「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
あぁ、またか。聞こえてきた大凡女とは思えない悲鳴に思わず溜息を零して俺は立ち上がった。人の疎らな食堂で仕事後のコーヒーを飲んでて結構いい気分だったんだが、遠くから聞こえてきたタミの悲鳴ですっかりぶち壊されてしまった。絶対一発殴ってやる。そう思いながらカップを片付けて食堂を後にした。
「お、ロナン。タミなら甲板にいたぞ」
「おー。今度は何やらかしたんだ?」
すれ違った同じ隊のアシュにそう尋ねると、そいつはニヤリと口元を歪めた。
「そいつは見てからのお楽しみってヤツだ」
ヒラヒラと手を振って食堂へと消えていくそいつに舌打ちをして甲板へ向かう。『お楽しみ』なんて言葉に騙されるような俺じゃない。タミが関わってるんだからとんでもない事に決まってる。知らず溜息が零れて頭を掻く。こんなにも憂鬱な気分だというのに足は甲板へと動いていて、そういや、何で俺はタミのトコに向かってんだ?って首を傾げた。別に俺が行かなくたって、タミの側にはERRORもリサさんもいるだろうし。その二人がいるなら、マルコ隊長もエースもサッチ隊長もいるはずだ。それなのに俺がこうして向かうのは……多分、アイツに初めて会ったのが俺で、事あるごとにタミが俺に絡んでくるからだろう。
全く、妙な奴に懐かれたモンだと思いながらも、それを煩わしいだと思えない辺り俺も絆されてるんだろう。
まぁ、一応家族だし?そんな事を悶々と考えながら甲板へと続く扉を開けた。
「………何だこりゃ」
「カラーレインですって」
思わず零れた言葉に返事を返してくれたのは、扉のすぐ傍に立っていたリサさんだった。その隣にはマルコ隊長とサッチ隊長がいた。やっぱりだ。
「カラーレイン? って何すか?」
「この海域限定で降る色のついた雨の事だよい」
「色のついた……じゃあ、さっき聞こえたタミの悲鳴は……」
「あぁ。エースが赤い雨被っちまってな」
成程、と頷いて閉めた扉に背を預けた。扉の所だけはこうして屋根がついてるから、そのカラーレインとやらに濡れる心配はない。それにしても、本当に色んな色の雨が降ってやがる。朝、必死に掃除した甲板は赤や青、黄色といった色んな色の雨で気持ち悪い状態になってる。畜生、俺の努力を返せ。
そんな雨に打たれながら笑ってるのはエースと、一緒に盛り上がってる兄弟達。
「能力発動マルコ!」
青い雨を被ってそう叫んでるエースに爆笑する兄弟。そういや、タミとERRORは何処だ?と辺りを見回せば、真ん中の方で傘を差して笑ってるタミとERRORがいた。
「なぁ! お前らも来いよ!」
青い雨を滴らせるエースはハッキリ言って気持ち悪い。満面の笑みを浮かべても気持ち悪さは変わらない。エースはERRORとタミに向かって手を差し伸べていた。
「早く来いって! 楽しいぞ!」
「えー、だって服汚れちゃうし……」
「んじゃ、要らねぇ服着れば良いだろ?」
「アタシはリサが直してくれたヤツとか買ってくれたヤツしかないもん。要らないのは無いの!」
胸を張って答えるERRORにエースが少しだけ唇を尖らせる。そんでもって、俺の隣のリサさんは嬉しそうに笑っていた。ホント、この人何歳なんだっけ?めちゃめちゃ若いんですけど。リサさんを見ながらそんな事を考えてたら、殺気にも似た視線を感じた。その正体に気付いた俺は慌てて視線をエース達に戻す。
「じゃあ誰かにもらえば?」
「なるほどー」
「それ良いね!」
「誰か要らない服くれませんかー!」
そう叫びながらこっちを向いたタミと目が合う。まずい。
「ロナン君! 丁度良い所に!」
「断る」
「まだ何も言ってないし!」
「要らない服は無いし、あっても部屋だ。取りに行くのめんどいから嫌だ」
「それで良いよー、今着てるヤツ!」
「バカ野郎! これは俺のお気に入りだ!」
「え、そんなダサい服なのに?」
「よーし、こっち来い!」
拳に息を吐いて温めながらもう片方の手で手招きするとタミはそれを無視してサッチ隊長の所へ走って行きやがった。あの野郎……!一発プラスだ!後で絶対殴ってやる!
