02


「え? タミ戦えないの?」
「そーなんだよ、困ったよねぇ」

目を丸くするERRORに、タミはケラケラと笑って頷いた。困ってるようには全く見えない。

「でも、じゃあどうやって乗る事になったの? というか、どうしてこの船に乗ろうと思ったの?」
「んー? まぁ……アレだよ、使命感みたいな」
「はい?」

「使命感って何?」て首を傾げるERRORちゃんに、タミは数日前オヤジの部屋でオヤジと俺ら隊長達に熱弁した話をもう一度語り始めた。それと同時に、俺は数日前を振り返り始めた。

あの日、初めて上陸した島に意気揚々と降りた俺は、リサちゃん達が住んでいた島と同じくらいのどかな町に正直ガッカリした。のどかって事はつまり、なーんにも無いって事だ。綺麗な姉ちゃんがいる酒場も無いし、そういう宿も無い。平和平和。平和すぎる町。それはそれで良いんだけど、俺としてはそろそろ綺麗な姉ちゃんとアハンウフンな事をしたかったというか……。

まぁ、とにかく。下がりきったテンションでもって町の中を歩いてた俺は、ある家から怒鳴り声みたいなものが聞こえてきて足を止めた。見たとこフツーの一軒家。けど、家の中から聞こえる怒鳴り声は、外にいる俺でさえ耳を塞ぎたくなるような大音量。しかもそれが婆さんの声だってんだから好奇心ってものが湧いてきて。

「このクソジジイ!! アンタが嘘八百ベラベラ並べてきたからそこのクソガキが信じ込んじまって、あの子に要らん事ガンガン吹き込んだんだろうが!!!」
「うっさいわい! このクソババア!! 男は夢持ってなんぼだって昔っから言っとるじゃろうが!!」
「ハッ! 海出た途端ぎっくり腰になって帰ってきた耄碌ジジイが夢なんてほざきよる! 片腹痛いわ!!」
「ま、まぁまぁ……ホラ、親父もお袋も落ち着いて、な? どうせすぐ戻って来るさ。アイツがいくら乗りたいって言ったって、向こうが相手にするとは思えないだろ? 何てったって、白ひげ海賊団だ。戦う事も出来ない女が乗せてもらえる訳無いさ」
「黙れクソガキ!! 男は狼って何千年も昔っから決まってんだよ! 色気もへったくれも無いあの子でも陸に着くまでのつなぎだってペロッと食われちまうかもしれないじゃないか!!」

とんでもねぇ事を大声で叫ぶ婆さんだった。うん。話を聞く限りだと、どうやらじいさんと息子の所為でタミとかいう色気もへったくれも無いらしい女が俺らの船に乗りたがってるらしかった。ちょっと気になったし、町には特別俺の気を引くものも無かったから船に戻ってそのタミってのを見てみようと思った。
そんで、船に着いた俺が見たのは船員にしがみ付いてる若い女。確かイゾウんトコの隊員だ。

「イーじゃん! 早く呼んでよー!」
「だぁから! 俺は忙しいんだっつーの! 他行け!!」
「他に人いないじゃん! 早く隊長呼べー! オヤジさんに会わせろーー!! この船に乗せてよー!!」

あぁ、あれがタミか。確かに色気もへったくれもねぇなって考えてたら、タミにしがみ付かれてる隊員が俺に気付いて顔を輝かせた。

「サッチ隊長!! 良いところに……っ!!」

隊長って言葉に反応してタミが顔を輝かせて俺を見る――けど、それはすぐに顰め面に変わった。

「ちょっとお兄さん! バカ言わないでよ! あれが隊長? 私は騙されないからね!」
「バカ! 隊長だっつーの! 四番隊のサッチ隊長だ!!」
「あんな時代遅れのリーゼントが隊長になれるか! 隊長舐めんなコノヤロー!!」
「あんな時代遅れのリーゼントでも隊長なんだよ!! 白ひげ海賊団舐めんなコノヤロー!!」
「よし。取り敢えずお前ら一発ずつ殴らせろ」

