マルコはうんざりしていた。
そもそも、白ひげの旧友を訪ねると聞いた時から嫌な予感はしていたのだ。
「アイツは強ェ女が好きでな。リサ連れてきな」
その言葉を聞いた時から、何となくこうなるのではないかと思ってはいた。いつもより女らしさを強調した格好のリサはこの上なく不機嫌で、向かう前から憂鬱だったというのに、白ひげの旧友の家に着いたらそれは更に嵩を増し、漸く家を後にした現在も何故か増し続けているように思える。
「何なんだよい、さっきから」
「髪の毛がうぜぇ」
緩く巻かれた髪が肩にかかるのを鬱陶しそうに払いながら、リサが舌打ちを零す。女らしさの欠片もないその仕草にはもう慣れたものだ。けれど。
「折角女の格好してんだから、少しくらい女らしく振舞えよい」
「んなモン、もっと女らしい奴にしてもらえ」
レイアとかライアとか。返ってきた言葉は可愛くない上に、ここ最近はあまり聞きたくない名前まで上がる始末だ。少し前までは愛しくて堪らなかったはずの彼女は、きっと今頃船で怒り狂っているのだろう。船に帰った後のことを思うと、やはり憂鬱だった。
「はぁ……」
「失礼な奴だな、何だようぜぇ」
「テメェの所為だ」
「はァ?」
実際は半々といった所なのだが、そこは敢えて言うまい。隣で暢気に歩くリサに少しくらい八つ当たりしてもバチは当たらないだろう。自分勝手なことを考えながら歩いていると、漸く街が見えてきた。
「街を通らずに船に戻れねぇのかよ」
「買うモンがあんだよい」
「は、お前の都合かよ!」
「お前が一人で森を抜けて船に戻れるってんならそうすりゃ良かったじゃねぇか」
「あんな地図でどうやって進めってんだ! あのクソジジイの家に着いた事だって奇跡だろうが!」
喚くリサに「じゃあ大人しく歩け」と続ければ、不満げな舌打ちと共にリサが黙り込む。静かになった隣をチラと見下ろせば、いつもは遮るもののない横顔が髪で隠れていて、それだけでそこはかとなく女らしさを醸し出しているように見える。普段のTシャツに短パンという出で立ちも決して男じみてはいないのだが、そう思えてしまうのはやはり髪型と薄く施された化粧の所為なのだろう。
「ちったァ気遣ったってバチ当たんねぇよい」
「んだよいきなり」
「女らしくしてみろって言ってんだ」
「だーからァ!」
嫌そうな顔でマルコを睨んだリサは、抗議することも疲れたのか溜息を一つ零してマルコから視線を逸らした。ふいと背けられた顔は、まるで「お前に何言っても無駄だ」と言っているかのようで、何となく面白くない。マルコは顔を顰めた。
「私が好きな格好して何が悪ィんだよ」
「ハッ、テメェに好きなモンがあんのかよい」
「あァ?」
「全部お嬢様のご命令だろうが」
リサの足がピタリと止まる。数歩先で振り返れば、鋭い視線がマルコを見据えていた。
「お前、うぜぇよ」
吐き捨てられた言葉は温かさの欠片もない。拒絶にも似た言葉を吐き捨てたリサはマルコから視線を逸らして再び歩き出す。どうやらマルコのことは無視することに決めたらしい。
「そうやって逃げんのを止める為にあの島で戦ったんじゃねぇのかよい」
「…………」
「ちったァ自分で考えろい。レイアの命令で好きになったモンが、お前が本当に好きなモンとは限らねぇだろうが」
「…………」
黙り込んだままのリサの隣に並びチラリと見下ろせば、やはり顰め面で。けれど、先程のものとは違い苦いものが混じっているのを見てマルコは僅かに口端を上げた。頭を叩いてやれば「痛ッ!」と小さな声が上がり、再び鋭い視線が飛んでくる。
「てェな! 何しやがる!」
「テメェの好きなモンはテメェで探せっつってんだ」
「うっせぇな! テメェに言われなくたって分かってんだよ!」
「へぇ、そりゃ何よりだ」
「チッ……テメェはそのムカつく性格直せクソが!」
「テメェにだけは言われたくねぇよい」
互いに毒づき合うも、漂う空気は先程に比べて柔らかい。決して良い空気とは言えないというのに、けれど僅かばかり心地よさを覚えてしまったマルコは無意識に表情を和らげた。
