04


日がすっかり沈み、俺らはまた昼間の飯屋にいた。小さな町の小さな飯屋であるにも拘らず、酒も十分揃えてあるこの店の店員は十六歳のERRORと、その母親のリサの二人きり。海賊達もしばしばやって来るこの島唯一の店とくりゃあ危険もたっぷりだが、どうやらERRORはそこらの海賊より強いらしい。

「スゲェ美味い飯屋があるんだぜ!」というエースの言葉とサッチの「従業員の女の子がメチャメチャ可愛い!!」という前振りのおかげで期待に目を輝かせていた船員達は、期待が裏切られる事が無かった事に喜んでいつも以上に高いテンションで酒を呷っては騒いでいる。煩いったらねぇ。こういうのも嫌いじゃないが――むしろ好きな方だが――、たまには静かに飲みたい時もある。そんな訳で、俺は煩ぇ奴らから離れて一人カウンターで酒を呷ってる。

ERRORー! こっち酒頼むー!」
「はいはーい!」

店の中を小走りで駆け回りながらERRORが返事をする。新しい酒をエースの元へ運んで、エースと何やら話している。昼間、あの後店を出てから町をぶらぶらしていたらERRORに会って暫く一緒にいたってエースが言ってたっけか。歳は然程離れてないみてぇだが、陸の女に惚れるのはマズイ気がしなくもない。

まぁ、それは俺自身にも言える事なんだが。

チラリと厨房の方に目をやると、奥の方でリサが飯を作ってるのが見える。薄っすらと汗の滲んだ横顔すらよく見えるんだから、もしかしたらエースより俺の方がヤベェかもしれねぇ。

「えーっと……、おかわりします?」

いつの間にか傍に立っていたERRORが俺のジョッキを指す。いつの間にか酒は空になっていた。

「あぁ、頼む」
「同じので良いですか?」
「あぁ」

人懐こい笑みを浮かべてERRORが酒を取りに行く。そういやァ、名前言ってなかったか。さっきのは名前が分かんなくてどう呼んだら良いか分かんなかったのだろう。

「はい、ドーゾ!」
「ありがとよい。俺ァ、マルコだ」

キョトンと目を丸くしてから、ERRORが満面に笑みを浮かべた。

「やっと名前分かりました!」
「言ってなかったってさっき気付いたよい。悪かったなぁ」
「いえいえ、ごゆっくりドーゾ! あ、零さないように気を付けてくださいね」
「バカにしてんのかい?」

突然何を言い出すんだと尋ねてみれば、ERRORはニンマリと口端を上げながら顔を近付けて俺だけに聞こえるように囁いた。

「リサの事ばっかり見てたから」
「………別に、」
「あはは! 大丈夫、内緒にしとくから!」

別のテーブルから注文の声がかかり、そっちに走って行くERROR。それにしても、他人から見ても分かるほど俺はリサを見てたのか、と少しだけ照れ臭くなった。どうでも良いが、他の奴らには気付かれてねぇだろうな?

「お待たせしました」

コトリと目の前に置かれた皿と、目の前に細い腕。少し顔を上げれば、リサが微笑みながら立っていた。そういや、あれを注文したのは俺だったか。

「あぁ、ありがとよい」
「申し訳無いんですが、食材の方が切れちゃって……」

まぁ、そうだろうなと答えながらエースの方を見遣る。アイツのテーブルには大量の皿が積まれていた。

「悪かったなぁ、疲れたろい」
「いえ、一度にこんなに注文されたのは初めてだったのでビックリしたけど……楽しかったです」

そう言って笑うリサに自然と俺も笑みを浮かべる。

「リサー! ごめん、お酒お願い!」
「はーい」

ERRORの声に返事をして酒の準備をするリサ。離れていく姿を何となく見つめていると、隣にやって来たサッチがニヤリとムカつく笑いを浮かべていた。

「リサちゃん可愛いなぁ」
「お前が言うと気色悪ィよい」
「酷ぇなぁ。なぁ、気になんねーの?」
「あ?」
「リサちゃんとERRORちゃんの二人で店やってんだろ? 旦那は何してんのか」

気にならない訳ではない――むしろ、凄く気になる――が、サッチに聞かれて素直にYESと答える程バカでもねぇ。適当に流しておく事にしたが、どう受け取ったのかサッチは「だろ? 気になるだろ!?」なんて興奮気味に笑っている。気色悪ィ。