イゾウんトコの隊員に容赦なく拳骨を落として、タミと思しき女の額を軽く指で弾く。小さく上がった「痛ッ」て声と非難の目は無視だ。

「で、君がタミ?」
「へ? 何で知ってんの?」
「隊長! こいつこの船に乗せろってしつこくって……!」
「あー、分かった分かった。後は俺がやるから行って良いぞ」

こちらをチラチラ振り返りながら船に戻ってく隊員にヒラヒラ手を振ってタミを見下ろす。タミは相変わらず「隊長呼べコノヤロー!」とか「白ひげ入れてよバカー!」とか叫んでる。

「なぁ、お前戦えねぇんだろ?」
「うん」
「何でこの船乗りてぇんだ?」
「好きだから」

たった一言。どうしようもないくらい単純な理由だった。

「海賊船だぞ。戦えない奴ァ無理だ」
「じゃあ戦えるようにして! この船で鍛えて!」
「女だって殆どいねぇし」
「平気!」
「自分の身も護れない女なんて、女に飢えた男達の餌食だぞ?」
「この船の人達はそんな事しないから大丈夫!」
「あのな……」
「だって、父さんもじいちゃんも言ってたもん! 白ひげ海賊団は世界一で、白ひげは仁義を通すカッコイイ男だって! そんな男が息子って呼ぶ人達が私みたいな無力な女を襲ったりしないよ!!」

そこまで盲目的に信用されても困るが、オヤジの事を褒められるのは息子の俺としては嬉しいもので。まぁ、出航まで時間があるし、そこまで会いてぇってんなら一目会わせてやるくらいなら構わないか。そう思ってタミをオヤジの所に連れてった。

それが間違いだったんだけどな。

オヤジの部屋に行ったらマルコがいて、俺の後ろにいたタミを見て盛大に顔を顰めていた。

「おい、何だよいその女は」
「あー……何つーか、」
「グラララ、何だサッチ。お前ェも嫁を連れて来たのか」
「は!? 違ぇって! コイツはオヤジに会いてぇって――って、おい!」

オヤジの勘違いを正そうと俺が慌てて口を開いた所で、後ろにいたタミが駆け出した。突然の事に驚きながらもマルコがタミの腕を掴んで止めると、タミはそれでもオヤジに向かって何とか駆け出そうと暴れていた。

「テメェ! 何のつもりだよい!」
「はーなーしーてー! 折角会えたんだから近くで見たって良いでしょー!?」
「ハァ!? 何意味の分かんねぇ事――って、何してんだよい!」

マルコの腕を必死に逃れようとしていたタミが突然マルコに抱きついた。驚く俺らを余所に、タミは驚いて一瞬力を抜いたマルコの腕を振り払ってオヤジに突っ込んでって――脚にしがみ付いた。船の前でイゾウんトコの隊員にそうしてたように、必死にしがみ付いてた。

「オーヤージーさーーん!! 会いたかったー!!」
「テメェ! 何してやがる! とっととオヤジから離れろい!!」
「いーやー!!」
「おいサッチ、コイツァ何だ?」

まるで木にしがみ付いて生息している動物のようにリサがしがみ付いたままの脚を軽く振ると、それに合わせて「うおー、ゆーれーるー!」と呑気な声を出しながら楽しんでいるタミの笑顔が見えた。

「あー……何か、オヤジに憧れてるらしいぜ」
「オヤジさんー! 私もこの船に乗りたいです!!」
「名前は?」
「タミです! 二十三歳!」

オヤジの問いに満面の笑みで答えるタミは、まだオヤジの脚にしがみ付いたまま。マルコの機嫌が悪くなってんのはこれの所為もあると思う、つーか、これが一番だろ。

「とっとと離れろい」
「仲間に入れてくれますか!?」
「バカ言ってんじゃねぇ! お前に何が出来るってんだよい!!」
「何も出来ません!!!」

マルコの怒声に負けないくらい大声を出したタミの返事は、潔すぎて笑いそうになった。笑ったらとばっちりを食らうと思って必死に堪えてたら、オヤジが笑い出した。

「グララララ! 随分と潔い奴じゃねぇか」
「この船で強くなります! そこのリーゼントのオッサンが鍛えてくれるって言ったもん!」
「ちょ、お前何言ってんだ!? つーかオッサン言うな!!」
「オヤジさんの船に乗りたいんです! 父ちゃんもじーちゃんも白ひげ海賊団は最高だって言ってたんです! もー、生まれた時からずーーーーーっと聞かされ続けてたんです! こうなったら私が白ひげ海賊団入らなきゃダメですよね!!?」
「いや、意味分かんねぇ」

