「グラララ! 随分と女らしくなったじゃねェか」
レイア達と共に甲板に戻ると、リサの姿を目にしたクルー達から盛大な歓声が湧き起こった。明らかに揶揄と分かるそれには容赦なく蹴りをお見舞いし、純粋に感心している兄弟には「見るな!」と怒鳴りつけてやった。中でも一番楽しげに笑っていた白ひげを恨めしげに睨み付けるが、白ひげはそれに構う事なくいつものようにグビリと酒を呷り口端を上げた。
「しっかし、髪型と化粧で随分と変わるもんだよなァ」
緩く巻かれた髪に指を絡ませるサッチの手を叩き落とし、鼻を鳴らしたリサは嫌そうな顔を隠すことなくマルコの元へと向かった。タラップの所に立つマルコは上から下までリサを見遣ると一つ頷いて背を向けた。
「……まぁ、悪かねェよい」
「とっとと行こうぜ、アイツらスゲェ腹立つ」
タラップを降り始めるマルコの背を押して急がせれば、それに応えるようにマルコの歩く速度が上がった。
「気ィ付けて行って来いよー!」
「リサ、あんまり動き回っちゃダメよ」
「髪の毛崩れちゃうからねー!」
「わーってるよ! 後で酒奢れよ!!」
「行ってらっしゃーい!」
船の上からヒラヒラと手を振って見送ってくれるサッチやレイア達に手を振り返し、リサはマルコと共に島に上陸した。
「で、オヤジのダチってのは何処に住んでんだ?」
肩にかかる鬱陶しい髪を払いながら先を歩くマルコに問いかけると、マルコは手にした地図を見つめながら「森の奥」とだけ答えた。
「森っつったって、この島の半分以上森じゃねぇか」
「仕方ねェだろ、この地図見て他にどう言えってんだよい」
立ち止まったマルコがリサの目の前に地図らしきものを突き出してくる。僅かに身を引いてそれを見つめたリサは一瞬で眉を顰めた。
「はぁ!? 何だよこれ!」
島を表しているであろう円、その円の中には斜線が引いてあり、恐らく森を指しているのだろうという事が窺える。その斜線の中にはごくごく小さな円が描かれており、そこに矢印で「ここ」と書かれていた。
大凡地図とは呼べないそれにリサは怒りを露に髪を掻き毟ろうとしたが、それはマルコによって止められた。
「崩れんだろうが」
「バカ野郎! 会えなかったら崩れなくても意味ねェだろうが! こんな訳の分かんねェ地図一つで会いに行くのかよ!? バカか! そいつが来い!!」
「俺に言ったって仕方ねェだろうが! オヤジが行けっつーんだから俺らは行くだけだい! おら、とっとと行くぞい!!」
半ば自棄になっているようにも聞こえるマルコの怒声に鼻白んだリサは、溜息を一つ零して後に続いた。
「ったく……本当なら今頃レイア達と酒場で一杯やってるはずだったのによ。大体、強い女が好きだから何だってんだよ? 笑顔で酌しろってか?」
「俺に聞いたって分かる訳ねェだろうが。誰か一人女連れてけって言われたから、」
「ンなモン、ライア連れてけよ」
「もっと強い女がいるのにアイツを連れてく理由なんかねェだろうが」
「前のお前なら喜んで連れてっただろうにな」
ピタリとマルコの足が止まる。隣に並び船での仕返しだと言わんばかりに嗤ってやると、苦い顔のマルコが鋭い目でリサを睨み付けた。
「ちゃんとご機嫌を取って差し上げないと、ライアお嬢様がご立腹ですわよ」
「ハッ、きめぇ」
「ホントにな」
ケラケラ笑って歩き出すリサの背を胡乱気に見つめたマルコは溜息を一つ零して再び歩き出す。
大凡地図とも呼べない地図を片手に、白ひげの友人の家へと急いだ。
森の中を歩き続けて一時間ほど経った頃、二人は小さな小屋の前に立っていた。外から見える窓はすっかり薄汚れていて中の様子は窺えそうにない。小屋の傍には切り株があり、薪を割るのに使うのであろう斧が突き立ててあった。小屋の屋根に取り付けられた煙突からはモクモクと煙が立ち上っていて、中に誰かがいる事を教えてくれた。
「ここか?」
「多分な」
役に立たない地図をポケットにしまいながらマルコが答える。木で作られた扉を叩くと、ややあって「誰だ?」という老人の声が聞こえてきた。
「白ひげ海賊団のマルコだ。オヤジの遣いで来たんだが……」
「あぁ、もう着いたのか」
扉が開き一人の男が姿を現した。真っ白になった髪は緩く一つに結ばれて肩にかけられている。年齢は白ひげとさほど変わらないのだろう、目尻や口元の皺がそれを教えてくれた。
「ん?」
ふと、男の視線がリサを捉える。首を傾げる男にリサも僅かに首を傾げてマルコをチラリと見た。マルコも訳が分からないという視線を横してくる。
