「ERROR、大丈夫か?」
部屋に入るなり、エースの心配そうな顔がアタシの顔を覗き込んできた。
「ん、もう平気……ありがと。ごめんね、迷惑かけちゃって」
「気にすんな」
ポンポンと頭を叩いて、エースがいつもみたいに笑う。その笑顔でアタシがどれだけ救われてるのかきっと知らないんだろうなぁ。
初めて人を殺した感触は消えなくて、手にこびり付いてる赤に顔を顰めた。洗ってくれば良かった。
「なぁ、」
「あのね、エース。アタシ、酷い奴なんだよ」
エースの言葉を遮って出した声は嫌に明るくて、何だか気持ち悪かった。
「凄く、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「だって、もうリサ一人に押し付けなくて済むから」
エースは何も言わないでアタシを見てる。
「あの島に行くまで、色んな島に行ったの。安心して暮らせる島を探して、リサは小さかったアタシを連れて一人で頑張ってた」
物心ついてから今日までの全てを覚えてる訳じゃない。忘れてる事だって沢山あると思う。アタシはいつだってリサに護られてて、リサはいつだって一人で辛い思いをしながらアタシを育ててくれた。
「何回も、人を殺すリサを見たの。アタシ達を売り飛ばそうとする奴らはいっぱいいたから……リサはいつだってアタシを護って、殺してきたの。アタシに危険が及ばないように、容赦なく殺してきた。生きてたらまた来るかもしれないから、確実に殺してきた」
「………ERROR、」
「アタシ、いつだってリサの背中を見てた。リサが一人で血を浴びるのを見てた。何も出来なくて、それが嫌で強くなったのに、リサはアタシには誰も殺させなかった。アタシも一緒に戦わせてくれるようになったけど、止めを刺すのはいつだってリサだった」
殺す瞬間のリサの顔は忘れない。忘れちゃダメだって焼き付けた。アタシの為に殺してきた。敵も、自分の心も。アタシはリサを犠牲にして生きてきた。
「きっと、リサも怖かったよね。初めて人を殺した時、すごく怖かったよね。でもね、リサはアタシの前で泣いたりしなかった。島を出る時に初めて見たの、リサが泣いたところ」
いつだってアタシの事を想ってくれて、いつだってアタシの為だけに生きてきた。あの時、アタシの為にヒドイ事を言ってるんだって分かってたんだよ。アタシの為に、憎まれ役を買って出てくれたって、ちゃんと分かってた。分かってたから、すごく悲しかった。
アタシは、リサを護る事が出来ない。護られる事しか出来ない。リサを護りたくて強くなったのに。腕っ節が強くなったって、心は弱いままだった。アタシは、強くなんかなかった。
初めて人を殺して、気持ち悪さに目眩がした。リサはどんな想いだったんだろうって考えたら吐き気がした。目の前が真っ暗になって、何も分からなくなりそうだった。ただ、アタシを護る為に敵を殺す瞬間のリサの顔だけが焼き付いて離れなかった。
「エースが助けてくれなかったら、きっとアタシ、堕ちてた。全部分かんなくなって、ぐちゃぐちゃになってた………ありがとう、助けてくれて」
少しだけ泣きそうな顔で、エースがぎこちなく笑ってくれたから、アタシも笑顔を返した。
『助けてくれて、ありがとう』
アタシも、そう言えば良かった。あの頃は何も言えなかった。何て言ったら良いのか分からなかった。ただ、リサにしがみ付いて泣いてた。いつも、アタシの為に『誰か』の生命を奪ったリサに抱き付いて泣いてた。リサが消えてしまうような気がして、怖くて泣いてた。アタシは、いつだって自分の事しか考えてなかった。
「……俺はリサじゃねぇから、」
アタシを抱きしめながらエースが言う。少しだけ熱い掌がアタシの頭を優しく撫でるから、何だか心地良くて目を閉じた。
「けど、リサもERRORに助けられてると思うぜ。ERRORにとってリサはスゲェ大切なんだろ? 同じくらい、リサにとってもERRORは大切だろ? なら、ERRORがいて良かったって思ってるはずだ」
「……うん」
「重荷なんかじゃねぇよ。背負いたくて背負ってんだ」
「うん」
「ERRORはERRORのやり方でリサを助けてやりゃあ良いじゃねぇか。無理して殺す必要なんかねぇ。お前が出来ねぇんなら、俺がやってやる。自由に生きようぜ」
『俺らは、海賊だ』
いつもみたいに笑ってそう言ってくれるエース。温かくて、大きくて、優しい。
「リサを、護りたい」
「おう」
「エースも、皆も、護りたい」
「おう」
「ずっと、皆で笑っていたい」
「おう!」
「皆、だいすき」
「………そこは『エース』って言えよ」
アタシを抱きしめながら、エースが少しだけ拗ねた声を出す。何だかおかしくって、小さく笑った。
「うん、エースもすき」
「……ホントか?」
「サッチさんもすき」
「………」
「マルコさんもすき」
「………」
「オヤジさんも、他の皆もすき」
「・・・」
「リサ――」
「あー、もういい! どうせ『リサが一番すき』とか言うんだろ!」
「おぉ、よく分かったね」
「うっせーよ! バカ! ERROR、バカ!」
すっかり拗ねちゃったエースに笑いがこみ上げる。拗ねてるくせに、放してくれないエースは何だか小さな子どもみたいだ。アタシより歳上なのに。
「エース」
「何だよ」
「すきだよ」
「っ、」
「多分」
「多分かよ!」
今度こそ、声を上げて笑った。