思わず突っ込んだけどタミは聞いちゃいねぇ。とどのつまり、父親と爺さんが果たせなかった野望を自分が叶えようと、そういう事らしい。無謀すぎる。

「とっととオヤジから離れろい! んでもって家に帰れ!!」
「ヤダ!! だってもうこの船に乗るって行って家出てきちゃったもん!! 今更帰るなんて恥ずかしいし、ヤダ!! もう乗っちゃったもん! そこのリーゼントが乗せてくれたもん! 一回乗せたんだから降ろすなーーーーっ!!」
「グララララ! そいつァしょうがねぇな」

オヤジの言葉に、必死にオヤジの脚にしがみ付いてたタミとタミを引き剥がそうとしたマルコがピタリと止まった。オヤジ、まさか……?

「オヤジ……?」
「一度乗せちまったんだ、連れて行くしかねぇだろう」
「な……っ!」
「マジで!?」
「やたーーーーっ!! オヤジさん……いや、オヤジ様!!! 愛してます!!」
「グララララ!」

あの後、マルコにリーゼント折られそうになって必死に逃げ回りながら隊長達集めたなぁ……。数日前のそんな出来事を思い出して遠い目をしてると、こっちも丁度タミの話が終わったらしかった。ERRORちゃんはポカンとしてるし、リサちゃんは苦笑してる。

「………タミ、強者だね」
「そう?」
「だからマルコさんがタミに容赦ないのか……マルコさんオヤジさん好きだもんねー」
「取り敢えず三ヶ月乗って、強くなれなかったら降ろすって言うんだよ! 酷くない!? もー、サッチさん! 早く強くして!!」
「あのなぁ……ちゃんと訓練は付き合ってやってるだろーが。後はタミのセンスとやる気の問題で――」
「やる気はある!! でもセンスが無い!! そういう場合、どうしたら良いの?」
「とっとと諦めろい」

書類を片手にやって来たマルコが馬鹿にしたようにタミに言う。おーおー、こいつ根に持ってやがる。オヤジの脚にしがみ付いた事根に持ってやがる。

「サッチ、次の島での買出しのリスト作っとけよい」
「マルコさん! 私頑張ってるんですよ!? 何で強くなれないんですか!?」
「向いてねぇからだろい」

あぁ、そんなハッキリ言いやがって。泣きそうな顔はしてねぇが、それなりにショックを受けた顔のタミが俯いて拳を握り締めた。そんなタミの拳にリサちゃんの手がそっと乗せられる。

「大丈夫だよ、強くなれるから」
「リサ……」
「私も協力するから、ね?」
「アタシも! 大丈夫だよ、アタシらだって元々は弱かったんだから! 一緒に頑張ろ! ね?」
ERROR……うー……もー、大好きだー!!!」

叫びながらリサに抱きつくタミ。あ、マルコ……。俺は何も見なかった。見てない。見てない。羨ましそうな顔してるマルコなんて見てない。断じて見てない。つーか見たくない。

「次の訓練からは私達も手伝うから」
「スパルタでいくよー!」
「うん! ありがとう!! 絶対強くなってこの船に残ってやるー!!」

三人が仲良くしてんのを見んのは微笑ましくて嫌いじゃねぇが、出来ればマルコがいない時が良いな、って思った俺は多分間違ってない。

「絶ッ対、降ろしてやるよい……!」

夜、マルコの部屋の前を通ったらマルコがそう叫んでるのが聞こえた。