03


昼間、エースが訳の分からねェ事を言ってたのがいやに耳について離れねェ。
大体匂いが嫌とか何だよ……ってか、ERRORちゃんの匂い嗅げる状態とかどういう事だよ羨ましい!エースのくせに生意気だ!!
そんな事を考えながら甲板を歩いてると、少し先でタミがイゾウと話してるのが見えた。俺に気付いたタミが大きく手を振りながら「サッチさーん!!」なんて叫んでいる。

「おー、帰ってたのか」
「ただいま! さっき帰って来たの! あのね、ガラス細工作ってるんだけどさ、すっごいんだよ! もー、見てるだけで幸せ!!」
「へぇ……お前そういうの興味あったんだな」

タミがガラス細工とかに興味があるなんて知らなかった。素直にそう言えば、タミは「失礼な!」って大袈裟に顔を顰めた。

「私だって女の子なんだぞー!」
「へぇ、知らなかった」
「うぉい!! このリーゼントバカヤロー! イゾウさん! こんな事言ってるよこのフランスパン!!」
「誰がフランスパンだ誰が!!」
「そんで? お前はいいの作れたのか?」

煙管に火を点けながらイゾウが尋ねると、頬を膨らませていたタミは一瞬で顔を輝かせて大きく頷いた。

「改心の出来だよ! まだ途中なんだけどね、出来上がったらちゃーんと見せてあげるから!」
「そりゃ楽しみだねぇ。頑張んな」

煙を吐き出しながらイゾウが微笑む。タミはもう一度大きく頷いて俺を見た。

「出来たらサッチさんにも見せてあげるね! ――あ、」
「んぁ?」

突然タミの手が伸びてきた。その手を目で追うと、タミの手は俺の服のボタンをツンと突いた。

「ここ取れかかってる」
「あーホントだ」

言われて見てみりゃ、確かにボタンの糸が解れて取れかかってる。こりゃERRORちゃんにでも頼んで縫いつけてもらわねぇとな、なんて思ってたら、タミが徐にボタンを外し始めた。

「え、え? タミちゃん何してんの?」
「え? だって縫うでしょ?」
「いや、縫うけど……」
ERRORはご飯の用意するって言ってたから、私がやったげるよ。ほらほら早く脱ぎたまえ」
「バカ! このおバカ! 簡単に人の服脱がせちゃいけません!!」

タミの手を叩き落とすと、タミは盛大に頬を膨らませて俺を見上げた。

「タミちゃんその顔ぶちゃいく」
「煩いな! 縫ってあげるっつってんだから早く脱げー! 腹筋見せろー! それとも隠れメタボか! オッサン特有のメタボリックシンドロームか!」
「黙らっしゃい! メタボは若者だってなるんだぞ! つーか俺メタボじゃねぇし!」

「脱いだらスゲェんだぞ!!」って叫べば、タミは俺の鳩尾に頭突きしてきやがった。

「おぶっ……!」

油断してた所為で見事にダメージを受けた俺は鳩尾を押さえながらこみ上げる吐き気を何とか堪えた。タミが焦ったように「うぇっ!? ご、ごめん!」って叫ぶ裏でイゾウが「ぶわっはっはっは!」なんて笑ってやがる。畜生……!

「サッチさん、大丈夫!?」
「だ、いじょぶ……」
「うわあぁん! サッチさんごめんなさいー!!」

叫びながらタミが俺にしがみ付いてきた。勢い余ってまた鳩尾に頭突きされて呻いたけど、慌てふためいてるタミには聞こえなかったらしい。俺にしがみ付きながら物凄い勢いで謝り続けてる。いっそ頭に吐いてやろうかとも思ったけど、それはいくら何でも俺が間抜け過ぎる上に、イゾウがこっそり銃を構えてるのが視界の隅に入ってしまえば、俺に言える事はただ一つだった。

「と、とにかく、離れなさい」
「サッチさん平気!? 吐く!? 洗面器持って来る!?」
「いや、いいから……取り敢えず早く離れて……! 俺の生命が消える前に……!!」

何でだろうね!もう空が暗くなってるってのにイゾウ様が手にしてる銃がとんでもなく輝いて見えるよ!キラッキラ輝いてるよ!うわぁ!綺麗!お星様みたいだ!!もう泣きたい!
漸くタミが俺から離れて生命の危機が去ったけど、その時にふわりとタミの香りが漂ってきた。たまーに頭を撫でてた時に漂うシャンプーの匂いと同じなんだけど、何か違う……?

