「そういや最近さ、ERROR、違う匂いすると思わねぇ……?」
島に着いてから一週間。突然エースがそんな事を言い出した。
ログが貯まるのは二週間だって聞いてから、殆どのクルーが島に降りて好きなように過ごしている。
船に帰ってくる奴らは半分くらいで、もう半分はそれぞれ宿を取ったり女を作って家に入り浸ったり。俺らは仕事の無い初日に島に降りて必要な買い物を終えてからは、夜飯を酒場で食う以外は船に戻って好きなように過ごしていた。
ERROR、ERROR、タミの三人は初日に三人で島に降りてから、この島の特産品となってるガラス細工を作る為に足繁く工房に通っている。今日も仕事が無いからと三人仲良く船を降りていった。
取り残された俺ら三人は甲板で酒盛りをしていて、早くも酔いが回ったのか、唇を尖らせたエースが吐いたのがそんな言葉だ。
俺とサッチは「はぁ?」と声を揃えて顔を見合わせた。
「お前さ、匂い違うとかどんだけ野生なんだよ」
呆れたようにサッチが笑う。全くその通りだ。前々から野性的だって事は分かっちゃいたが、人の匂いの違いまで分かんのか。俺も呆れた視線を向けてると、エースは頭を掻きながら複雑そうな顔で呟いた。
「だって、今までと明らかに違うし……」
「例えば?」
「例えば……今まではスッゲェいい匂いだと思ってたんだけど、」
「だけど?」
「何か……最近のはあんまり好きじゃねぇ……」
素直なエースの言葉にサッチが酒を噴き出す。「汚ェ」と睨み付けてからエースの額を弾いてやった。
「お前、それERRORの前で絶対言うなよい」
「は? 何で?」
「お前なぁ、女の子がそんな事言われたら傷ついちゃうだろうが!」
「ふぅん……そういうもんか?」
首を傾げるエースにサッチがあからさまに溜息を吐く。まぁ、エースのこういう所は今に始まった所じゃねぇから放っておく事にする。
サッチがエースに女というものについて演説し始めたのを尻目に、俺は酒を飲みながらぼんやりとエースの言っていた事について思いを馳せた。
ここ最近って事は、この島に上陸してからって事なんだろう。けど、この島は工房があるから工房特有の臭いが染み付いてしまっていても不思議ではない。エースだってそれは分かってるはずだ。
「だからな、女ってのは――むぐっ!」
「なぁ、工房に行ってるからその臭いなんじゃねぇのかい?」
熱く語っているサッチの口につまみを押し込んで黙らせてからエースに問いかけると、エースは相変わらず難しい顔のまま首を傾げた。
「んー……最初はそうかなって思ったんだけどよ、何か違うんだよなァ……」
「違うって何が?」
口の中のつまみを嚥下したサッチが首を傾げる。エースはジョッキの酒を飲みきってから盛大に顔を顰めた。
「何か……ムカつく臭いがする」
「ムカつく?」
「何だそりゃ」
サッチが笑い飛ばしてその話は終わったが、エースの言葉は何故か俺の頭の片隅にこびり付いていた。
「マルコさん、ただいま」
夜、船に戻って来たERRORが俺を見付けて柔らかい笑みを浮かべる。
「あぁ、お帰り。楽しかったかい?」
「はい、とっても。今、工房でガラス細工を作ってるんですよ」
「へぇ……上手く出来そうかい?」
「うーん、どうでしょう……やってみて気付いたんですけど、私不器用だったんです」
恥ずかしそうに笑うERRORに自然と俺も笑みを零した。
「そうは見えねぇよい。いつも細かい作業してるだろ?」
裁縫は勿論、料理だって野菜を花型や星型に切ったりしていて、細かい手作業はお手の物のはずだ。そう言えば、ERRORは困ったように頭を掻いて小さく舌を突き出した。俺の視線がその舌に釘付けになってる事に気付いてはいないのだろう。
「実は、昔は苦手だったんです。何度も練習したから漸く出来るようになって……」
「へぇ……そうだったのかい。努力であそこまで出来るようになるなんて、大したモンだねい」
どれだけ大変だったのか量り知る事は出来ないが、相当なものだったに違いない。そう思いながら言えばERRORは何処か嬉しそうな顔で礼を口にする。抱きしめたい衝動に駆られて思わず手を伸ばすが、何とか堪えてERRORの髪に触れた。
「ゴミ、付いてるよい」
「え? あ、ありがとうございます」
咄嗟についた嘘に上手く騙されてくれたらしい。恥ずかしそうにERRORが髪をくしゃりと掴んだ手を放した時に、ふわりと髪から優しい香りが漂ってくる。前にERRORを抱きしめた時と同じ香りがして思わず息を呑んだ俺は、その中に混じった匂いに思わず眉を寄せた。
「どうかしました?」
「いや……何でもねぇよい」
首を傾げるERRORに笑みを作って答えると、ERRORは飯の準備をすると言って去って行った。その後ろ姿を見つめながら、俺は昼間エースが言っていた事を思い出した。
『何か……ムカつく臭いがする』
言い得て妙だなと思った俺は溜息を一つ零して頭を掻くと些か重い足取りで部屋へと戻って行った。