「約束が、違う」
震える声で紡がれた言葉に、ヴォルデモートは皮肉げに口端を上げてルーシーを見下した。
「何が違う? 俺様が狙うのは、ハリー・ポッターだ」
「そんなの……っ、リリーとジェームズが抵抗しないはずがない!」
「それはあやつらの問題だ。かかる火の粉は払わねばならぬ、違うか?」
「卑怯者……!!」
いきり立つルーシーにスッと目を細めてベッドへと歩み寄る。
伸ばした手で頬を掴めば、顔を歪めたルーシーが憎しみの篭る目でヴォルデモートを睨み付けた。
「未だ約束を果たさないお前の言を聞く必要があるか?」
「っ、」
言葉を詰めたルーシーを突き飛ばして踵を返し、ヴォルデモートは部屋を後にした。
部下たちの同行を拒否してアジトを出ると、約束の場所へと『姿くらまし』をする。
「ご主人様」
約束の場所には既にその男の姿があった。
恭しく頭を下げる男に笑みを浮かべ、ヴォルデモートは静かに問いかける。
「ポッターの家は何処だ?」
「ゴドリックの谷です……そこに、ポッターの家が隠されています」
男から詳しい住所を聞き出し、ヴォルデモートは更に笑みを深めた。
「よくやった、ワームテール。帰ったらお前には褒美を取らせよう」
「ありがたき幸せ」
地面に頭を付ける勢いで頭を下げた男を見下し、ヴォルデモートは歩き出す。数歩先で立ち止まり振り返れば、未だ頭を下げたままのワームテールがいる。ヴォルデモートは戯れに問いかけた。
「かつての友人を裏切った気分はどうだ? ワームテール」
びくり。身体を揺らしたワームテール――ピーター・ペティグリューが視線を泳がせ、けれどすぐにまた頭を下げた。
「ご主人様の、意のままに」
それはつまり、ヴォルデモートに忠誠を誓うということ。
それはつまり、自分の意思を消し去ったということ。
全てヴォルデモートの意のままに。
それはまるで、人形のようではないか。
くつくつと嗤い、ヴォルデモートは再びその場から『姿くらまし』した。
何とも愚かしい。
「お前が助けようとした者たちの、何と弱きことよ」
一人は自暴自棄に、一人は我が身可愛さに。
いとも簡単に手中に堕ちた彼らを愛した女の、何と愚かなことか。
そして今夜、二人が死ぬ。
ルーシーへの言い訳などどうとでも出来る。
既に手中に堕ちた女だ、いざとなれば別の手段だって取れる。
全てが思いのまま。
ヴォルデモートは哄笑し、ゴドリックの谷へと降り立った。
ヴォルデモートは知らない。
生命を賭して我が子を護る母の愛を。
ヴォルデモートは知らない。
大切なものを護る為に全てを投げ打った女の執念を。
ヴォルデモートは知らない。
愛に囚われた男の執念を。
その夜、イギリスの夜を多くの梟が飛び交う。
「『例のあの人』が死んだ!」
ローブを身に纏い三角帽子を被った怪しげな集団があちこちで囁き合い、抱き合い、笑い合う。
「ポッター夫妻が………」
生命を落とした夫婦を悼み、
「『例のあの人』が死んだ!」
イギリス中を恐怖のどん底に陥れた男が死んだことを喜び、
「生き残った男の子!」
唯一、生き残った幼子に乾杯する。
こんなに素晴らしい日はない。
こんなに嬉しい日はない。
口々に言っては笑い、歌い、踊り、騒ぐ。
彼らは知らない。
もう一人、その場にいた魔女がいたことを。
彼らは知らない。
親友の死を嘆き絶望した魔女が、自らに魔法をかけたことを。
彼らは知らない。
生き残った幼子の傍らにもう一人、幼子がいたことを。
「ハリー・ポッターに!!」