「あれ、お前シャンプー変えた?」
「へ? 変えてないよ?」

ぽかんとした顔でタミが首を傾げる。おかしいな、何が違うんだ?そう思った時に蘇ったのは昼間のエースの言葉だった。

『何か……ムカつく臭いがする』

言われてみれば……確かに……?
タミの頭を両手で掴んで鼻を寄せる。

「わ、何!? 何!? 臭いの!? ちゃんと毎日お風呂入ってるよ!?」
「………よく分かんねぇな」

呟いてタミの肩口に顔を埋めて匂いを嗅ぐ。さっきと同じような、エースの言うところの『ムカつく臭い』ってのが漂ってきた。

「工房の臭いか……?」

それとはまた別の臭いな気がする。香水のような……?けど、タミが香水なんてつける訳ねぇし……。そしたらERRORちゃんかERRORちゃんがつけてるのか?いや、待て待て。いくら何でもあの二人がこんな趣味悪い香水つけたりしねぇだろ。
カチリって背筋が冷たくなるような音が聞こえると同時に後頭部に何かが押し当てられた。今の状況を振り返って一気に青褪めた俺の頭に、物凄く静かな声がかけられる。

「何か言い残すことは? なぁに、俺も鬼じゃない。大切な兄弟の遺言とあっちゃァ聞いてやらなくもないさ」
「………スミマセンデシタ」
「それが最期の言葉で良いんだな?」
「赦してくださいっ!!!」
「聞こえねぇなァ」

最後の手段!!
タミを肩に抱き上げて走り出す。「うぎょわああぁぁ!」なんて色気の無ェ声が響くと同時に、後ろから「サッチィ! テメェ後で覚えてろよ!!」なんてイゾウの怒声が聞こえてくる。形振り構わず船室に逃げ込むと、タミを担いだまま食堂へと飛び込んだ。驚いた顔のERRORちゃんやコック達が俺とタミを見てくる。

「どうしたんですか? タミちゃん大丈夫?」
「うぇ……よ、酔った……」
「あー……悪ィ、大丈夫か?」

下ろしながら尋ねるとタミは少しだけ青くなった顔で頷いた。あー、俺の命日今日かもしんねェ……。

「はぁ……ビックリした。イゾウさん怖かったなァ」
「ホントにね……俺、今夜を乗り切れるか心配……」

そもそも、タミが妙な香水付けてるのが悪ィんだ。そう思って恨みがましくタミを見ると、タミは訳が分からないって顔で首を傾げた。

「なぁ、お前その香水何処でつけたんだよ」
「は? 香水?」
「何か……変な臭いするぜ」
「んー?」

クンクンと自分の肩に鼻をくっつけて嗅いでるタミを見続けるけど「香水の臭いなんてしないよ?」なんて言いやがる。

「工房の臭いじゃないですか?」

ERRORちゃんがそう言ったから、「ちょっと失礼」って断ってからERRORちゃんの肩辺りに鼻を近付けた。

「ん……?」
「同じ臭いします?」
「んー……うん、するな」
「じゃあ、やっぱり工房の臭いじゃないですか?」

ERRORちゃんはそう言うけど、やっぱりどう嗅いでも香水の臭いなんだよなァ……。もう一回タミの肩に鼻をくっつけて臭いを嗅いでから、またERRORちゃんの臭いを嗅ぐ。やっぱり同じだ。しかも、これどっちかっつーと男モンの香水じゃねぇか?