「つーか、私ら何の為にあそこ行ったんだ? あのジジイに会うだけか?」
「オヤジの手紙届けて、テキトーに近況報告し合っただろうが」
「私いらなかったじゃねぇか! アイツにムカつく思いさせられただけじゃねぇか!」
「そりゃテメェの鍛錬不足だ。さすがオヤジのダチなだけあるよい、仮にも隊長のお前がガキ扱いされるとはな」
「あー! 思い出しても腹立つ!! そもそも着飾る必要なんて無かったじゃねぇか! 結局女に見られねぇとかあのクソジジイ……!! 目が腐ってんじゃねぇのか!!」
「普通にスカートとか穿けば良かったじゃねぇか。別にテメェのパンツなんか見たって誰も何とも思わねぇよい。お、こんなのどうだ?」
丁度通りかかった店のショーウィンドウを指してマルコが笑う。マネキンが纏う服はレースやフリルがふんだんにあしらわれた愛らしいワンピースで、それを見たリサは盛大に顔を顰めた。
「こんなの、どう考えたって私には合わねぇよ」
「着てみねぇと分からねぇだろ。ちょっくら着て来いよい」
「誰が! テメェが笑いてェだけだろうが!」
「おいおい、人が親切に勧めてやってんのに酷ェ言い草だな」
「口元ヒクヒクさせながら何言ってやがる! 既に笑ってんじゃねぇか!」
叫ぶリサとワンピースとを交互に見て、マルコが沈黙する。次の瞬間、マルコは盛大に噴き出した。
「ぶはっ! や、やっぱ着て来いよい」
「うぜぇ!! お前うぜぇ! ホントにうぜぇ!」
腹を抱えて笑うマルコに怒りと僅かばかりの羞恥で顔を真っ赤に染めたリサが殴りかかる。軽々とそれを避けてみせたマルコは、今度は向かいの服屋のショーウィンドウに飾ってあったメイド服を指した。
「あれなら着慣れてんだろい。着て来いって、笑ってやるから」
「ハッ、私が着たって何の面白みもねぇだろうが! テメェが着てこい! 存分に嘲笑ってやる!」
「ハッ、誰が」
「じゃあ愛しのライアちゃんにでも着てもらったらどうだ? お前がねだりゃ喜んで着てくれんだろ」
鼻を鳴らして嘲笑ってやれば、目を眇めたマルコが舌打ちを零す。どうやらライアの話題はタブーらしいと気付いたリサだが、それに応えてやる理由も義理もない。むしろ今日一日の恨みだと言わんばかりに繰り返してやれば、のらりくらりと攻撃を避けるだけだったマルコの蹴りが飛んでくる。寸での所でそれを躱すと、再度舌打ちを零したマルコが鼻を鳴らしながら忌々しげにショーウィンドウを睨み付けた。
「何だよ、想像したら鼻血が出そうになったか?」
「馬鹿か。こんなモンで誰が出すか」
「大好きなライアちゃんに買ってかねぇのか?」
顰め面で歩きだしたマルコの数歩後ろを歩きながらニヤニヤと問いかければ、すぐさま鋭い視線が飛んでくる。
「アイツの話は出すんじゃねぇ」
「だからとっとと別れろっつってんじゃねぇか、面倒臭ェ奴だな」
「ンな簡単な問題じゃねぇんだよい」
「つーか家族間でそういうの止めろよ。巻き込まれるこっちが迷惑だ」
女が欲しいのなら陸で買えばいい。恋愛ごっこがしたいのなら上陸中にすればいい。
「――まぁ、あの頃はお前も本気だったんだから仕方ねぇか」
「………」
「私が言うことじゃねぇかもしんないけどよ、きっぱり言ってやった方が良いと思うぜ」
「………分かってるよい」
ごくごく小さな返事にリサはフと表情を和らげてマルコの隣に並ぶ。自分よりも遥かに大きなその背中を強く叩いてやれば、小さな悲鳴を上げたマルコがじとりとリサを睨み付けた。
「まぁ精々頑張れや。私的にはとっとと別れてくれた方が助かる」
「あァ?」
「昔からムカつく奴だけど、最近のお前はそこまでじゃねぇし。そのままでいてくれた方が私は嬉しい」
「………そうかよい」
ぶっきらぼうな声に眉を顰めてチラとマルコを見上げれば、意外にもその表情は柔らかい。あぁ、照れてんのか。そう理解したリサは次の瞬間盛大に噴き出し、マルコの拳骨を頂戴することとなる。