04


「オラオラ! もっと走れー!」
「鬼イイィィィッ!!」
「ンな、ちんたら走ってたら日が暮れちまうぞー!」
「これが全速力じゃこんにゃろー!!」

サッチさんのスパルタな指導に文句を言いながらも一生懸命頑張っているタミちゃん。約束の三ヶ月まであと二ヶ月しかないけど、乗船時からあまり変わったようには見えない。この間サッチさんを助ける為に海に飛び込んだのを見る限りだと、泳ぐのは得意みたいだけど……。

「うーん、確かにこういうのはセンスってモンもあるけどさ……」

隣のERRORも同じ事を思ってたのか、難しい顔で呟いている。

「時間が短すぎるのが一番だよねぇ、アタシらが強くなれたのはそれなりに時間かけたからだし……」
「そうだね……運動神経が悪いって訳じゃ無いみたいだけど……」

運動と戦いは違う。結局は、生き残る為に他人を切り捨てる覚悟があるかどうか。あの島で平和に暮らしていたっていうタミちゃんにはちょっとピンとこないかもしれないし、それが分かってるからマルコさんも反対してるんだと思う。

「いっそ、敵襲が来たら良いんじゃないかな」
「それはそうかもだけど……でも、戦わずに済むんならその方が良いよ。アタシ、戦うのは嫌いじゃないけど好きでもないし……皆で楽しく過ごせたらそれで良い」
「そりゃ、私だってそうだよ。ただ、タミちゃんの意識を変えるにはそれが一番てっとり早いかなって思わない?」
「それは、まぁ……そうだけど……」

人が死ぬ所を見たくないのか、殺したくないのか。それとも、タミちゃんにそんな場面を見せたくないのか。

難しい顔で言い淀むERRORに、私はほんの少しだけ俯いて笑った。多分、今の私は情けない顔をしてるかもしれない。

時々、自分が物凄く穢いものに思えてならない。元々綺麗だなんて思ってはいないけれど、この世に存在する全てのものが自分より綺麗なんじゃないかって思ってしまう。生い立ちの所為か、根本的な考え方の問題か。

ERRORは、とても綺麗だ。私の娘とは思えないくらい、綺麗で優しくて温かい。誰かを手にかけても汚れない。私とは大違い。それが凄く嬉しい。ERRORが私みたいにならなくてホッとしている。でも、もしかしたら……たまに、嫉妬しているのかもしれない。そして、そう考えてしまう自分が更に穢く思えて気持ち悪くなる。

羨んでも仕方が無いのに。過去を嘆いても仕方が無いのに。

『出来損ない』

『要らない』

その言葉がこびり付いて離れない。吹っ切れたはずなのに。誰に何と言われても、何とも思わないはずなのに。一度こびり付いてしまったものは中々落とせるものじゃないみたいだ。

「リサ? どうしたの?」

顔を上げると首を傾げるERRORの可愛い顔。穢れを知らない顔。それが嬉しくて堪らない。この子が穢れるなんて、あってはならない。

「ねぇ、ERROR
「ん?」
ERRORは、綺麗だね」
「……は?」

素っ頓狂な声を出すERRORも可愛い。何をしてても可愛い。

「いや、何言ってんの。こんな事言ったら娘バカだって言われるけど、リサの方が綺麗だよ?」
「ううん、ERRORが綺麗」
「だからー、」
「私にとっては、ERRORが一番綺麗」

この世に存在する全てのものよりも。ERRORが変わらずにいてくれる限り、私はこうして笑っていられる気がする。ERRORがいてくれるから、私はここにいても良いんだって思える。

「だいすきだよ」
「………アタシも、」

照れ臭そうに笑いながら、ERRORが笑ってくれる。ERRORが笑ってくれるだけで良い。何もいらない。今まではそう思ってた。

「相変わらず仲が良いねい」

振り返ると、何処か呆れたような顔で、でも優しい顔で私達を見下ろしているマルコさんがいた。

「羨ましいですか?」

そう尋ねながら笑いかけると一瞬丸くした目を優しく細めて、「そうだねい」なんて笑ってくれる。

「少し妬けちまうよい」
「マルコさんとも、仲良しですよ」
「そりゃ、ありがてぇ」
「……何か、会話がバカップルっぽいんだけど」

そんなERRORの言葉にマルコさんと顔を見合わせて笑う。

ERRORだけで良いと思ってた。ERRORだけがいれば良いと思ってた。ERRORが幸せならそれで良いと思ってた。笑っていてくれれば、それだけで。

けど、この人達に会って。この人達も幸せになってくれたら、なんて思うようになった。この人達と一緒にいたいと思うようになった。皆で笑っていたいって、そう思えるようになった。

嫌われたくないって、そう思うようになってしまった。

「大好きですよ、マルコさん」
「――は、え?」
「ホントに!?」

動揺してるマルコさんとERRORが何だか可笑しくて、少しだけ声を上げて笑った。

「大好きだよ?」
「リサ、ホントに――」
「だーい好きです」

少しだけ顔が赤くなってるマルコさんに笑いかけて、タミちゃん達の所に向かう。私達の声が聞こえてたのか、ポカンとしてる二人にも笑いかけた。

「サッチさんも、だーい好きです」
「あ、え!? 俺!?」
「タミちゃんも。この船の人達は、みーんな大好きですよ」
「私もリサだいすきー!」

両手を挙げてそう言ってくれるタミちゃんの前にしゃがみ込んで、頭を撫でた。ポカンとしてるタミちゃんが何だか可愛くて、また小さく声を上げて笑った。

「みんな、だいすき」

私がここにいる事を許してくれるから。私が笑う事を許してくれるから。私の事を認めてくれるから。私の事を、好きだって笑ってくれるから。

泣きたいくらい、大好きなの。

私はもう、ひとりじゃない。

夕飯の準備をする為に食堂に向かった私は、落ち込んでるマルコさんをERRORが慰めてる事は気が付かなかった。