「あ、」

ERRORちゃんの肩に鼻をくっつけて臭いを嗅いでるとタミが小さく声を上げた。ん?と思って顔を上げようとした瞬間、誰かの手が俺の後頭部を鷲掴んだ。

「――何か言い残してェ事があるなら聞いてやるが?」

低い声が降ってくる。わぉ、デジャヴュ!汗がダラダラ垂れてくるのが分かった。今度はお前かよ……!

「や、やぁ……マルコさん」

ギギギと振り向きながら引き攣った笑みを浮かべれば、口元は笑ってるのに目が全く笑ってないマルコが立っていた。俺の頭を鷲掴んだままのマルコの手に僅かに力が篭る。

「それが遺言で構わねぇのか?」

もう嫌!マルコもイゾウも同じ事しか言わねぇんだもんよ!!ERRORちゃんから距離を取って両手を挙げて降参のポーズを取るがマルコは手を離してくれない。あぁ、俺ホント死んだかも。ちゃんと遺言考えておけば良かった、なんて考えてたら、タミが助け舟を出してくれた。

「匂い嗅いでただけだよ」

それが助け舟になると思ってるの!?心の中で叫んだ俺は、更に強くなるであろうマルコの手からどうやって逃げようか算段を立て始めたけど、予想は外れてマルコの手が俺を開放した。あれ?どうなってんだ?

「匂い……?」
「うん、何か香水の匂いがするんだってさ。私とERRORから」
「お前も?」

マルコがタミの腕を取って服の臭いを嗅ぐ。ほんの僅かに眉を寄せたマルコが俺を見た。あぁ、もしかしてコイツもERRORちゃんから同じ臭いを嗅ぎとったのか?

「工房にいたからそれの臭いじゃないかと思うんですけど……」
「いや……そういう臭いじゃ――むぐっ」

マルコの手が俺の口を押さえる。ちょ、鼻も塞いでるから!

「そうかもしれねぇな。邪魔して悪かったよい」
「いえ……あの……?」

首を傾げるERRORに「飯、楽しみにしてるよい」って言うとマルコは俺の口と鼻を塞いだまま食堂を後にした。

廊下に出て漸く解放された俺はマルコを恨めしげに見たが、マルコは顎を擦りながら何かを考えていた。

「なぁ、アレが工房の臭いだと思うか?」

顎を擦りながらマルコが呟く。やっぱ俺と同じ事考えてたのか、コイツ。

「お、やっと見つけた!」

エースがこっちに向かって駆けてくる。俺らの前で立ち止まると、途端に不機嫌そうな顔で俺らに囁いた。

「なぁ、やっぱりERRORからスゲームカつく臭いがすんだけど」
「あぁ、俺らも気付いたよい。ERRORとタミからも同じ臭いがした」
「ホントか!? スゲームカつく臭いだったろ!?」
「ありゃ、男モンの香水だな」

俺が言うと、エースとマルコはあからさまに顔を顰めて俺を睨んだ。いや、俺を睨んでも仕方ねぇだろ。

「んで、三人同時にその臭いがつくって事は、だ」
「工房にそのムカつく臭いの男がいるって事か!」
「まぁ、そういう事だろうよい」

首を擦りながらマルコが溜息を零した。ったく、こんなトコで男三人で何をやってんだか。

「よし、行くか」
「「は?」」

エースの言葉に俺とマルコの声が重なる。何だって?