「サッチさーん、要らない服ちょうだーい」
「着てる服剥ぎ取って構わねぇよい」
「ちょ、何で俺の代わりにお前が答えんの!? そんでもってお前は何脱がそうとしてんの!?」
「だって良いって言われたし」
「バカ! このバカ! 俺の服脱がして良いのはお色気ムンムンでナイスバディな姉ちゃんだけなんだよ!」
「はいはい、早く脱いでくださーい」
サッチ隊長の言葉を流してスカーフに手を伸ばすタミ。その手を払い落としてタミにデコピンを食らわしたサッチ隊長は、タミの腕を掴んで「ったくもう……ちょっと来なさい!」ってこっちにやって来る。一歩ずれて扉から離れると、二人は船室に行ってしまった。多分服を探すんだろう。タミを連れて行ってくれたのは助かった。きっと、隊長が戻ってくるまでに被害に遭う奴らが沢山出るだろうから。
「ERROR! 俺の古いので良かったら貸してやるよ」
「ホント!? ありがとー!」
エースの言葉にERRORが嬉しそうに笑う。この二人、結局どうなってんだ?まぁ、見てる分には楽しいから良いけど。ビショビショのエースと一緒にERRORも船室に戻ってく。あぁ……エース……中まで汚す気か、そうか……あぁ……俺らの努力………。
零れそうになる溜息を何とか飲み込んで空を見上げる。ホントに奇妙な海域だ。この雨、浴びても平気なんだろうな?変な病気とかなんないよな?さすがグランドライン、何でもアリ過ぎて怖い。けど、怖いと思いながらも楽しいと思うのは俺が好奇心旺盛な海賊である証拠だ。
暫くして、服をもらいに行ったタミ達が戻って来た。タミはサッチ隊長のコック服で、ERRORはエースのシャツ。どうでも良いが、二人とも下に穿いてるのが短いから、ちょっと……。隊長達の服は当然ながらタミやERRORにはでかくて、膝のちょっと上くらいまである。自分の惚れた女にそんな格好されたら堪んねぇよなぁ。エース、顔赤いぞ。火出てんぞ。雨で消火されてるけど。
「よっしゃ! 遊ぶぞー!!」
「おー!」
タミとERRORが意気揚々と甲板に走って行く。おーおー、元気だな。風邪引くなよー。
「サッチさんも遊ぼー!」
「アホか。ダメになる服は一枚で十分だっつーの」
「えー、」
頬を膨らませながらも、服をもらったからか無理強いしないタミ。何だ、ちょっとは考える頭があったんだな。そんな事を思ってたらまたタミと目が合う。嫌な予感がした。
「ねぇ、ロナン君も――」
「全力で断る」
「えーー!!」
「お気に入りだっつったろ。この服がダメになったら困る――って何やってんだ!!」
俺に向かって駆けてきたタミにこの服がいかに俺のお気に入りかを説こうとしてた俺は、飛びかかってきたタミを避けられずに抱きつかれた。
「ちょ、俺の服ううぅぅぅ!!」
「ぶははは! これで遊ぶしかなくなっちゃったねー!! さぁいざ行かん!!」
「何が『いざ行かん』だ!! てめぇ! 待ちやがれ!!!」
何が何でも殴ってやると心に決めて、俺も雨の中に飛び出す。足場が濡れてるとか滑りやすいとか考えてられっか!!五発は殴ってやると心に決めてタミを追いかけ回す。
「オーホホホ! 捕まえてごらんなさーい!」
「この野郎! 十発殴ってやる!!」
隊長達に扱かれてそれなりに体力のついたタミだが、俺に敵うはずもない。時々滑る甲板に足を取られながらも呆気なくタミを捕まえた俺はその身体を投げ飛ばしてやった。
「うぎゃああああぁぁ!!」
「あ、ヤベ」
悲鳴を上げながら飛んでいくタミの身体。ちょっと力を入れすぎたらしい。海に放り出されそうになったタミを助けたのはサッチ隊長だった。
「あっぶねぇなぁ」
