まで、その……そういうのした事なくて、ですね……付き合うとか、好きって言われるとか……だから、エースが好きって言ってくれたのが嬉しくて……何て言うか……アタシのエースに対する気持ちが、ホントの好きかどうかがよく分かんなくて……」
「…………」
「す、好きだっていうのは分かってるんだけど……っ、これが、その……そういう好きなのか、思い込んでるだけなのかが、よく……分からなくて、ですね……えーと……あの、ごめん……怒ってる?」
途中から俯いたエースがどんな表情をしてるか分からないからそう尋ねたんだけど、ゆっくりと顔を上げたエースは驚く事に真っ赤な顔をしていた。え、何で?
「エース?」
「……好きっつった」
「え?」
「俺のこと」
「あ……うん……言った、けど……その……」
「思い込みかもしれない?」
「………ごめんね、何か……よく分かんなくて……前から好きだっていうのは分かってたんだけど、分からないから答えられなくて……けど、その……今のアタシの気持ちをちゃんと言った方が良いって思って……」
「いいさ」
今度はアタシが俯いて言い訳がましくボソボソと続けてたんだけど、降ってきたエースの言葉は不機嫌さなんて全く無くて、むしろ凄く嬉しそうだった。顔を上げると、エースは満面の笑みを浮かべていた。
「エース……?」
「今はそれでも良い」
「………いいの?」
「あぁ。ずっと一緒にいるんだしよ、いつか分かんだろ」
「でも……それ、エース辛くない?」
「正直辛い」
「だよね……」
「だから、早くホントに俺を好きになってくれよ」
何か……すごい恥ずかしい会話をしてる気がする。自覚したら一気に顔が熱くなって、エースを見ていられなくなった。
俯いたアタシの顔が赤い事に気付いちゃったエースが声を上げて笑い出す。
「ERRORが真っ赤になんの、珍しいよな」
「………ソーデスネ」
「俺、スゲェ嬉しい」
そう言って、エースの大きな手が私の頭をぎこちなく撫でた。
「ちゃんと待つから」
「……うん!」
大きく頷いて笑うと、エースもいつもの温かい笑顔を向けてくれる。
「飯、食いにいこうぜ!」
「うん!!」
包んでいた布団を戻してエースと一緒に部屋を出て食堂に向かう。
「ん、」
手を差し出すエースの照れ臭そうな顔に、アタシも少しだけ気恥ずかしい思いをしながら自分の手を重ねた。
エースの手は凄く温かくて、そこからじわじわと熱が伝わったみたいにアタシの顔も熱くなった。けど、それはエースも同じみたいで、目が合うとアタシ達は互いにぎこちなく笑い合って手を強く握った。
甲板から食堂に移動してたサッチさん達に、エースの服を着たままなのを見られてからかわれたのはそのすぐ後。