夜が更け騒がしい船内も静かになった頃、マルコは自身の部屋でデスクに着き書類と睨めっこをしていた。
いつも羽織っているシャツは無く、引き締められた肉体を露にしながらデスクに肩肘を突いて気だるげに書類を眺めている。
「まだ仕事するの?」
ベッドから恨みがましげな視線を向けてくるライアの言葉に、マルコは胡乱気にライアを見遣った。素肌にブランケットを巻き付けただけのライアは気だるげにマルコを見つめているが、その目には不満の色がありありと浮かんでいる。
「まだ残ってんだから仕方ねェだろ」
「それでも、前はもっと一緒にいてくれたわ」
「またその話かい」
あからさまに溜息を零してマルコは書類に視線を戻した。何度も繰り返した話をこんな時にまで繰り返さなければならないのか、と辟易してしまうのも無理もない事だった。ついさっきまで身体を重ねていたというのに、その直後から浮気を疑われるなど嫌に決まっている。ましてや、夜も更けたこの刻限から怒鳴り合いなどしたくもない。激しい運動を終えたばかりの身体は休息を求めているというのに、こうして書類と向き合わなければならないのだ。無駄な体力を消費したくないと思ってしまうのも当然の事だった。
「仕事が溜まってんだよい。明日も早ェんだから先に寝ててくれよい」
「あの女に手伝わせてるのに?」
「ほんの少しばかり手伝ってもらったって、俺の仕事が終わらねェ事くらい、よく分かってんだろ」
仮にも恋人として半年以上傍にいるのだ。それくらい熟知しているはずだ。そう言えばライアは僅かに表情を和らげて「勿論知ってるわよ」などと口にする。一番近くにいるのがライアだというのがライアの機嫌を少しばかり直したらしい。マルコはこっそり溜息を零した。
「けど、それでも一緒にいて欲しいんだもの。仕方ないでしょう?」
「女にかまけて仕事もしねェクソ野郎に成り下がるのは御免だ」
ぴしゃりと言い放つとライアは不満げな顔をしたがそれ以上何も言わずにベッドに横になった。ホッと息をついたマルコは手の中の書類を嫌そうに見てから軽く頭を振って気を入れ直すと仕事に取り掛かる。数分も経てば眠気も忘れて完全に仕事に没頭した。
それでもやはり疲労は蓄積していき、一時間ほど経ち漸く一枚目の書類を纏め終えたマルコは大きく息を吐きながら背もたれに身体を預けた。疼く目頭をグッと押さえて軽く頭を振ってもどうにかなるはずもなく、首を左右に傾けて骨を鳴らすと一つ息を吐いて再びデスクへと向かった。
別の書類を手にしたマルコは、羊皮紙に並ぶ文字を見て一瞬動きを止めた。ここ最近、やたらと見る回数が増えたこの字は紛れもなく二番隊隊長のもので、知らず息を止めていた事に気付いたマルコはそんな自分の不可解な行動に軽く首を傾げてから書類を読み始めた。
「入るぞー」
ある日の午後、ノックの音の直後に聞こえた声にマルコは書類から顔を上げて扉を見た。開いた扉の前にはリサが立っていて、その手には午前中に預けたものと同じ書類があった。
「なぁ、ここ読めねェんだけど。これ、弾何発って書いてあんの?」
デスクに書類を置いて「ここ」と指すと、マルコは頬杖をついて書類に目を通すと「三発」と即座に答えた。
「三? 八じゃなくて?」
「三だろ。くっついてねェじゃねぇか」
「そうかァ? くっついてるように見えんだけど……」
「書いた本人に聞きゃァ良いじゃねぇか」
書類を書いたラクヨウのサインをトントンと指しながらマルコがリサを見上げると、リサは「もう行った」と肩を竦めた。
「『んな昔の事は覚えてねェ!!』だと」
「ぶっ潰して来い」
「甲板に沈めて来た」
即座に返ってきた言葉に「上出来」と答えたマルコは首を摩りながらラクヨウの書類を手に取って目を細めた。
「……三発だろ」
「八じゃなくて?」
数字くらいまともに書けと言ってやりたいが、言った所で改善する事はないだろうという事は嫌と言うほど分かっているので、口にする事はしない。再度目を細めて確認したマルコは「三だ」と断言して書類をリサに返した。
「これ、読むだけで目も頭も疲れんのな」
書類を受け取りながらリサが首を鳴らして溜息を零した。
「お前、よくこんな事一人でやってたな」
「仕事なんだから当然だろい」
何を言ってるんだとリサを見れば、リサは何処か呆れたようにマルコを見下ろしていた。
「別にお前が一人でやる必要なんか無ェじゃねェか。お前だって自分の隊の書類作ってんだし」
「………」
「ちったァ頼ったって、誰も文句言わねェよ」
書類をヒラヒラさせながら部屋を出て行くリサを呆然と見送ったマルコは、扉が閉まる音で我に返った。それでもすぐに仕事を再開する気にはなれず、暫くの間ぼんやりと開くことのない扉を眺めていた。