06


銃弾が飛び交い、剣と剣が奏でる金属音が響く。屈強な男達の怒声も相俟って、島の住人達は誰一人として港に立ち入ろうとはしなかった。

「いい加減諦めてくれねーか? 君を連れ戻さないと上にどやされちゃうのよ」
「言ったでしょう! 私の家はここよ! 戻らないわ!!」

レイアの剣を氷で作ったサーベルで受けながら、青雉は大袈裟に溜息をついた。

「怪我させて文句言われたら堪んないのよ。大人しくして欲しいんだがなぁ」
「貴方は海軍、私は海賊。無理に決まってるわ」
「あーあ、昔は『こんにちは、クザン』って可愛らしく笑ってくれてたのに。何処で間違っちゃったんだか」
「あの男があの子を苦しめたからよ!!」

青雉の背後に回り剣を振るうが、一瞬でその場から消えた青雉はレイアの背後に立ちその首元にサーベルを宛がった。

「自分の父親をあの男呼ばわりか。まぁ、分からなくもないが」
「あんな家、早く潰れてしまえば良いのよ」

サーベルを宛がわれ、明らかに不利な状況だというのにレイアは至って冷静だった。青雉が自分を傷つける事が無いと分かっていた。後ろに蹴り上げると、青雉はそれを避けてレイアから距離を取り頭を掻いた。

「ったく……すっかり怖い子になっちゃってまぁ、」
「くたばれ青雉イィィ!!」

銃声と共に一発の銃弾が青雉の頭を貫通する。だが、自然系の能力者である青雉にそんなものは通用しない。一瞬で氷へと変化した青雉の頭は、すぐに元に戻ってレイアを見据えていた。

「仕方ないでしょ。俺だって嫌だけど、上からの命令なんだから」
「嫌な事はしない主義なのよ、私は」
「あららら。君のそういう所、結構好きだったんだけどね」
「それはどうも。私は嫌いだったわよ、貴方のその上の意見にあっさり流される所」
「言ってくれるね、どーも。仮にも軍人なのよ、俺」

会話を続けながらも、レイアの攻撃の手は止まない。青雉は慌てる様子もなく全ての攻撃を弾き返し続ける。両者の実力の差は明らかだったが、青雉がレイアを傷付ける事を良しとしていないからこそ、二人の形だけの攻防は続いていた。

「あの子を返して」
「それが無理だって事は君が一番良く分かってるでしょうに」
「あの子はもう奴隷なんかじゃない。私のメイドなんかでもない。白ひげ海賊団二番隊隊長のリサよ!!」

渾身の力で振り下ろしたレイアの剣が青雉の氷で作られたサーベルを折った。そのまま青雉を斬ろうとしたが、レイアの剣は青雉の消えた空を斬っただけだった。

「な、」
「成程ね、隊長ならあれだけ強かったのも納得がいく」

青雉の声が背後から聞こえ、レイアは慌てて振り返ったが既に遅かった。

「けど、もう終わりだ」

青雉の手がレイアへと伸びる。

「そう簡単に変わりはしないさ。君も、あの子も」
「それはどうだろうな?」
「っ、」

鋭く振り下ろされたサーベルが青雉の腕を斬り裂く。じわじわと服に滲む血と痛みに青雉は顔を顰めて後ろへ飛んだ。

「はぁ……厄介なモンだ、覇気使いがゴロゴロいやがるんだから」
「白ひげ海賊団なめんじゃねぇよ」

サーベルを構えながら、サッチが不敵に笑む。

「コイツもアイツも俺らの大事な家族だ。簡単に諦めたりしねぇんだよ」
「過去は変えられないもんだぜ、隊長さんよ」
「過去はな。けど未来は違う。そんでもって、今も。今この瞬間にも、アイツは変わったかもしれねぇだろ?」
「変わると思ってるのか?」
「あぁ。何せ、バカな妹を迎えに行ったのは、ウチで一番厳しくて口煩い兄貴だからな。しっかり目を覚まさせてくれるだろうよ」

そうだろう?マルコ、と心の中で問いかけ、サッチは地を蹴った。




頬に走った真っ赤な線から伝う真っ赤な血がぽたり、ぽたりと滴り落ちて石造りの床へ染み込んでゆく。

「腕っ節ばっか強くなりやがって」

舌打ちをしてマルコは目の前に立つリサを睨み付けた。表情の無いリサの目は暗く濁っていて、まるで人形のようだとマルコは思った。過去に何度も見た奴隷のそれと同じ目をしたリサは、身体に無数の傷を負っているというのに、痛がる素振りを一切見せなかった。痛覚が麻痺しているのか、痛いと思う事すら出来ない程に堕とされてしまっているのか。マルコはもう一度舌打ちを零した。