「行くって何処に?」
「工房に」
「何しに?」
「探しに行くんだろ? その香水の男」

いや、何言ってんだコイツは。マルコも同じ事を考えたらしく、大きな溜息を零してエースの額を弾いた。

「痛ェ! 何すんだよ!」
「お前バカだろい」
「何だと!?」
「探し出してどうすんだい?」
「どうするって……」
「あのなァ、ERRORちゃん達には何て言うんだよ? 香水の男が気になって様子見に来たなんて言うのか?」

そう言えばエースは唇を尖らせて「けどよ・・」とか何かブツブツ言っている。まぁ、気持ちは分からなくもねぇが、俺らの出る幕じゃない。マルコもそう思ってるんだろう、肩を竦めてエースの頭に手を置いて数回軽く叩くと部屋に戻って行った。俺もそろそろ厨房行かねぇとなんて考えてると、エースが唇を尖らせて不満げに呟いた。

「だってよ……何か嫌じゃねぇか………他の男の臭いがうつってるとか……」

唇を尖らせたままエースはトボトボと歩き始めた。部屋にでも戻るんだろう。背中は何だか寂しげだった。

「素直だねぇ、うちの末っ子は」

あんな風に感情を表に出せるのは若いからなのか素直だからなのか。俺やマルコみてぇなオッサンには無理だな、なんて考えながら食堂に入ると、食堂にいたクルー達と話をしていたタミが俺の所に駆け寄ってきた。犬みてぇだなコイツ。

「ずっと考えてたんだけど、この香水さ、多分工房だと思うんだよね」
「まぁそうだろうな。三人ともついてんだから」
「工房のさ、ガラス細工教えてくれてるお兄さんの香水だと思うよ」

まぁそんなトコだろうな。この一週間ずっとその臭いがするってんだから。どんだけキツイ香水つけてんのかは知らねぇが、別に気にする事じゃねぇだろ。まぁ、確かに男の臭いをつけてるってのはムカつくんだけど。

――つーか、あれ?何で俺までムカついてんだ?

「サッチさん?」
「ん? あぁ、いや……まぁ気にすんな。エースがERRORちゃんに変な臭いついてるのが気になるらしくてよ」
「エース君が?」

目を丸くしたタミがすぐに楽しげに笑う。揶揄う気なんだろう。コイツ学習しねぇよな。けど、わざわざ止めてやるほど俺もお人好しじゃねぇし、もっと言えば面白ェ事を見逃すような奴でもない。顔を近付け声を潜めてタミに教えてやった。

「ついでにマルコも」
「ぶふっ!」

噴き出したタミがチラとERRORちゃんがいる厨房を見る。それからニタリと笑った。その顔きめェぞ。

「罪な女ですなぁ、ERRORERRORも」
「オッサンか」
「でも、別になーんにもないよ? あのお兄さん左手の薬指に指輪してたし」
「そーゆー問題じゃねぇんだろ?」
「そうなの?」

男にそんな気があろうと無かろうと、多分エースやマルコが気にしてるのは別の部分だ。ついでに、何でか分からねぇけど俺も。

「他の男の臭いがついてるって事実が嫌なんじゃねぇの」
「ほほう……難しい男心ってヤツですな」

難しい男心。エースとマルコはそうなんだろう。じゃあ、俺は?
未だにニタニタと気味の悪ィ笑みを浮かべるタミを見下ろして考える。まさか、俺があの二人と同じような事をタミに感じてるって? いやいや、そんなはずはない。有り得ねぇな。

「タミ」
「ほぇ?」

俺を見上げて首を傾げたタミに手のひらを差し出す。

「お手」
「わん」

俺の手のひらの上にサッと手を乗せるタミ。おぉ、分かった……!

「よーしよし、いい子だな!」

ぐしゃぐしゃと頭を撫でてやれば、タミは楽しげに笑って「わん!」なんて犬のマネをする。そうか、これか。

「ご主人様としては他の人間に懐かれるとムカつくもんな」
「ほぇ?」
「誰が何だって?」

背後から聞こえた静かな声と背中に押し付けられた冷たいものに、俺は何度目か分からない冷や汗を掻いた。

「サーセンッしたああぁぁぁぁっ!!!!」
「待てこるああぁぁっ!!」

イゾウの怒声と銃弾から必死に逃げながら、俺は心の中で厨房にいるERRORちゃん達に謝った。
ごめん!! 今日はそっち行けない!!!