「お願いがあるんですけど、良いですか?」
三日ぶりに店に顔を出した俺にリサが囁いたのが昨日の夜。買い出しの荷物持ちすら遠慮しようとするリサからの『お願い』が何かと問い返せば、返ってきたのはオヤジと話をしたいというものだった。しかも、内密にときた。オヤジへの用件を問いてみたが、直接話したいからと教えてはくれなかった。
「あ、でもその場にマルコさんもいてくださると助かります」
オヤジに会うまでは話せないというリサ。俺にもいて欲しいっていうのがよく分からねぇが、リサがオヤジに危害を加える事はねぇだろうし、何より、リサの『お願い』を無下にする事もしたくねぇ。
「――分かった」
「ありがとうございます」
そんでもって、今この船長室にいるのはオヤジと俺とリサの三人。朝の買い出しを終えて船に戻って来た俺と、朝早くに船にやって来たリサを目撃した数人のクルー達が驚いていたが、無視してオヤジの元にやって来た。
「朝早くにすみません」
「グララララ! 構わねぇ、俺に話があるそうだな?」
「はい、その……船長さんにお願いがあるんです――」
躊躇いがちに泳がせていた視線をオヤジに留め、深呼吸を一つ。リサの口がゆっくり開いた――。
「お、マルコ! リサちゃんが来てるんだって?」
オヤジの部屋の前に立っているとサッチが興奮した様子で駆け寄ってきた。いつものように綺麗にに作られたリーゼントが揺れている。
「あぁ、今中でオヤジと話してるよい」
「オヤジと? 何の話だ?」
「さぁな」
さっきの話は「誰にも言うんじゃねぇぞ」ってオヤジが言ったから黙ってるが、今オヤジとリサが何を話してるかは俺も分からない。もう一つ話さなきゃなんねぇ事があるって言ったリサが俺を気にしてるようだったから部屋を出てきた。「すみません」って謝るリサに、それでも少しばかり怒りが芽生えたのは仕方ねぇ事だ。
リサに隠し事をされた事に苛立ってんのか、邪魔者扱いされた事に苛立ってんのか、オヤジと二人きりって状況に苛立ってんのかは判断がつかねぇが。
「何だ、聞こえねぇのか?」
「盗み聞きはしねぇ」
聞かれたくないってんなら聞かねぇ。意地でも聞かねぇ。リサが自分から言ってくれるまで待つつもりだ。
「俺ァ人払いを頼まれてるだけだい。お前みてぇな邪魔者が来ねぇように」
中からは時折オヤジの笑い声が聞こえてくる。「そうか、そりゃ面白ぇ」って声はデカ過ぎて聞こえたが、そりゃ不可抗力だ。二人がどんな面白ェ話をしてるのか想像もつかねぇ。
「邪魔者、ってこの場合マルコも邪魔も――ぐはあっ!」
「死にてぇんなら早く言えよい。さっさと楽にしてやらァ」
命懸けでボケるリーゼントを蹴り飛ばして舌打ちを一つ零す。その時、俺の後ろの扉がゆっくり開いた。
「あの……すみませんでした、ありがとうございます」
「もう良いのかい?」
「はい、お話は済みましたから………あの、サッチさん……大丈夫ですか?」
壁に激突して倒れてるリーゼントを気遣うリサに「いつもの事だい」と答えて船長室の扉を大きく開けた。
「オヤジ、リサを送って来るよい」
「あぁ、行って来い。グララララ!」
何が面白いのか、オヤジが俺を見て笑う。何の話をしてたんだ?俺の話なのか?ほんの少しばかり期待しちまうのも仕方ねぇ事だと思う。リサを見ると、ほんの少しだけ困ったように微笑んでいた。
「えと……じゃあ、お願いします」
「あぁ、行くよい」
床に這い蹲って呻いてるリーゼントを踏んで(気持ち悪ィ悲鳴が上がった)廊下を進み、甲板へ出るとエースが驚いた顔で駆け寄ってきた。
「マルコ! リサ! 今、リサが来てるって聞いたんだ! ERRORは一緒じゃねぇのか?」
「買い出し終わってそのままこっち来たんだよい。今から家に送るトコだい」
「何かあったのか?」
「オヤジに用があってな。もう済んだ」
「オヤジに? ……あ! もしかしてお前らくっついたのか!?」
「何だ何だ、そっかぁ! おめでとう!!」と勘違いを炸裂させるエース。その勘違いが本当だったら俺ァもっと笑ってると思うんだが、どうやら目の前で朗らかに笑う末弟は気付けねぇらしい。
「あ、違うの。その……私が船長さんに用があって………マルコさんは連れて来てくれただけなの」
否定された俺のこの惨めな気持ちに気付いて欲しいような欲しくないような。間違いなく、目の前にいる馬鹿野郎は気付いたみてェだがな。散々おめでとうって笑った事が後ろめたいのか、俺から視線を逸らして汗掻いてやがる。後で覚えとけエース。
「あー……そっか! じ、じゃあ、ホラ! 早く送ってってやんねぇとな! な、マルコ!」
「………あぁ」
エースを睨む事を忘れずに、リサと共にタラップを降りて家へ向かう。
「あの……すみませんでした」
「ん?」
「さっきのエース君の……勘違いさせちゃったから……」
俺が苛立ってる理由が勘違いされた事だと思ってるらしいリサが「ごめんなさい」と頭を下げる。
「……そんな事で怒ったりしねぇよい」
「でも……えと……」
「悪かった、何でもねぇんだ。リサが気にする事は何一つねぇよい」
それでもまだ気にした様子のリサの頭に手を置いてくしゃくしゃと撫でてやる。手触りの良いふわふわした髪に自然と笑みを零すと、漸く安心したのかリサも表情を緩ませた。
「良かった……私の『お願い』で怒らせちゃったのかと思って……」
「怒る訳ねぇだろい。行くぞい」
ポンポンと頭を軽く叩いて手を下ろす。名残惜しいが、いつまでもそんな事してたら色々とマズい。他愛ない話に花を咲かせながら、俺とリサはERRORの待つ家へと向かった。