「おい、いい加減目ェ覚ませよい」
「無駄だと何度言えば分かるのかね?」

ゆったりと椅子に腰掛ける男は、楽しそうな笑みを浮かべてマルコとリサを鑑賞している。

「それは娘の命令で『リサ』という役を演じていたに過ぎない。それももう終わりだ。最優先されるは私の命令、それはもうリサではない」
「黙れ」

男に鋭い視線を送り、マルコは拳を握り締めた。

「ふざけんじゃねぇよい。あれが演技だ? レイアと笑ってたのも、サッチと笑ってたのも、テレサ達と笑ってたのも全部演技だってのかよい。テメェがテメェを見失ってどうすんだ!!」

レイアの名前にもサッチの名前にもテレサの名前にも、リサが反応する事はない。怒っている自分が馬鹿らしく思えてくる。

「……ふざけやがって、」

地を蹴り向かってくるリサの蹴りを避け、懐に飛び込んで拳を繰り出す。身を反らしてかわされるが、バランスを崩した一瞬の隙を付いて足を払ったマルコは、リサの肩を強く掴んで地面に押し倒した。すぐに起き上がろうとするリサの上に跨り、動きを封じた。

「いつまでも逃げてんじゃねぇ!! 目ェ覚ましやがれアホンダラ!!!」

強く握り締めた拳がリサの頬を殴り付ける。赤く腫れ上がった顔がゆっくりとマルコに向き、暗く濁った目がマルコを映した。やがて、その目が徐々に光を取り戻していくのが分かった。

「………、るこ……?」
「な……っ、馬鹿な!!」
「ったく……手ェ焼かすんじゃねぇよい」
「ここ、わたし……?」
「いつまでも呆けた面してんじゃねぇ。とっとと船に帰るぞい」

リサが正気を取り戻した事を確認して立ち上がり、リサの腕を掴んで起こした。未だ困惑したままのリサが呆然とマルコを見上げていた。

「たしか、青雉に……それで、………マルコが、助けてくれたのか? 何で……」
「いつまで経っても帰って来ねぇアホンダラを迎えに来ただけだい」

呆けた表情のリサに手を伸ばし腕を掴んで立ち上がらせると、先程までとは打って変わって醜悪な顔をしている男を睨み付けた。

「貴様……っ、よくも私の奴隷を……!!」
「奴隷だろうと何だろうと関係ねぇ。コイツらはオヤジの誇りを背負う俺らの家族だ。手ェ出すんじゃねぇよい」
「――イレイサ!! とっととそいつを殺せ!!」

男の怒声にビクリとリサの身体が震える。マルコは俯いたままのリサを振り返った。

「もう一発必要かい?」
「…………」
「いつまでも縛られてんじゃねぇ。白ひげ海賊団の二番隊隊長が無様な姿晒してんじゃねぇよい」
「………言ってくれるぜ」

ゆっくりと顔を上げたリサが不敵に笑む。僅かに口端を上げたマルコは懐から短剣を取り出した。

「これ……」
「それを何処で……っ、」
「アンタの息子が貸してくれたんだよい。お前にだ」
「レオン、が……?」
「アイツめ……! どういうつもりだ!!」

家紋の彫られた短剣を受け取ったリサはそれをジッと見つめていたが、やがて深呼吸を一つして顔を上げ男を見据えた。

「私は『リサ』として生きる。あの人も……もう『エリーネ様』じゃない。『レイア』だ」
「貴様……!!」

短剣を抜き出して構えたリサは、僅かに震える手を短剣を強く握り締める事で隠した。既にボロボロの身体を足を踏ん張って支えると、男に向かって走り出す。

「あああぁぁぁぁっ!!!」

脳裏に甦る奴隷としての日々を払拭するように雄叫びを上げ、男に向けて短剣を振り上げる。鈍い音が地下室に広がり、男の身体が崩れ落ちた。スローモーションのように見えるそれを見つめていたリサの目からは涙が溢れていて、その手だけでなく全身が震えていた。

「はっ、はっ……」

浅く荒い呼吸を正す事も出来ず、横たわる男の身体からじわじわと広がっていく赤黒い血を見つめたまま固まっていた。

「……帰るよい」

リサの頭に手を乗せてマルコが呟く。僅かに頷いたリサはそれでも動く事が出来ずにその場に立ち尽くしていた。その手から短剣を抜き取って放り捨てると、マルコはリサの手を引いて歩きだした。引っ張られるようにして足を踏み出したリサは、その部屋を出るまで男の身体を見つめていた。