「サッチさーん! ありがとー!!」
「あー、すんませんサッチ隊長」
「ったく、俺の服まで汚れちまったじゃねぇか」
リーゼントが緑色の雨に打たれて奇妙な色になっていくのを眺めながら頭を掻く。まぁ、良いか。サッチ隊長も楽しそうだし。服も汚れちまったし、こうなったら俺も遊んでやる!!船室から他の奴らも出てきて大人数で雨に打たれながら騒ぎ始めた。
「はぁー、ちょっと休憩……」
散々遊んで満足した俺は最初に立っていたトコに座り込んで髪を掻き上げた。あーあ、これ洗濯したら色落ちるか?お気に入りの服は色んな色が混ざり合って奇妙な色になっていた。足を投げ出して後ろに手を付きながら騒ぎ続ける奴らを眺めてると、ERRORとタミの姿が目に止まった。所謂、彼シャツ状態の二人もびしょ濡れで、ERRORが着てるエースのシャツは薄手だから肌に張り付いてちょっと……うん。ERRORのシャツ程ではないけどタミの着てるコック服もそれなりに身体に張り付いてるし。さっきから他の奴らがチラチラ見てる事には気付いていないらしい。隊長達は気付いてるのかいないのか……。
「リサは行かねぇのかい?」
マルコ隊長の声が聞こえて振り向きそうになったのを何とか堪えて耳だけを傾ける。どうやら隊長はリサさんに自分のシャツを貸したいらしい。
「さすがに、こういうのではしゃぐ歳じゃないですよ」
きっと苦笑してるんだろうリサさんの答えに心の中で合掌。マルコ隊長、ご愁傷様です。
「それに、もうそろそろこの海域抜けるんじゃないですか?」
空を見上げてるのか、リサさんがそう言うとマルコ隊長も「そうだねい」なんて気の抜けた返事。結構落ち込んでるらしい。この人意外と可愛いな、なんて思ったのは内緒だ。天下の白ひげ海賊団の一番隊隊長がこんな人だったなんて、俺だってビックリだ。
「あ、また色が変わった」
リサさんの言葉に甲板を見ると、どうやら降ってきたのは白っぽい雨。そういや、この色は初めてだな。甲板が乳白色に染められていく。
「ぶわっ、口に入った!」
タミのそんな声が聞こえて、俺の目は自然とタミを探す。すぐに見つかったタミを見た瞬間、思考が止まった。ちょっと待て。さすがに顔にそれはマズイだろ……!
「もうすぐ雨止みそうだねー」
空を見上げながらERRORが笑う。ちょっと待って!顔上げたら駄目だから!
「あ、別に味はしないんだー。白いから練乳の味とかすると思ったのに」
あー、と口を開けて雨の味を確かめるタミ。だから止めろって!!
「ホントだー、甘くない」
タミにつられて唇についた雨を舐め取って顔を顰めるERROR。
「「ストーーップ!!!」」
揃って声を上げたのはサッチ隊長とエース。
「ちょ、おまっ、早く中戻れ!! 今すぐ!!」
「え? 何で?」
「ダメ! それはダメッ!!」
「えー?」
隊長二人に腕を引かれて渋々船室に戻って行くタミとERROR。甲板ではチラホラと前屈みになってる奴ら。おい、お前ら。さすがにそれは無ェだろ。マズイとは思うけど反応はしねぇよさすがに。サッチ隊長とエースは前屈みだったけど。
「平和だねぇ」
ERRORとタミのおかげで前屈みになってる奴らとか堪らずに甲板殴ってる奴らを眺めながら、俺は自分の隊の隊長の最近の口癖を口にする。そこに飛び込んだリサさんの声。
「ホントだ、味しないんですね」
手だけを外に出して乳白色の雨を受け、ぺろりと舐めながらリサさんが呟いていた。
「っ、な、にやって……!」
「? どうしたんですか?」
慌てるマルコ隊長と首を傾げるリサさん。俺は少し前に心の中で呟いた言葉をもう一度繰り返した。
マルコ隊長、ご愁傷様です。