「コブ付きはご免じゃなかったのかい」
「リサちゃんなら全然アリだ! でもERRORちゃんも可愛いしなぁ」

しまりのない顔でリサとERRORを見遣る変態リーゼント。つーか、

ERRORに手ェ出したらエースに殺されんだろい」
「は!?」
「見てりゃ分かんだろい」

何かとERRORに話しかけるエース。顔が赤いのは酒の所為だろうが、その笑顔を見りゃぁ誰でも分かる。

「んだよー……まぁ、ERRORちゃんは歳が離れ過ぎてるしなぁ。やっぱリサちゃんか」
「手ェ出したらそのリーゼント切り落とす」

無意識に口から零れ落ちた台詞に誰よりも驚いたのは俺だった。サッチは目を丸くしてから本当にムカつく笑みを浮かべて肩を組んで来やがった。本当にうぜぇ。

「そーかそーか、マルコはあーゆう子が好きか」

ニヤニヤ笑うサッチのリーゼントを握り潰してやろうと思って手を伸ばしかけたが、危機を感じたのかサッチが慌てて俺から距離を取る。舌打ちが零れた。

「そーかそーか、とうとうマルコにも春が来たかー」
「めでてぇ頭だな」

海賊が陸の女に惚れてどうすんだよい、なんて呟けば、サッチはさっきよりは少しはマシだと思える――少しだ、少し――顔で笑った。

「良いじゃねぇか、攫っちまえば」
「馬鹿言ってんじゃねぇよい」
「コックで良いだろ? ERRORは戦闘員で。そんならオヤジも反対しねーって」
「本人が行きたがらなかったら意味ねぇだろい」

無理矢理連れて行く事に何の意味があるのか。そんな俺の心の声が聞こえたのか、サッチは声を上げて笑う。あぁ、腹が立つ。

「その気にさせりゃ良い。ログが溜まるまで一週間もあんだぜ?」
「さっきから、何でそんな――」
「馬鹿野郎! むさ苦しい船だけの船が華やぐじゃねぇか!」
「………ナースがいるじゃねぇか」
「アイツらは駄目だ。オヤジばっかで俺らに見向きもしねぇ」
「そりゃお前だけだよい」

コイツ知らねぇのか?ナースの何人かは船員と付き合ってるし、その中の半分くらいが四番隊の隊員だって事気付いてねぇのか?まぁ、わざわざ言ってやる必要もねぇか。一応なりとも応援の言葉をくれたんだ、傷を負わせる必要はねぇ。ただ、ナースに見向きもされないのはお前だけだよい、サッチ。

「とにかく頑張れや」

俺の肩を叩いてサッチが煩いテーブルへと戻って行く。ったく、お節介が。そう毒づきながらも悪い気がしねぇのは、アイツが家族だからか。

「疲れたろい? 休憩がてら一杯どうだい?」

厨房に戻ろうとしたリサに声をかければ、リサはキョトンと目を丸くして――さっきのERRORと同じ顔してやがる――それからふわりと笑った。

「ありがとうございます。じゃあ、これだけ片付けてきますね」

沢山の皿を手に奥へ戻って行ったリサはすぐに戻って来た。その手にはグラスを持っている。俺の隣に座って微笑んだ。

「お疲れさん」
「まだ仕事中なので、お茶ですが……」

この後、俺らが帰ったら大量の食器を洗う破目になるだろう。それを考えたら少しだけ悪い気がしてきた。商売なんだから仕方ねぇ事なのにそう思っちまうのは、そういう事なんだろう。

「何に乾杯します?」
「あ、リサずるい!」

声のする方を見れば、ERRORが「アタシも飲みたい!」と手を上げている。

「ただのお茶だよ」
「アタシも飲む! 休憩休憩! 樽持って来るから各自勝手に注いで!」
「こーら! お客さんなんだから――」
「あぁ、構わねぇよい。お前ら、奥から樽持って来い」
「よっしゃ!」

何人かが立ち上がり樽を探しに行く。リサも慌てて立ち上がったのでそれを引き止めれば、渋々と座り直した。

「ごめんなさい、お客さんなのに……」
「アイツらに一々新しいジョッキで用意してたら店中のジョッキが足りなくなるだろい」
「あー……ははは」

苦笑するリサに、やはり足りなくなってたんだと分かる。きっと、一生懸命洗いながら出してたんだろう。

「金は払うから勝手に飲ませておきゃあ良いよい」
「すみません……」
「二人しかいねぇの分かってて貸し切りにさせてくれっつったのはこっちだ。リサが謝る必要はねぇよい」

そう言えば、リサはもう一度目を丸くさせた。何か変な事言ったか?

「何だい?」
「あ、いや………名前、を……」

視線を泳がせながら躊躇いがちな声が途切れ途切れに聞こえる。

「………少し馴れ馴れしかったかい」

すまねぇな、と続ければ、リサが焦ったように「い、いえ……そうじゃなくて……!」と声を上げた。

「あの………覚えてないと思ったので……」
「? さっきから、ERRORが呼んでるだろい?」

そう答えると、リサはほんの少しだけ苦笑して「そう、ですね……ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。訳が分からねぇ。何だってんだ?

「よっしゃあ! 美味い飯と美味い酒と可愛いERRORちゃんと美人なリサちゃんにカンパーイ!!」

酔っ払ってんのか素面なのか分かんねぇサッチの浮かれた声に、クルー達の「乾杯」という声が続いた。すっかり聞くタイミングを逃した俺は、隣で楽しそうに笑っているリサをチラと見てこっそり溜息を零した。サッチの馬鹿野郎。後で覚えてろい。