「……何だよ?」
堪え切れなくなり尋ねると、男は「あぁ、何だ」と薄い笑みを浮かべた。
「いや、男か女か分からなかったからな」
余りにもあっさりと言い放たれたそれに、リサもマルコも呆気に取られる。次の瞬間、マルコは盛大に噴き出し、リサはヒクヒクと口元を引き攣らせながら男を睨み付けた。
「ジジイ、テメェ……!」
「いや、すまんすまん。アイツの事だからもっとマシな女を連れてくるかと思ってな」
「『マシ』だぁ……?」
ぴきぴきとリサのこめかみに青筋が浮き立つ。
「おっと、こりゃ失言だったか」
まるで挑発しているかのような男に、漸く笑いを治めつつあったマルコは大きく息を吐き出して口を開いた。
「悪ィがコレで我慢してくれよい。もっとマシなのを連れて来たかったんだが、一番腕の立つ女がコイツだったんでな」
「テメェ、マルコ!! ぶっ飛ばすぞ!!」
「何だ、そういう事か」
ふむ、と一つ頷いた男が改めてリサをジッと見つめる。上から下までジロジロと眺めると、片眉を上げて首を捻った。
「何だ、アイツの娘だって言うからどんなモンかと思えば……本当にこれがか?」
何かがブチッと切れるような音をマルコは確かに聞いた気がした。
「試してみろよクソジジイ、テメェ自身でな」
静かな言葉と共にリサが地を蹴る。微塵の容赦もなく男に向かって繰り出された蹴りは、けれど片腕を上げただけの男にあっさりと防がれてしまった。マルコと大して変わらない――もしかしたらマルコよりも細い腕がいとも簡単にリサの蹴りを止める。マルコが口笛を吹くと、リサは舌打ちと共に次の攻撃を繰り出した。
「ほう……確かに悪くねェな。悪かった、どうやら見くびり過ぎていたようだ」
ニヤリと口元を歪める男に、リサは鼻を鳴らして口端を上げた。
「そんな皺だらけになって、そろそろこの世にしがみ付いてるのも飽きただろ? 安心しろよ、私がきっちり地獄に送ってやらァ」
好戦的なリサに男は更に楽しげに口元を歪める。
始まった一方的な攻防を眺めながらマルコは近くの木に寄りかかた。どうやらまだ暫くかかりそうだ。
「うらァッ!!」
「おいおい、何処狙ってんだ? 蝶々でも見つけたか?」
「チッ、ちょろちょろしやがって……!」
「お前がとろいだけじゃねぇのか?」
くつくつと笑いながらいとも容易くリサの攻撃を避ける男に、さすが白ひげの友人だとマルコは口端を上げた。仮にも隊長であるリサの攻撃が掠りもしない。
「る、せぇよ!! くたばれ!!」
木に寄りかかっていた男に目掛けてリサの渾身の蹴りが男を襲う。今度こそ捉えたかのように思われたそれは、男が一瞬で姿を消した事により虚しく空を切った。次の瞬間、勢いよく背中を押されて木に押し付けられる。抵抗する前に腕を後ろで捻り上げられ、リサは僅かに息を詰めた。
「力は申し分ないが、まだまだムダな動きが多いな」
木に押し付けたまま男がくつくつと喉を鳴らす。その細腕の何処にそんな力があるのか、リサは男の腕を振り解くどころか身動きすら取れずに舌打ちを零した。悔しげなリサに満足気に口端を上げた男の手が、するりと服の裾へと入り込む。
「それから……お前は随分と身体が硬ェな。何だ、まだ処女か?」
「煩ェな! 触んな!!」
「何ならこの身体……俺が柔らかくしてやろうか?」
耳元に寄せられた唇から紡がれる言葉に、リサの身体が総毛立つ。一瞬で真っ青になったリサは無我夢中で男を振り払うと大きく距離を取って自身の腕を摩った。
「ッ、気持ち悪ィ!!」
「はっはっは! 冗談だ、俺ァもっと女らしいのが好みだ」
「テメェの好みなんざ聞いてねぇよ!! とっととくたばれ! 今すぐくたばれ!!」
「何だ、俺を地獄に送ってくれるんじゃなかったのか?」
喉を鳴らす男に悔しげに歯軋りをするリサ。そんな二人の様子を眺めていたマルコは、両手を上げて二人の間に割って入っていった。
「そろそろ良いかい? オヤジからの用件だが――」
「あぁ、そうだな。遊びはこれくらいにしてそろそろ本題に入るか。中に入れ、大したモンはねぇが持て成してやる。おい、そこの――あー、お前名前は?」
「テメェがくたばったら教えてやる」
「リサだ」
「勝手に教えてんじゃねぇよ!!」
「お前もとっとと来やがれ。いつまでも遊んでんじゃねぇよい」
小屋の中に入っていく二人を睨み付けたリサは、フンと不貞腐れたように鼻を鳴らして後に続くのだった。